2. 視○してる訳ではありません
夕飯に鍋をするから一緒にどうかと薫に誘われ、烈火の家に来ていた。
先日、烈火が至高の美尻の持ち主であることを知ってからというもの、寝ても覚めても、あの尻が頭から離れない。今も、視線がつい烈火の尻に行ってしまう。あの厚い生地の下にあの尻が……と考えるだけで、胸が高鳴る。
それにしても何故、あんなダブついたズボンを履くのか。折角の美しいフォルムが分からんではないか。勿体無い…。
いや、待て。逆に考えれば、あの方が良いのではないか?あまり身体の線が分かると、国宝を無防備に人目に晒しているようなものだ。あの美しさを真に解さない不届き者に不用意に触れられ……下手をすれば穢されてしまう恐れすらある。
……烈火の趣味に救われたな…。
いや、もしかしたら、長年の経験で、烈火は本能的に尻を守るような意識が植え込まれているのかもしれん。あの美しい尻が、一度足りとも不埒な視線を向けられなかったなど考えられんからな…。
「―――ぃ、おい!紅麗!」
「……ん?あぁ、何だ?」
思考に沈み過ぎていた私の意識を当の烈火の声が呼び戻した。顔を上げると……随分と険のある視線とかち合った。
「何なんだよ、最近。」
「何がだ。」
「惚けんなよ。人のこと不躾にガン見しやがって。」
不機嫌そうにそう言われ、ようやく己の失態に気付いた。……まさか、不審を招く程凝視してしまっていたとは。
しかし、此処で己の性癖を暴露する訳にもいかない。実の弟の尻に夢中だなどと……知れれば我が身の名誉も信頼も地に墜ちるだろう。何としても、自然に無難に切り抜けなければならない。
数秒間悩んだ末に私が出した『自然な』応対の結論は、
「……お前が目障りなだけだ。」
烈火に喧嘩を売る、ことだった。
「だったら見なきゃ良いだろ!」
「馬鹿が、解らんのか。部屋に蝿が飛んでいたら出ていくまで目で追ってしまうだろう?それと同じだ。」
「……ふ、ふざっけんじゃねぇぇ!!」
流石に言い過ぎたかと思った直後、頭に血が上った烈火に掴み掛かられ、当然の如く殴り合いの喧嘩に発展した。
* * *(寒いな…。)
春先とは言え、やはり夜風は身に滲みる。その上、夕飯途中だったこともあって、胃がまだ空腹を訴えている。
「……お前ぇのせいだかんな。」
「先に手を出したのはそっちだろう。」
玄関の外、閉め切られた扉の前で、肩を並べて立ち尽くす烈火から非難の声が掛かる。だが私も内心では、申し訳ないと思っている為、それ以上は言い返さなかった。
「俺、閉め出されんのとか小学生以来だぞ。」
「……私は初めてだ。」
「そっか…そうだよな……。まぁ、喧嘩両成敗ってことでさ、水に流そうぜ、お互い。」
「そうだな…。」
二人の間に沈黙が降りると、少し気まず気な顔をしたまま、烈火が地面に腰を下ろした。
「烈火、尻を冷やすぞ。下に敷け。」
冷え切った地面に触れ、あの美しい尻の血色が悪くなっては大変だと思い、咄嗟に上着を脱いで渡した。
「え?あ、あぁ、さんきゅ……え、ってか本当に良いのか?」
「当たり前だ。」
「あ、りがと…。」
素直に上着の上に座った烈火に満足し、玄関の扉に凭れた。
「なぁ、お前ぇ、寒くねぇの?本当に、これ無くて大丈夫か?」
「返さんで良い。私は平気だ。……お前(の尻)の方が大事だからな。」
「………ん、分かった。」
寒さに頬を赤く染め、膝を抱えて座り込んだ烈火が、何故だか少し愛らしく見えた。
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