「ラン…!俺というものがありながら…!そしてそういう怪しげなことにすぐ許可を出すなと、警戒心をあれほどお前は…!」
「許可してないよ!?」
マリくんが至って真顔なんですがこれは。
…え、これ突っ込むとこだよね?
「っていうかなに俺というものがって!弥蜂混乱しててちょっと理解できない…」
「いや、まあ軽く冗談のようなものだが」
「この状況で?!」
やっぱり真顔。
マリくん空気の温度の高低差激しい。
「マリ。確かに気持ちはわかるけど。現実逃避しないで。怒るよ」
オミがマリくんをたしなめる。
いつもみたいにその口調に優しさがなくて、当事者でもないのに胃が冷えた気がした。
「悪かった。
…で、ラン。事実のほどは?」
「え。」
先ほどの加倉くんの発言のことだろうか。
「初耳、だと思うよ…?」
「恋人でもないし、許可もしていない、ということだな?」
「うん、たぶん…」
「なぜ曖昧なんだ。思い当たる節でもあるのか」
「ない、けど…」
でも、本当にそう思ってるかもしれない人の前できっぱり否定、っていうのはしにくいものがある。
「…らんこ?何言ってるんだ?」
なんというか…すがるような目をされる。
罪悪感、というかなんというか。事実無根でも私の間違いだった、ごめん私許可したよ、とでも言いたくなるような気持ちになる。すごく、ひどいことをしている気分だ。
「え、あの、その…」
「らんこ」
「な、なに…?」
普段呼ばれなれないその音でどうしても首元がくすぐったく感じる。ラン、ではダメなんですか。
「嘘、だったのか?全部?」
「え…」
なんかもう、いたたまれない気持ちになってきた。
どうしていいか分からなくて泣きそうだ。私は実は二重人格だったとかじゃだめだろうか。
「…加倉くん。ちょっと、ランに話しかけるのは一旦やめてくれないかい。」
「なんでだよ」
「ランはね、クラスの女子が作ってきたお菓子がおいしくなくて、たくさんあるのになんやかんやと遠慮するふりをして食べてくれなくて残ってしまったそのおいしくないお菓子を全部"私好きだよー"とか言いながら笑顔で全部食べちゃうような子なんだよ。お弁当の直後でもね。"え、いいの?全部食べちゃうよ?"とかって笑いながらね。」
「オミ、なにが言いたいか分からなすぎるんだけど…」
なんでいきなりそんな恥ずかしいこと言われてるの私。
え、なにほんとにやっぱり弥蜂をいじめようタイムなの?
…と、そんな現実逃避はやめよう。
急いで、一瞬だけ携帯を開いて、中本たちに先に帰ってほしい旨を伝える。
少し待たせたかもしれない。申し訳ない。
「だから、このままなら彼女は"うん、私の勘違いだったね"って言って加倉のことをうやむやにしてしまいかねない」
だからなんでばれてるんだ。
「うわあ…やりそう…」
アイくんもそんなこと言うし。
なにえ、そんな私嫌われてたの?実は??
マリくんが相変わらず無表情でこちらに来る。
私は椅子に座って横を向いているわけですけれども、なんだろう…子供扱いでもされているんでしょうか。目の前にしゃがまれる。
「手帳、みるからね」
半ば乱暴にオミが手帳を開く。そして、絶句したのが見えた。
くい、と手が引かれる。
「ラン。」
反射的にそちらを向けば、もう一方の手もマリくんとつながされて、両方を膝の上で揃えさせられる。
せっせっせーのよいよいよい、って歌でも始まりそうで妙に和んだ。
マリくん手が冷たいなあ。
「大丈夫だから、とりあえず落ち着けよ」
「え、うん?」
割と落ち着いてるよ。むしろあんたが一番テンパってるよ。
「向こうの話は聞かなくていい。俺の声を聴く。分かったな」
「うい…?」
なんか精神分析でもされているような感じなんだけど…別に私発狂とかしてないしテンパっても…
「ああ、もしかして心配してくれてる?」
「そう。」
そうか、残念なことに現実は伴っていないわけだけど、"こんなことになっておびえている女子"、みたいな感じの事態を危惧してくれたのか。
「ありがとう、でも全然大丈夫だよ」
「いいから、そういうの」
違うよ…!勘違いしないでよね…!?
「マリ」
オミがマリくんをよんで、こちらにくる。
マリくんは少し躊躇ったようにしてから手を離して少しオミの方に歩み寄り、それからひそひそと耳打ちをする。
「…わかった。
俺は、少し加倉と話がしたい。ほかの奴らは帰ってくれるか」
「え、でも…」
「アイ、一応だがサクたちとランを送ってやってくれ」
「ああ、うん…それもそうか。分かった」
「ありがとう」
「ラン、帰ろう。ごめんね、こんな怖い感じでけじめもつかないうちから…」
「え、いや、いいんだけど…」
半ば無理やりに連れられて、サクとオミ、そしてアイくんで教室をでる。
…なんか、あんまりよい雰囲気ではなかったし…
加倉くんとマリくん仲良いらしいから、もしこれがドッキリとかじゃなくて本当にあんな雰囲気なんだったら、すこし申し訳ないような気がする…。
「あ、アイス食べましょうよアイス。ね。」
「いいねー。」
「そろそろあったかいもんねえ」
サクが言い出して、オミとアイくんが賛同する。
もちろん私もいいよ、というわけで4人でアイスを食ってから帰った。
悪いといったんだけど、みんなに家まで来てもらってしまって大変申し訳ない所存。
その後も、家に帰ってからもありがたいことに電話とかラインとかでいろいろ心配していただきまして。
結局、ドッキリだったのかなんなのかも分からないまま、翌日を迎えた。
「おはよう」
今日は珍しくサクとアイくんも早くに来ていた。
席に鞄を置くなりマリくんがきて、
「もう、大丈夫だから」
といった。
まあ、加倉くんのことだろう。
「そっか。」
私は笑っておいた。
ドッキリにしても反応が面白くなさ過ぎて飽きられた、って感じだろうか。
「なんかみんなありがとうねー。いろいろ」
そう、言っておく。一応。
「いや、何もお礼なんていわれることはしていないよ」
アイくんがそういってくれる。
「そうだ。…それに…少しお前にかわいそうなことをさせることになったから…」
珍しく表情筋が動いたと思ったら、申し訳なさそうな顔をするマリくん。
なんだろう。なにさせられるの私。
あの時の反応録画したなんかを回されて陰口言われるとか?
…われながらそれすごくいやだなあ。それはほんとヘコむからそういうの…
あ、と気づいたように私の後ろをマリくんが見たので習うように後ろを振り向く。加倉くんがきていた。鞄のまま、マリくんに呼ばれてこちらにくる。
「おはよう。」
「え、あ、お、おはよう…」
挨拶したらやけに驚かれたよ…なんでだよ…?
「その…悪かった…正気にもどったんだ…
初めは、ただ好きなタイプだなっておもってて…なんかいつの間にか現実と区別つかなくなってたみたいで…
こんなこと言うのは無茶だと思ってるんだが…その、お、おれと、…」
加倉くんの後ろでオミとアイがどん引いたようにひそひそしている。
ぼんやり聴覚の焦点を合わせてみれば、"おい、マリなにやったんだよ"とか"どんな脅し方すればあのタイプが目を覚ますの…?!"とか言ってるらしい。
「俺と…」
「うん。」
「と、ともだ…」