「えー、敷地外の境界線のところには教師たちが立ってるのでそれを目安にすること。敷地外には出ないこと。では、開始!」
体育教師のちっちゃい方の先生がピッと笛を鳴らす。
今日は、私たちは午前中。
この建物の敷地内の大自然の中で探検ごっこをさせてもらえるらしいです。
ルールは簡単。
事前に決められた場所に行ってカードを集めてくるという随分と行動力の使いそうなイベントな訳です。
班ではなく4人の方でやります。
カードはそれぞれ点数が付いていて、上位には商品もあるのだとか。
最下位でもなにもペナルティはないみたい。
そんなわけでのんびりと室玖班は出発したわけです。
「矢棚たちのとこだけには負けない…」
「それな」
「相坂達みたいな自己中にこーゆうの無理じゃん。かわいそうだね。
まあだからって負けてなんかあげないけど」
…どうしてそうやって君たちは相手に聞こえるように言うんだい…
それなら普通に直接言ったらいいじゃない…?
とにかく、なんというか上位争い激しそうなので、火の粉が飛んでこないことだけに集中したい。
いや、サクとかは割とわくわくと楽しそうにしてるからちゃんとやるのはやるんだけどね?
全部で6クラスあるうちの学年の半分…つまり3クラス。
1クラス大体40人前後と考えて120人ですよ?30グループ。ああこれはもう上位なんてさらさら無理ですって…
さて、そんな感じで不穏にイベントが始まったわけだけど…
本当に"出来事"にあたることはまだ始まってはいなかった。
それが、一番初め、なりを表したのは、イベントも終盤になったころ。
結構いろんな人を見かける中で、ひとグループだけ、目立っていたところがあった。それは、吹部女子と森ガールの4人のところだった。
森ガールの…その子はさよちゃんっていうんだけど、そのさよちゃんが泣いていたわけでして。
とおりすがるほかのクラスの人たちも振り返っては彼女たちを見ていた。
「さよちゃん?どうしたのさ」
普通に仲のいいのは私たちくらいしかいなかったみたいで、誰も彼女たちに話しかけてはいなかったので、たくさん居たらきっとしなかっただろうけど私たちは駆け寄って声をかけた。
「…ラ、ンちゃ…ん」
うつむいたままさよちゃんは私を呼ぶ。
こけたのか?
「…その…さよの彼氏、が…」
吹部のゆかさんが言いにくそうに教えてくれる。
ああ、これはもめる。
そう直感した。
そうだ、本が、そうだった。あれでも、宿泊系の学校行事のところで大もめしてたんだ。たしか。
話を聞くとやはり本の内容と同じらしい。
さよちゃんの彼氏と矢棚さんの浮気。たしか、はぐれた矢棚さんをほかのクラスのさよ彼くんが案内して、なんや。
たぶんこの後さよちゃんがみんなの前で大泣きするんだ、本の通りなら。
…そこまで考えて、自分が安堵したことが分かった。
そうだ。もうそこまで行けばあとは大きなこともなく終わる。
すっかり忘れていた"本"の存在を頭のなかで引っ張り出す。
そうだ。これさえ終われば後は何もなく、なにもなさすぎるが故に文化祭でみんないい感じに団結!みたいなことして、なあなあになってしまうはずだ。
オチはない。それが、いかにも現実らしいと思った。
結局そんなものだ。小田と中本だって、相坂陣営と矢棚陣営だって。結局ちゃんと謝ることもなく、なあなあと何事もなかったかのように仲良くしだすのだ。
とりあえず、そんな平穏のためにも私は本の通りに、彼女たちを先生のところまで連れて行くことにした。
イベントの時間が終わる。
終了の時間までに来ていないと失格、となっているので全員がそろっていた。
ちなみに、最後は矢棚さんたちだった。
そんなわけで、集計のために報告を終えると、今日の晩に午後クラスとも合わせて結果を発表するので解散、となった。
まあ、もちろん私たちのクラスは、早々に帰ったりはできないわけですが。
