#02
ーーーー中国には、桃娘というのが存在するらしい。
生まれてから桃のみを食べて生きてきた少女たちのことだ。
糖尿で長生きは出来ないらしいが、その体臭、汗、涙。ありとあらゆるとのから桃の香りがするらしい。
"私"は、そういった"嗜好品"的な養殖物という点で、それと同じなんじゃ無いかと聞いた時思ったように思う。
きっと、早死にできるか出来ないかという違いだけで、ほとんど同じものなのだとーーーー
さて、昼食も終えて午後。
お仕事のお時間でしてよ。笑。
流石に2年。いくら毎日ではないと言っても慣れてはくる。
…まあ、嫌悪感は拭えないが。
「今日は岩井のご令嬢だ。そこまで嫌がることは無いんじゃないか。」
所謂アイドルで言うところのマネージャーと言うか。ちふみという男が言う。
こんな名前でも背のでかいちゃんとした男の人。
代々柳杜の世話役というか目付け役というかそんなものをして居る家系のおにーさん。歳は私と二つ三つくらいしか変わらないように見えて先代のお世話もしてきて立派な大人。
「えっと…カンナさんでしたっけ。」
「よく覚えてるじゃないか。」
「あ、褒められた!」
「まさか覚えてると思わなくてな。」
ちふみさんは私にとって小学校のよく懐いたクラス担任、みたいな感じだ。
褒められるために動いている。
「まあ、おんなのこなのに何回も来るのはなかなか珍しくて印象には残るよね」
「ああ、珍しいよな。」
「ね。」
「ああ、もう来たらしい。行ってこい」
「…ん、」
頑張れよ、と言う名義だけだろう言葉ににっこり営業スマイルでお返事しながら私は控え室を出る。
そして、和室の一つ。
正座でお行儀よく、私はその岩井のお嬢様をお迎えする。
派手で頭と尻の軽そうなお嬢様は私のとくいのタイプではない。
とは思うものの。
そんなんもちろんお客様相手に言えるわけも無くて。にっこり営業スマイルで"美食"としてのマニュアル通りに接待を施す。
"美食"として、私はかつてないほどの味を誇るのだから、マニュアル通り位で構わな筈だ。可もなく不可もなく。
ーーーー"美食"。
歴代続く柳杜の最大の仕事。
その名の示すとおり、"食事"用に養殖される女吸血鬼のことだ。
吸血鬼は主に人間の異性の血を食す。
だが、美味しく無いというだけで吸血鬼どうしの食事というのも無くは無い。
事実、婚約を結んだ夫婦は基本的に己の伴侶しか食らわない。(もちろん嗜好品、美食は除く。)
よって、基本的には吸血鬼より断絶美味だとされている人間の血を喰らうのが結婚まえの吸血鬼には主である。
主であり、本能である。
そして、美食だ。
人間も吸血鬼も、基本的には異性の血を喰らうことでその"捕食者"自体の味は格段に下がる。
逆説的に言えばーーーーー
同性の血を喰らい生きてきた吸血鬼は想像を絶するほどの美味であるーーーー
そう。
女の血だけを喰らい生きてきた私は、お偉方の吸血鬼たちに"己"を振る舞う為だけに育てられた"商品"なのである。
(まあ、養殖でありながら限りなく天然ものに近い、よって今までよりも格段に高い値がつけられているのだが。)
よって、兄弟、柳杜の中で最も発言力も権威も低い。そもそも同等の生物だと認められているのかどうかすら危うい。
そんな存在だ。(だからこそこんなこと予測していなかったのだ。)
"美食"はその性質上(同性のみを喰らうという本能に逆らわなければならないという製造方法上)生まれて5年と経たないうちにそのアタリだけはつけられる。
禁止こそされないが、極力異性の血を控えるように、と。
よって、私なんかは生まれた時から"美食"になるのは決まり切っていたようなものなので、もちろん現在に異存は無い。これっぽっちも。
私は嫌いだった。
生まれて初めての食事。
もちろん何もしらない両親は私に男の血を与えた。人間の、男。
けれど、ダメだった。それでは。
私は男の血が嫌いだったのだ。これはただの好み。男の血が喰えなかった。
吐いたらしい。吐いて拒んだらしい。
そしてまさかと女を与えたら初めて、食事をしたのだとか。
そんな私はもちろん、控えるように言われるまでも無く女ばかりを喰ってきた。
これが、天然ものだと言われる所以。
本来なら少しは絶対口にし、そして味を落としているであろう異性の血を、私は自らこばみ、味を米粒ほども落とすことなく、生きてきたのだから。
もしかしたら、年を取るごとに味覚って変わるし、本当はもう、男も喰えるのかも知れないなあ。なんてことも思うけれど。
まあ、それは私の人生の中で恐らく、最もやってはいけない事だろうしね。
やったら多分殺されるよなあ。
生かしとく価値なくなるもんなあ。
ーーーーくらり、前頭葉が回る。
「ん、終わり?」
「…、はい、」
「えー、すくなあい」
「申し訳ございません。」
吸血鬼は捕食者であるが、体の作りは被食を前提として作られている。
生命維持の為に、限界量まで達すると勝手に血が止まるのだ。便利。
「ねえ…もうすこしだけ、ね?」
可愛らしく化粧をした可愛らしいお嬢様はまるで男でも落とすかのように首に手を回す。可愛いけどね。うん。
可愛いけれどこちとら仕事なんですよ。分かれください?
「岩井様。」
ちふみさんが部屋に入ってくる。
まあこういう客は多い訳で、そりゃ扱いも慣れてる訳で。
っつうか基本姿勢が男対処なのだからなおのこと力ずくの奴とかもいるしさ。
こんくらいはもはや通過儀礼だよね。
「追加はもちろん料金いただくことになりますが。連続料ということで通常より少しお高めに。」
あいも変わらず無表情。心の底から上辺だけの丁寧さ。
「……ちえー。わかりましたあ。」
もちろんありがとうだとかご馳走様なんて言うわけもなくお嬢様はお帰りになる。ちひろさんと2人でお見送り。
「お疲れ。」
「うん、」
基本的に無表情っつつか無愛想なちふみさんだけどこの時ばかりは優しい。
というか基本的には美食には優しい。
タオルやら着替えやらをもらいお風呂に入る。吸血鬼の体質上すぐに傷は治るのだけど、それでもやはりすこしお湯が肩にしみた。
「……痛い。
大変だよなあ、社会人って。」
えんど。
お風呂を上がる頃には、もう傷なんて影も形もなくなりました。
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