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風呂上がり、部屋へ戻ろうと廊下を歩いていると、通り掛かった扉の向こうから、押し殺した嗚咽が聞こえた。
薫の部屋だ。
普段は烈火に負けじと明るく振る舞っているが、多感な年頃の薫には殊更堪える筈だ。
階下では、陽炎が同様に涙を流しているに違いない。


(そろそろ限界か…。)


陽炎は母という立場上無理だろうが、薫だけでもこの家から離れて暮らした方が良いかもしれない。
まともな神経では、とてもじゃないが耐えられない。
日々衰えて行く烈火に。
忘却の恐怖に。

烈火の病状はどんどん悪化してきている。正直、こんなに早いとは思ってもみなかった。
初めて診断を聞いた時には、本やドラマの中でしか聞かないその名前も相まって、まったく現実感が無かった。
烈火自身も、『俺、元々物忘れ激しい上に物覚え悪ぃから、あんま変わんねぇんじゃね?』などと言って笑っていたし、周りの人間も、大笑いして烈火を茶化していた。

しかし、すぐに、その認識が甘かったことを知る。
物忘れが激しいとか、そんなレベルの話では無かったのだ。
今日が何月何日か分からない、その日の予定が思い出せない、外出すれば行先を忘れる、そんなことが増えていき、周りもようやく事の重大さを認識した。
そんな中でも、烈火だけは変らず明るく、あっけらかんとしていた。自分の事なのに暢気な奴だと皆が思った。……そんな訳は無かったのに。


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