「征ちゃん」
「なあに、千加」
「テツくん、何て言うかなあ?驚くかな、呆れるかな」
「んー、そうだね」


昨日、互いの両親から正式な承認を得て、私たちは晴れて正式な婚約者となった。今後のことも両家の相談のもといくつか取り決めた。一つ、私たちは予定通り進学すること。二つ、高校卒業し進学先が決まったら二人で同棲すること。三つ、成人したら結納すること。四つ、大学を卒業し二人とも就職したら頃合いを見て入籍すること。勿論、あくまでまだ予定の状態である。しかし、私たち当事者だけでなく両親たちも既に全くそのつもりで、誰一人この未来が違えるとは思っていない。それはまったくもって私と征ちゃんへ信頼の証だ。堪らなくうれしい。慎重に段階を踏むけれど、それでもきっと私たちは昨日誓い合ったことを違えることはないだろう。だてに十数年想い合ってはいない。あと四、五年なんて。


「普通高校生が婚約なんてしないもんねぇ。しかも互いの両親が承認済み」
「ふふ、だね。まあ一般的にはしないよね。一応、法的には婚姻が可能な年齢ではあるが」
「へへ、やっぱりテツくんだから呆れるんだろうなあ」


まだウィンターカップの最中であり明日はうちも征ちゃんの洛山高校も試合がある。昨日は征ちゃんと一緒にいたが、今日はさすがに次の試合のミーティングがあるので私は誠凛のみんなのもとに、征ちゃんは洛山の人たちのとこに。征ちゃんが私を送ってくれるということで、ついでにテツくんに昨日の顛末の報告をしようというわけだ。


「んー、そうだなあ。僕はテツヤは驚かないし呆れもしないと思うけど、ね」
「えっ。いやいや、さすがにちょっとは驚くでしょ!?」
「だが……僕らのことだし、あいつにとってはひどく今さらのことだと思うけどね」
「いや、まあ……そりゃそうかも……」
「だって中学の頃から付き合ってもいないのに僕らはお互いに結婚する気満々だったじゃないか」
「はっ!うわあっ!なんだか今さらのように恥ずかしいぞそれは!」


くすくす笑ってる場合じゃないよ征ちゃん!明らかに黒歴史だよ!恥ずかしい過去だよ!……今もその気持ちは寸分違わず健在なのが笑えないが。


「僕は五歳の最初のプロポーズから既に本気も本気だったんだけどね。そっちの方が恥ずかしいと言えば恥ずかしいかもな」
「……でも私はうれしかったし、今もうれしい、よ?勿論ね」
「うん」


穏やかに征ちゃんが笑む。クリスマス、年末の近い冬の町は寒さと静けさを纏いながらも、賑やかさと明るさも同様に満ちていた。私のこの手を握ってくれる大好きな幼なじみが今年も傍にいてくれる。そして来年も再来年も、きっとずっと。それが堪らなく幸福だ。ぎゅっと僅かに力を込めて握れば握り返してくれるその手はいつも私を幸福にしてくれた。会うたび、想うたび、手を繋いで笑い合ったね。


「テツヤは、僕がどれほど千加を好きで、僕がどれだけ千加を僕だけのものにしたかったか、きっと一番よく知ってくれていたやつだから。……そうだね、だからきっととても喜んで、祝福してくれるんじゃないかと」


――そう予測してるんだけど、……だめかな?


なんてかわいく首を傾げる征ちゃんがあまりにいとおしくて、私は声を上げて笑った。







「テツヤ」
「テツくん」


実は、と語る私たちの話を静かに聞きながら、少しだけ目を見張って、それからやはり穏やかな春風のような笑みを浮かべた。そんなテツくんのやさしい表情に思わず見とれた。


「おめでとうございます。夢に一歩近付きましたね。……本当に、よかった」


そう、思えばテツくんはずっと私たちを陰ながら見守り応援してくれていた。私が征ちゃんと仲違いをしている間も、何も言わず見守っていてくれた。そして、もう一度チャンスをくれたのだ。再びバスケに関わることを恐れていた私をテツくんは勇気づけてくれた。信じて待つ勇気をくれたのはテツくんなんだ。信じて会いに行く勇気をくれたのは紫くんだったけどね。私の、いや私たちの大事な親友だ。


「でもキミらは進学ですよね?これからどうするんですか?」
「しばらくは学生だから婚約者止まりかな。卒業したら入籍する予定だよ」
「そー。ウエディングドレスはあと四年は先かなー」
「いや僕としては白無垢も捨てがたい。千加ならどっちでも似合うからな」
「あっ!でも征ちゃんはきっと和装の方がどっちかっていうと似合いそう〜」
「そういうのはじっくり決めていけばいいじゃないですか。あと数年あるんだし。というかボクの前でわざわざ話し合わないでくださいよ」


爆ぜろリア充と、ただならぬ空気を纏いつつ、すっかり目の座っているテツくんに身震いがした。ひえっ!こわすぎ!怖いものなしの征ちゃんはニヤニヤ自慢げに笑っているけど!


