「手、冷えてるな」


京都駅からタクシーに乗って(電車でいいじゃんって言ったのに征ちゃんが言って聞かなかった)征ちゃん宅に向かっているとき、となりに座っていた征ちゃんが私の手に触れて小さく呟いた。


「え、そう?」
「ああ、いつもあったかいのに珍しいね」
「征ちゃんのほうがいつも冷たいのにね」
「ふふ、そうだね。今日はいつもと逆だ」


そうして分け与えられるぬくもりにそっと頬がゆるむ。ああ、しあわせだ。手のひらのぬくもりだけでうれしくなってしまうのは、やっぱりそれは大好きな征ちゃんだからで。一ヶ月ぶりに征ちゃんに抱きしめられて、それからいい加減寒いし征ちゃんのおうちに行こうということになった。強く抱きしめていた腕を解いた征ちゃんは、まるでそれが当たり前の動作であるかのように軽やかに私の手を掬い、今度はそっちをぎゅって掴んでいつかの夏の日みたいに指と指を絡め合わせたのだった。ふふ、征ちゃんって本当、このつなぎ方好きだなあなんて思わず笑いがこぼれてしまって、そんな私を見た征ちゃんもふっとほころぶように穏やかに、微笑んだ。それからタクシーに乗ってもその手はずっと離してくれなかったけど、寒いからいいかなあなんて、思わずゆるむ頬に言い訳を頭の中でこぼしたのだった。


「ねえ、千加」
「なあに、征ちゃん?」
「会いに来てくれてありがとう」


こちらこそ、待っていてくれてありがとう。







「わおお!すごーい!広いしきれいだー!!」


征ちゃんが住んでいるマンションに着いてから、不躾にも初めて見る現在征ちゃんの生活空間を一通り見渡し図らずも私がもらした一言に、征ちゃんはくすくす笑っていた。そんな征ちゃんを見て少し冷静になった私はなんだか頬が火照る感覚に陥り、そしてその熱を宿した頬を征ちゃんはあまりにもやさしく微笑みながら指先でそっと撫でた。


「ふふ」
「本当に子どもですみません」
「いや?本当にいとおしいよ」
「………」
「ははっ、もう、本当にかわいすぎ」


きみは僕を一体どうしたいんだ?、と私を引き寄せ抱きしめて、征ちゃんはおかしそうな声で私の耳元に囁いた。先ほどとはまた別の種類の恥ずかしさが私を包んで、分け与えられる征ちゃんのぬくもりに、再びさみしかった心臓はじわりと幸せをにじませる。


「そんなに気に入ったなら、千加も今日からここに住もうね」
「え、それはお断りですよ!」
「僕の心を弄ぶなんて、悪い子だな」
「もう!どっちがひどいのさ!」


そんなふうに憤慨する私に征ちゃんはやはりくすくす笑っているから、なんだかムッとした私は征ちゃんの私を抱きしめる両腕を無理やり引き剥がして、征ちゃんから距離をとる。


「……千加」


あんまり悲しそうな顔で、あまりにもさみしそうな声を出すもんだから、かわいくて、いとおしい気持ちと、どれだけ私が好きなんだといううれしいような呆れるような気持ちが競り合ってしまって、結局困ったふうに笑うしかない私も本当にバカだよなあ、と小さく胸の内で自嘲するしかないのだ。


「征ちゃん」
「…うん」
「大好き」
「うん、僕もだ」
「ん」
「だから、ね。もう少し抱きしめさせて」


いつも、たくさんのことを背負い、一途に、一生懸命がんばり続けている大きな背中を撫でて、どうか私の手のひらが少しでも労いになるように、癒しになるように。小さく願いながら、征ちゃんの肩口に頬を預ける。私を抱きしめる征ちゃんの手のひらは、やさしく、とても熱い。何を口にするでもなく、私の体温や感触、においなんかを酔いしれ堪能するかのように、ただただ力強くも弱々しく私を抱きしめるだけの征ちゃんは、今何を思い、どんな考えを巡らしているのだろう。なんて、考えたところで一つ一つの思考を組み上げられるほどに、私たちは近くはない。どんなに強く一途に求め、抱きしめ合ったって、私たちは決して一つにはなれない。


「きみを抱きしめる度、僕はきみをいとおしいと心から思うんだよ」
「私は征ちゃんの心臓の音を聴く度、切ないくらいしあわせに思うよ」


ただお互いの存在が傍にあるだけで、こんなにも安心し至上の幸福を味わえるというのに、それでも私たちはお互いを求めることをやめられない。手をつないでも、抱き合っても、もっともっととお互いに走る幸福をかみしめては、手を伸ばしてほしがってしまう。けれど、どんなに苦しく切なくてもやはり貪欲に求めることはやめられなくて、結局はこうやって、ただお互いの存在を確かめ合うしかないのだろう。


「征ちゃん」
「うん」
「私のきもち、受け取ってください」


そうして、東京から京都へと運んできた甘い約束の、変わらない恋心を取り出す。きれいに、端正込めて丁寧に包んだチョコレートを、私の好きなひとへと捧げる。今年は2年ぶりに大好きな大好きなあなたに、直接このきもちを手渡すことができるのだ。どうか、受け取ってください、私の恋心。


「ハッピーバレンタイン、征ちゃん!!」


やわらかなはにかみは、まるで鏡のようにあなたへと反射する。胸をときめかすこのきもちも、あなたに伝染してるといいなあ、と募り募った恋心を私ごとそのまま再び抱き止めた征ちゃんの体温に目を伏せながら、そんなふうに溢れだすしあわせを噛みしめるのです。


「ありがとう、喜んで受け取らせてもらうよ」
「こちらこそ、ありがとう!」
「千加」
「うん」
「好きだ、大好きだ。世界中の誰より、きみを愛してる」


愛の囁きはやはり、いつのときも、やさしくて甘いのだ。


「ねぇ、キスしていい?」


返事はお互いの甘い吐息の中に、淡く溶けて消えた。まったく、征ちゃんは本当にバカなんだから!なんて笑ったところで、結局私もバカと呼ぶにふさわしいくらいに征ちゃんが大好きで仕方ないんだけどね。


「ふふ、幸せだな」
「へへ、幸せだね」


だから、これからもお互いバカなままずっと一緒にいられたら、そんな幸福を噛みしめる度にきっと私たちはこんなふうに笑うのでしょう。生まれたときから大事に大事に育ててきた愛情も、ふとした折々に募らせてきた変わらぬ恋心も、大好きなあなたと一緒にこれからも抱きしめていきたいと、そう私は祈るのです。


130422
恋はいつしか愛に変わる 4