4. 幼児趣味はありません
何となく気が向いて、仕事帰りに土産のケーキを購入して烈火の家へ寄った。
明かりが点いているのに、声を掛けても誰も出て来ず、不審に思って戸に手を掛けた。開いている。
(不用心な…。)
そのまま勝手に上がり込むと、居間で寄り集まって、何かしていた。
「何をしている?」
「あ、紅麗。」
「おー、お前、最近よく来るなぁ。」
「いらっしゃい、紅麗。」
三人(烈火の養父は出張中らしい)の真ん中を覗き込むと、古いビデオテープが数本積み重ねられていた。よく見ると『幼稚園運動会』や『卒園式』などと書かれている。どうやら烈火が幼い頃の記録のようだ。
話を聞くと、陽炎の為に態々探して引っ張り出して来たらしい。
「どれから見ようかしら?」
「やっぱりまずは運動会じゃない?」
薫と陽炎が随分と楽しそうに見るテープを選んでいる。
(下らんな…。)
幼稚園児の運動会など見て、どうすると言うのか。幼児の運動能力など高が知れているし、思わず息を呑むような熱戦など期待のしようも無い。そもそも、『運動会』と言う物がお遊びでしかないのだ。特に幼稚園児ともなれば、競技の結果など発達年齢に準じた結果になるに決まっているし、茶番以外の何物でもない。そんな物を見ようとする者も可笑しいが、こうして後生大事に記録している者も理解出来ない。
「おーし、んじゃ、再生すんぞー。」
土産だけ置いて帰ろうかと思った時、運悪く準備が終わったらしく烈火の声と共にビデオテープが再生されてしまい………映し出された映像に視線が釘付けになった。
(な、何と愛らしい…!)
画面に映し出されたのは、体操着に身を包んだ烈火。分厚いが柔らかそうな素材の半ズボンに包まれた小さな尻は、幼いながらに至高の美の片鱗を感じさせる物だった。
「烈火……可愛い…!」
「あぁ、全くだ。」
「「……ん?」」
陽炎の感嘆の声に思わず同調する。
画面の中では、幼い烈火がその小さな手足(と尻)を懸命に動かして、大きな跳び箱を登っている。
「あんなに小さいのに、一生懸命動いて……。」
「健気と言うか何と言うか……目が離せんな。」
「えぇ、本当に…。」
「いや、おかしいだろ。」
隣で烈火が何か言っているが、それを気にする余裕は無い。1シーン足りとも見逃す訳にはいかんのだ。それにしても、画像が粗いのが勿体無い。VHSなのだから仕方ないのだが…。それに、このままでは、何れテープが伸びて見れなくなってしまうだろう。
(そうなる前に、DVDにデータを移さねば…。画像の粗さは改善出来るのだろうか…?)
この人類の宝とも言うべき記録を、如何にしてより美しい映像で残すか思考を巡らせていた、その時、
「「危ない!!」」
烈火が他の園児と接触し、派手に転んでしまったのだ。幸い前方に手を着きながら転んだ為、(尻に)大きなダメージは受けずに済んだようだった。
大きな瞳を潤ませ、痛みに顔を歪めながらも、グッと歯を食いしばり立ち上がると、再びゴールへ向かい走り出した。
「凄いわ、泣かなかったわ…!」
根性ある息子の姿に、陽炎は感極まって目に涙を浮かべている。
……私も少し感動してしまった。
「(尻に)大事が無くて、良かったな……ハラハラしたぞ。」
「ふふ、そうね…。」
「……おーい…。」
その後、……途中に烈火がカメラに向かって尻を叩くというサービスショットがありつつ(あまりの素晴らしい光景に目眩がしてしまった)、玉入れやマスゲーム、綱引きなど滞りなく進行し、ビデオは終了した。
「つい夢中になって見てしまったな。」
「えぇ。次は……『幼稚園年少お遊戯会』なんてどうかしら?」
「あぁ、それは良いな。さぞかし愛らしい(尻の)姿が見れそうだ。」
「だから何でお前ぇがその食い付きだよ!」
相変わらず横で烈火が騒いでいるが、無視して陽炎とテープを物色する。『霧沢家と海(烈火5才)』…?これは必ず見て帰らねば…。
「良いじゃん。烈火兄ちゃん、愛されてるよ。」
「いや、絶対おかしいだろ!!」
「…………嬉しい癖に。」
「んなぁっ?!」
ちなみにこの後、烈火の昔のアルバムを全て借りて帰った。
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