特に意味もなく大学生。
「…女臭い…」
唐突に、ランがそう顔をしかめる。
彼女の現在位置は珍しく彼の腕の中だった。それはマリが汗の匂いが好きという変態的嗜好に依るもので、その所為でこのクソ暑い(アイ家ではクーラーはあまりつけない。風通しがいいのだ。)中でひっつくハメになっているのだった。
「えっ、」
そして、そのランの呟きに1番に食いついたのがオミである。
「私もそれ思ってた!面白くなってまいりましたー」
にやにやとしながら、2人を伺う。
ランもくるりと振り返って向かい合う様に膝に座りながら、彼の首元を嗅ぐ。
「…うん、そのへんにいる女子大生の匂い。……香水?」
そんなチャラついた男は嫌いだぞ。そう言わんばかりの顔をしてランが本人に聞く。
「……?香水…?そんなんこの家の奴つけないだろ」
「……だよね、」
お互い妙に納得しながら、じゃあなんだろう、と首を捻る。
「他の女の子の香水、とか?」
やはりオミ。依然として楽しげに茶々を入れる。この家でそう言ったゴシップが1番好きなのは彼女である。
「俺が他の女を香水の匂いがつくほど近付けると思うのか?」
「……割と本気で想像出来ない…」
ランがうむむ、と目を閉じイメージしようと眉間に皺を寄せる。
「だろう」
「でも大学での様子ってあんまり知らないし……もしかしたらめちゃくちゃモテてるかもしれない……」
相変わらずネガティブなことを(?)言い1人で不安がりそうな勢いのランの腰周りに腕を回しつつあると思うのか、と嗜めるような声を出す。
「やってることと言ってることが合ってない。」
けらり、とランが笑う。
「いいんだよ。」
よく分からないドヤ顔でマリがこたえた。そして、で、結局香りの原因は?と、アイが話を戻す。
「お前聞いてたのかよ。っつーか思ったんだが、あれかも知れない。制汗剤。」
「その言い訳少し苦しくないかな」
それしか思い当たらん、という顔のマリだが、アイは困った様に笑う。
「いや…でも他思い当たらん……」
「もしかして、アレ?バンの液体の、」
再度、ランが首元に顔をうずめる。
「分からん。」
「シーブリーズじゃない、細身の、霧吹きタイプの奴なんだけど。」
「これ?」
うーん、と唸りながら説明する中、携帯をいじっていたサクが紫を掲げた。
「あー、多分そんなん。」
「ああ、納得!」
くるん、とまたランは半回転して、マリに背中を預ける形へと収まる。
「えー!」
つまらなさそうに声をあげるのはオミだ。
「オミシーブリーズ派だっけ。banすっごい匂い残るよ。液体。香水かよって言うくらい。」
「そうなの?でもほんと、すごいお姉さんの匂いだって。」
「うん、多分青緑の奴。ああ、そういやこんな匂いだったな、あれ。」
しゅ、と音がする。
オミがサクに借りて首にbanしていた。
「うわ、本当だ。すごい香水じゃん。」
「これ本当匂い残るわよ」
「へえ。なんだ。じゃあ本当にこれが原因なわけか。」
つまらなさそうな顔をしたオミをサクはいいえ、と制す。
「次の問題は"それを誰から借りたのか"ってことよね。」
にやにやと、今度はサクが攻撃を仕掛けている。
「はあ?友人だよ」
「男でバン民とかいるの?」
オミも再び口角をあげる。
「いるだろアイとか。」
「俺はサクの引いたハズレか飽きたやつの後処理じゃない」
まるで弟か母親のような口ぶりに、ランがアイくんの女子力がカンストする日も近い…と漏らす。
「ああ、その友人オネエだから」
「「??!」」
衝撃の事実な一斉にマリの方を向く。
皆一様に瞳が"お前はまた……!"と語っていた。どちらかといえば、"ランのライバル"は男が多い。
「これは事件だよ!女の子の香水よりもゆゆしき事態だよ!!?」
女の影、なんて時には眉毛ひとつ動かさなかったランが急に慌て出す。
「なんでだよ…!俺は断じてノンケなんだよ。
…あ、いや別にランが男ならそれもありなんだが」
「どっ…どうしよう?!!?私香水とかつけないからマーキングが出来ない……!!」
おかしなところといえば、マリ以外の全員がその可能性がありえないとは思っていない、それどころか確率が高いと思っていることだ。
オミがマーキングか、と意味深長に呟く。
「はっ、いいぞ、マーキングばっちこい」
やはり本人は否定を続けていたが、その呟きを聞き反応する。
「ゆっがみないわねえ」
どうしよう、と割と本気で心配したように考えているらしいランは聞いていないわけだが。
ちなみに聞いていてもスルーの対象なのだが。
「ああそーだランちゃん。」
アイがランを呼ぶ。
「ランちゃんも使いかけとかのばんでもなんでもあげて使わせるといいよ。俺彼女いる、なんて言ったことないけど物凄く暗黙の了解みたいになってるもん。」
カラカラ、とサクのbanを振る。
「はっ、それか…!天才やアイくん!!