わっと声が上がる。
分かってはいるけど何かと思ってみれば、いかにも耐え切れない、というような感じでさよちゃんが泣き出したのである。
森ファン男子たちと森女子が駆け寄っては事情を聴く。
かんけえねえわーみたいな顔していた矢棚さんか、すぐに相坂陣営によって囲まれた。おお怖い。
この間、ことの発端とはまるで逆な光景。
室内で矢棚さんが泣いていた、それに復讐でもするかのように、屋外でさよちゃんは泣いた。
まあ、それがそうなんだと、私とさよちゃんだけは知っているわけだが。
そう、あれは所謂嘘泣きだ。
実際、浮気なんてされていない。
たださよちゃんが今の彼氏と別れたいのと矢棚さんが気に食わないのが重なっただけの、ちょっとばかし大げさな演技なのである。
つまりは発端の泣き落としのやり返し。
森ガール女子たちとも精々"普通に仲良い"程度にしか私がなれないのもよくわかってくれると思う。そう。彼女たちも怖いのだ。
ほかのクラスの人たちもなんだなんだと野次馬根性で集まってくる。
「…っごめ、みんな…でも、私、我慢できなく、て…!」
さて、ここで登場相坂さん。
「あんた最低!人にはあることないこと言って彼氏取られたとかいって泣いてたくせに自分が全く同じことしてるじゃない!!
もしかしてアレは全部自分がやったことだったんじゃないの!」
「はあ?なんのことだよ」
「あんたとさよの彼氏が浮気してるとこみたんだっつってんだよ!」
みなさん女子力どこやったし。こええし。
さて、こんな異常事態にはさすがに桜子クラスのメンタルの強靭さがないとスルーはできないわけで、体育教師が割って入ってきます。
「おい、お前ら、手は出すな」
取っ組み合いになりかけた2人を止めては
「落ち着いて話せ。な?」
と矢棚さんとさよちゃんをどっかの部屋に連れて行ってしまいました。
まあ傍観者からわかる結末はこんなもんですかね。
みんなまだ戦々恐々とざわざわしながらも、「散れ!早く戻って昼食とれ!」というもう一人の体育教師の言葉によって仕方なくぞろぞろと建物へ帰って行きます。
もちろん私たちも例外ではない。
茫然とみんな何も話さないまま、部屋までもどる。
このあとは結局矢棚もしたし、された。それでおあいこでいいじゃないか。
と、"両方"の"虚言"があたかも事実だったかのような強引な結論に落ち着かされて2人は職員の部屋から出てくる、ってことは私と当人たちしか知らないことで。
だから私は一人能天気に売店とかみたいな―とか考えている。
「とりあえずご飯食べようよ。おなかすいた」
幸い今日の食事は全部自由にとっていいということだった。
「ほんっと…ランは変なところでドライよね」
「えー?」
「だってさよが可哀想で…」
「サク、矢棚さんが前にああやって泣いたのも、こんかいさよちゃんが泣いたのも、どっちも証拠はないんだよ?」
「なにそれ、どっちも嘘泣きだっていうの?」
「さあ。可能性はあるねって話。私はいろんな可能性を考えてしまうタイプなんだよ」
実はこれはこうだった、とかだと面白いかもしれない。私の思考回路は基本的にそんな感じだから。
「もしかしたら相坂さんと矢棚さんがもめてるのすら、2人が画策していることだという可能性もある。当事者でない限り確信は得られない。ならばどこかの箱に入った猫と同じじゃないかな。
そういう可能性が本当だった世界だって探せばどこかにあるかもしれない。平和な方がいいに決まってるからね。私はそれをあきらめないよ」
「…ランは面白い考えかたをするのね」
「まあね」
まあ、確証を得ていることも、だからありえないのにそうだったら楽しいなという程度にしか興味をもっていないことも、オミにはばれているのだろうけど。
サクはそれでも納得してくれたので、そのご少し支度をして昼食を食べに行った。