3. ブラコンではありません

「―――っっ!?」

「ど、どしたんだ?紅麗?」


今、正に、目の前で起きた出来事に戦慄した。
思わず洩れた、声にならない悲鳴に烈火が驚いているが、それ所ではない。寧ろ驚愕したのは此方だ。


「烈火兄ちゃんがあんまりみっともないことするから、怒ってるんだよ、多分。」

「あんだよー。しょうがねぇじゃねぇか。痒いんだから。」

「だからって、ズボンに手突っ込んで直接お尻掻くなんて、人前でしないでよ。流石に顰蹙ものだよ?」

「別に良いじゃねぇか。家ん中なんだし…。」


そう、薫と遊びに来ていた烈火が、今、正に私の目の前で、尻を服越しではなく直接、ボリボリと音が聞こえる程乱暴に掻きむしるという暴挙に出たのだ。あまりの出来事に、驚愕すると同時に怒りが込み上げる。


「ほら、完全に怒ってるじゃん。」

「何だよ……潔癖症かっての。」


怒りに打ち震える私を見て、薫と烈火がコソコソと話しているのを意識の隅で聞きながら、今の出来事について考える。

尻は傷付いていないだろうか。いや、恐らく……あの音の感じから、引っ掻いた痕が赤く残ってしまっているに違いない。すぐに消えれば良いが…。
―――待て。
此処であのような行動を取るということは、自宅でも同じことをしている可能性が限りなく高いのではないか?今傷が付かなかったからと言って、一日に二度三度と掻きむしれば、傷になって……痕が残ってしまう、という事にもなりかねんのでは…?
脳裏に浮かんだ最悪の事態に、再び戦慄する。

(何とかせねば…。)

とは言え、痒みその物は私にもどうにも出来ない。例えどうにか出来たとしても、それは今だけに限ったことで、この先一生尻に痒みを起こさせないようになど、出来る筈も無い。

暫く思案した後に立ち上がり、テレビの傍に置いている棚から爪切りを探し出し、テーブルへと戻る。


「烈火、座れ。」

「……へ?」

「爪を切ってやると言っているんだ。早く座れ。」

「え、えぇぇ?」


取り敢えず言われた通り座ったものの、状況が今ひとつ理解出来てないらしい烈火に構わず、手を取って爪を切っていく。


「うっわ、深爪ギリギリ!紅麗器用〜。」


興味深そうに覗き込んでいる薫が脇から囃し立てる。
……本音を言えば、深爪にしてやりたい位だ。しかし、本当に深爪にしてしまって、烈火に途中で振り払われては困る。あの美しい尻を爪の餌食にする訳にはいかんのだ。

全ての爪を可能な限り短く切り揃え、更に10本全てに丁寧にヤスリを掛ける。削られて出た爪の粉を息を掛けて飛ばし、爪に角が無いか確認する。


「……これで良いだろう。今後、爪はマメに切れ。」

「おう。あの……ありがとな、紅麗。」

「私が気になっただけだ。礼など要らん。」


好意でやったものと勘違いされるのが嫌で、出来得る限り冷たく言い放ったが、「いや、そうじゃなくて」と烈火から言葉が返った。何とも言い難い表情を浮かべる烈火に、目だけで続きを促す。


「……俺さ、この前までずっと母ちゃん居なかったし、一人っ子だと思ってたからさ、こういうのって、あんましてもらったこと無ぇんだ。爪切りとか、あと耳掃除とか。ほら、うちの親父ガサツだし、結構小さい時から自分でやっててさ。……だから、何か、すげぇ嬉しい。ありがとな。」


「そんだけ!」と照れたように言い切ってから、隣に座る薫に爪を見せびらかす烈火を見、……自らの爪を見る。
今は短く揃えられた爪は、当然自分で切ったものだが……一体いつから自分で切るようになったのだったか。実母にも養母にも切って貰った覚えがあるからには、それなりの年齢になってからのことなのだろう。


「……お前さえ良ければ、また何時でも切ってやる。」


照れ隠しなのか、何時にも増して喧しく振る舞う烈火に向かって、気付けばそう告げていた。


「マジで?!サンキュー!」

「いや……気にするな、私にも利のあることだからな。(尻の為に)」


満面の笑みでそう返す烈火に、馴れ合いは御免だと先の言葉を撤回しようとして……やはり止めた。今後も烈火の爪を私が管理出来た方が、尻の安全の為に良いと思ったからだ。
……そう、断じて、それだけだ。



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