あっ、だからマリくんはやけに私にマリくんのパーカー着せたりするんだね?」
「まあな。服とかアクセサリー系はそういうのに向いてる。」
「ランちゃんはとくに、男物しててもそこまで違和感ない服装だもんね。パンキーというか。」
抱え込んだまま、ほらこれも、とマリがランのネックレスのトップをつつく。
「教えてくれよ分かってたなら……!」
ランがぐりぐりと後頭部を鎖骨に押し付ける。
「痛い。……教えるもなにも、そんなことしてくれるとは思わなかったんだよ」
「えっ。そんな嫉妬しない女に見えるの私。」
きょとん。ランがマリを見上げても、マリはランの肩に額を押し付けていて、表情はみえない。
「見える。変な所で冷めてるから。」
経験則にも似たその感覚は、マリにはいつもあるものだった。だから少し、否とても。内心は感動に似た嬉しさで満たされていた。
「え、そうかなあ。
…まあ、いいや。喜んでくれてるらしいし。縛られて嬉しいか!それならお前はMだ!ってやつだ。」
「マリのMはマゾのMね」
「それだ、名は体を表すねえ」
けらり、とランたちが笑う。
肩口で、マリも少し笑ったのを感じた。
「じゃあまずはバンを私の使うところから始めようか。女から男はなかなか服もアクセサリーも使わせにくいからなあ。可愛いストラップでも鞄につける?」
「お前可愛いストラップなんて持ってるのか?」
「ああ、そっかあ。ううん……」
「まあ、思いつく度に増やして行けばいいだろ。それに別に俺は女がこようがオネエがこようがぶれんぞ」
「そうだといいねえ。」
信じてないな、追求しようとして、マリはやめた。少しではく本当に嬉しかったのだ。だから、それを辞めさせるようなことは言うまい、と口を噤んだ訳だ。
んー、なにがあるかなあ。
そうゲームをしながら考え出したランを見て、各々がこの話題の終着を知る。
そうして、ランにならいそれぞれがそれぞれの作業に戻り出す。
そんな、よく分からない暗黙の了解と習慣とノリだけで成り立っているのに、やはりひとつも違和感も不快感も感じさせないこの空間にひとつ笑みをこぼして、マリはランの頭に顎をのせる。そしてノートへ文字を綴る作業を再開する。
ランは俺が離れても決して残念がることはあるまい。
そう思っていたための嬉しい誤算を一刻も早く、書き出してしまわねばならない。
マリは最近ランと過ごすようになって学んだこと―――幸福感は鮮度が命だということ―――を無下にするまいとページをめくった。
新しい白紙のページに綴られるのは、もう新鮮味もない彼の中ではありふれすぎた、暖かい色の幸福だろう。
ランは、自身を書きにくいだろうに無理して収めている腕の中から様子を見て、微睡むように目を細めたのだった。
End.
―――――
ちなみに話題を終えた、って所の時点(各々が各々の作業に戻るところ)くらいからよしもう終わらせよう、って思ってた。
終わらせようと決断してから最後に行き着くまでが長すぎて…
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