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ある日、烈火から私のマンションに行っても良いかというメールが届いた。その日は私も休日で、いつ来ても構わないと返信したら、すぐに行くと返信してきた。
だが、待てど暮らせど一向に烈火は来なかった。
そして烈火は、自宅から三十分もかからない距離を、実に三時間かけて、ようやくやって来た。――泣きながら。
道が分からなくなった、と。
私が住み始めてから、何度も何度も通い、もう目を瞑っていても来れる位だと自負していたのに、突然思い出せなくなったのだそうだ。
そして、私にすがり付いたまま、泣いて泣いて泣きじゃくって―――最後に私に、愛の言葉を吐いたのだ。
『好きだ』と。
『ごめ、紅麗っ……ホントは一生、言わね、つもりだった…に』
『男同士なのに、兄弟なのに、ごめん』
『でも、俺、忘れちまうから……忘れる前に、言わなきゃって、』
『俺、忘れたくねぇ……紅麗のこと、忘れたくねぇよぉ…っ…!』
そうして泣き続ける烈火に、何度も『私も好きだ』と、『愛している』、『私は忘れない』と、烈火が眠るまで囁き続けた。
翌日、早朝に烈火から電話がかかって来た。珍しい、と思いながら出ると、これもまた珍しく、随分とはにかんだ声音で
『モーニングコール、とか……一回、やってみたかったっつーか…。』
と。
受話器の向こうで真っ赤になっているであろう『恋人』の姿を想像し、顔がだらしなく弛むのを自覚せずにはいられなかった。
そして、そのまま浮かれた気分で出社し、―――私と烈火が『恋人』同士であったのは、ここまでだった。
忘れてしまったのだ。烈火は。
あの告白を。
あの日の出来事を。
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