――そして今年、高校一年のバレンタインデーは、きみは傍にはいない、だけどきみの想いは確かに僕のもの。


『もしもし?征ちゃん?』


きみのいない二度目の夏の初め、僕はもう一度、僕の最愛を取り戻した。相変わらず、僕のとなりにきみはいないけれど、僕の中学三年間を彩ったあの鮮やかな日々が帰ってきたわけではないけれど、それでも僕はきみをもう一度手に入れたのだ、もう二度と、一生離してなどやらない。もう一度、僕の手をとったきみが悪いんだよ?もう一生、きみは僕のものだ。今度は逃がしてなんて、やれないからね。ずっと、ずっと、きみだけを愛し抜くから覚悟していてね、千加。


『かなり寒いけど風邪引いてない?京都って意外と寒いんでしょう?』
『大丈夫だよ、ありがとう。千加は?千加は風邪引いてない?きみは季節の変わり目や急激な寒暖差に弱いから心配だ』
『大丈夫だよ〜、ありがとう!』
『京都は寒さはそれほどではないが、正直夏の暑さの方が堪えたな』
『東京もかなり暑いけど西の方は湿度が高いからねー、ムシムシするんだよね』
『ああ、さすがの僕でもあの暑さには参ったよ』
『征ちゃんを参らすなんてやりよるな西の夏!』
『意味が分からないよ、千加』


えへへ〜とはにかむ千加がかわいくて、つい頬がゆるむ。きみの一挙手一投足がかわいくて、いとしくてたまらないんだ。つい、ゆるむ。メールや電話もやはり好きだが、お互いの顔をWebカメラで映すことのできるビデオ通話がやはり一番いい。千加の様子や表情がよくわかるから。やはりかわいくてかわいくて、仕方ないのだ。こんな気持ちは昔から自他共に呆れるくらい全く変わらない。僕はバカみたいに、きみにベタ惚れなのである。ああ、そういえばそんな僕を見て、中学時代、テツヤがよく苦笑していたものだったな。中学のときはあまりあからさまには態度に現してなかったはずだが、何故かテツヤには他のやつらよりもずっと、あるいは千加以上に、僕の気持ちや思考はただ漏れであった。


『そういえば明日はバレンタインデーだが、今年もくれるんだろう?誕生日と違って今回は着払いでいいから、楽しみにしてるね』
『え、あ、ごめん。今回は送らないつもりなんだ!』
『は?』


千加のなぜかうれしそうな表情と声色に、僕は苛立ちと困惑を感じ、マウスを握っていた手につい要らぬ力を込めてしまった。危ない危ない、今少しパキッと不吉な音がしてしまったが、どうやらマウスは割れずにすんだようだ。我ながら、こんな些事、いや僕にとってはかなり大事だが、しかしこんなことでマウスを粉砕だなんて、いくらなんでも間抜けすぎて話にならない。


『…どういうこと。千加、まさか僕よりも好きなやつがいるのか』
『え?!』


何をそんなに驚くのか?長年、僕にチョコをくれていたきみが、本命どころか義理チョコですらくれないのだ、それ相応の理由があると推察するしかないだろう。何か事情があって、というのなら僕だってそんな乞食のように催促したりはしないさ。だが、それならばうれしそうな千加にどうも納得がいかないのだ。……千加に、好きなひと、か。――僕以外で?いや、だ。そんなのは絶対にいやだ。僕のすべてを賭けて、そんなものは断じて認めない。きみも知っているように僕のきみへの執着は尋常ではないから、僕からまさか逃れられるなんて努々思わないでよね。


『え、征ちゃん?怒ってる?』
『怒ってる?まさか。ただはらわたが千切れそうなだけだ』
『…平たく言えば怒ってるんじゃん』
『……べつに』


ただ、きみが否定しないから、僕は悲しいだけだ。きみは僕の気持ちには負けないと言い張るが、実のところやはり僕のほうがずっときみが好きで、惚れているのだ。惚れたほうが負け、などと言うがまさにその通りなのだ。僕はいつも、きみが思う以上に、きみが好きすぎて好きすぎて、頭がおかしくなりそうなんだよ。大きすぎる愛執に心が押し潰されそうなことをきみは知らない。いつだって、きみを拐って閉じ込めて、そうして僕以外の誰にもきみを見せたくないと思っているんだ。洛山に無理やり転校させて傍に置きたいと常々考えているし、寧ろきみを拐って僕の部屋に監禁して僕だけを見るようにしたいとすら考えてしまうんだ。だけど、しない。そんなことはしたくはない。きみを縛り付けたいわけじゃない、ただ僕だけを選び続けてほしいだけ。きみには、自由でいてほしい、あたたかな笑顔でいてほしい、から。この歪んだ欲求を押さえつけているのは、やはりきみへの底知れぬ愛情なのだ。きみを愛するからこそ、そんな恐ろしい欲求に苛まれ、されどそれを退けるのは同じくきみを想うゆえ、愛するゆえの理性が働くからだ。そんな葛藤を、きっときみは知らないのだろうね。僕がどれほどきみを想って、その気持ちの深さと大きさに苦しみ、僕自身苛まれていること、きみは欠片ほども知らないんだろうね。決して、知られたくはないけれど。


『そんなわけないよ!そんなの、あり得ないよ!!』
『……ならば何故今年はくれないなんていうの』
『え!あげないとは言ってないよ、ただ送らないっていっただけで』
『どう違うというんだ?きみは今、僕には贈らないと確かに……まさか』
『ふふ!今年はね、贈るけど送らないの!』
『…そういうことか』


千加の眩しい笑顔に、つい脱力してしまった。「送る」と「贈る」ね。音声だけではさすがに判別のつかない同音異義語のせいで、とんでもない勘違いをしてしまったようだ。なんだ、よかった。本当に、本当によかった。きみを失うなど考えたくもないよ。せっかく正気をぎりぎりで保ってあの歪んだ衝動を抑え込んでいるというのに、そんなことになったら今までの苦労がまるで水の泡になってしまう。きみには、絶対にこんな後ろ暗い欲望なんて知られたくはないのに。僕はただ、きみをあまりに好きすぎる。だから、どうかこれからも変わらずに僕だけを好きでいてほしいよ。でないと、僕自身なにをしでかすか分かったもんじゃないからね。だから、どうかこれからも。


『今年は直接届けにいくよ征ちゃん!!』


――去年、きみは傍にはいなかった。多くのものをなくしていた、寒々しい季節だった。僕は寂しく、そして悲しい冬を過ごした。だけど、今年は違うのだ。きみが、愛するきみが傍にいるのだから。それだけで僕の世界は色づき、僕の人生は絶え間ない幸福に満ちる。僕はね、ただ、きみを愛してるんだ。ああ、早くきみを抱き締めたいなあ、そんなことを思い、きみのいとおしい笑顔に僕は微笑んだ。


130216
恋はいつしか愛に変わる 1



赤司くんはこんなことを思っています。強すぎる独占欲や愛執を抑え込んでいるのは、同じように彼女を愛するがゆえの理性なのです、という設定です。もしも、彼女がひとたびでもよそ見をしたら、そんな細い細い理性の糸は忽ち切れて閉じ込め縛り付けてしまうのでしょう。