「なんだよ、また赤司と伊藤のバカップルっぷりに黒子がキレてんのかよ?」
「か、火神くん!この絶対零度のにらみ合いを溶かしてよお願い!」
「おま……何言ってんだ、伊藤」


いやいや。何故分からぬ!今、めちゃくちゃ恐ろしい表情で二人とも煽り合ってんじゃん!征ちゃんとテツくんの組み合わせって結構恐ろしいよ。何せ二人ともドSかつ魔王気質だもの。一番敵に回したくないタイプだもの。この末恐ろしさを理解できないなんて火神くんはやっぱり大物かもしれない。


「つーか、何。お前ら今度はどうしたんだ?」
「じ、実は……婚約したの」
「…………Come again?(何だって?)」
「だから僕と千加が正式に婚約したんだよ。お分かりかな、大我」
「せ、征ちゃん」
「I don't get it!(わけわかんねぇよ!)」
「火神くん、すっかりパニックですね」


口を開けて驚愕する火神くんにデスヨネーと言いたくなった。そもそも、テツくんは普通に受け入れるからこっちも拍子抜けだった。大体、いくら子どもの頃や中学生の時に結婚の約束をしたとはいえ、昨日征ちゃんから高そうなエンゲージリングをするっと指にはめられた時の、私の内心の仰天はきっと誰にも理解してもらえまい。不意討ちすぎる。高校生が婚約、しかも二十万は下らないという(しかも幼い頃から貯めに貯めたという私費で買ったらしい)婚約指輪を贈られるなんて誰が予想しようか。さすが征ちゃん。まじさすが。計画的すぎる。


「ついでに言うと、春から僕ら同棲するからよろしく」
「どうせ……いっ!?」
「何ですかそれ、聞いてないんですが」
「だから今言ったじゃないか、テツヤ」
「どどどど」
「え、ちょ、どうしたの火神くん?」
「ふ、不純だァアアアア!!」
「えっ」
「失礼な」


パニックの後は顔を真っ赤にして再びパニックだなんて火神くん……。「僕が今までどれだけ我慢してたか知らずに全くもって失礼だ」とか征ちゃん余計こと言わなくていいから。うん、恥ずかしいからそれ以上はやめて。


「……はあ。敢えて言いましょう。もげろリア充、と」
「ちょっとテツヤ。それ完全に害を被るのは僕だけだよね。やめてくれ、痛いのは嫌いだ」
「赤司と伊藤がリア充すぎる……」
「何言ってんだ征ちゃん。ていうか落ち着いて火神くんキャラが違いすぎぃ!」


そんなふうに騒いでたら、降旗くん、河原くん、福田くんトリオがやって来て火神くんの嘆きっぷりの訳を聞いてきたので一から説明しざるを得なくなり、渋々事の顛末を最初から説明すると三人とも驚きやらなんやらで赤面しながら固まった。……だから言いたくなかったんだよおお!


「は、いや、てか、はっ?婚約……お、おめでとう?」
「あ、ありがとう福田くん」
「つーか……すげえ。意味わかんねーけどすげえ。と、とりあえずおめでとう」
「デスヨネー。ありがとう、河原くん……」
「なんなんだよ赤司って!やっぱ赤司は俺らの二歩三歩どころか百歩くらい先進みやがってウワアァア!」
「お、落ち着こうか、降旗くん」


……せめてポイントガードとしてでも勝てたら……やっぱ無理ゲーだよくそぅぅ!神様は不平等だ!と何だが色んな意味で嘆きだした降旗くんを福田くんと河原くんとで慰めた。


「千加」
「……あ、なぁに。征ちゃん」
「久しぶりにテツヤとじゃれ合うのも楽しかったが、僕もそろそろ戻らなくては。うん、これでも一応僕キャプテンだからね」
「一応って。征ちゃんは立派なキャプテンだよ。送ってくれてありがとう」
「うん。……千加」
「うん?……!」
「じゃあ、また」


離れると同時にびっくりして口元を手で覆った。頬が熱い。ふわりと微笑んで征ちゃんは私の頭を撫でてから、颯爽と去っていった。……だからさー。


「見せつけやがってリア充め。いい加減にしてくれませんかね」


みんなが見てる前でキスすんのやめろって……ともう既にいない人に憤りため息を吐いた。さすがになくすと困るので、今日は家に置いてきた花の形の指輪を思う。征ちゃん、ありがとう。大好き。


「さあさあ!もうこういう空気はいい加減いいですから、一・二年生も全員来ましたしさっさと火神くん家に行って明日の試合のスカウティングをしますよ!」
「ひい!ちょ、テツくん痛い!引きずるのやめてぇ!」
「黒子、伊藤が半泣きになってんぞ……」


テツくんはまじでこわい。本当にこわい。


「あ……征ちゃんからメール」
「電源を切っておきなさい鬱陶しい」
「黒子、伊藤聞いてねーぞ」


テツくんに引きずられつつ(なんか既に諦めた)、メールを開いてなんともうれしい一言に顔がほころぶ。みんなにも聞こえるようにメールを読み上げれば部員の中でも人一倍闘志を燃やしている三年生全員が、上等だ!と叫んだ。


――今年は負けないからね。決勝戦で待ってる。


ああ、三年前の悲しみに暮れていた中学三年生の私にもしも伝えられるならこう伝えたい。未来は明るい、私は幸せです、と。


131027
愛撫でる指先 end


赤司にプロポーズされる話



この後の大学生同棲時代を含めた赤司との結婚話は「ただいま」という連載へと引き継がせていただきます。彼女が征ちゃんさんのお誕生日に何を贈ったかもこちらで書きますので、そのあたりはすみませんが「ただいま」のほうでお願いいたします。多大な未来捏造すみませんでした。以上で、プロポーズ話は一旦終幕となります。ありがとうございました!