私が征ちゃんを求める理由なんて、とても言葉になどできない。本能がただ征ちゃんだけを欲している。征ちゃんが好きで大好きで、いとおしくて、恋しくて、ただひたすらに求めてやまないのだ。――だけどそれは、征ちゃんにとっては違ったらしい。


「征ちゃん!」
「なんだい、千加」
「バスケはじめるってほんとう?」


ずっと征ちゃんの後を追いかけていた。私自身、征ちゃんとずっといっしょにいたかったし、征ちゃんの後を付いていけば間違いないことを幼いながらに解っていたというのもある。征ちゃんはいつだって正しかったし、いつだってぐずでドジで泣き虫な私の手を引いて、守ってくれていたのだ。だからこそ私は、その征ちゃんのやさしい手が大好きだったのだ。


「ああ、ミニバスのチームに入ろうと思ってるよ」
「えー!千加もする!」
「千加、別にぼくはかまわないけど」
「お習字だってそろばんだって、征ちゃんといっしょなんだもん。千加、バスケだっていっしょにやりたい!」
「そうか」
「うん!」


私はいつだって征ちゃんの後を追いかけていて、そうやって習字やそろばんだって真似して習ったし、将棋やオセロの好きな征ちゃんと一緒に遊びたくてルールやテクニックを勉強したりもしたし、同じようにバスケもその例外ではなかった。基本的にとろくて、運動オンチだった私だが、征ちゃんに置いていかれたくなくて一生懸命練習を続けているうち、元々才能があったのかは不明だが次第に私はその力を開花させていった。


「千加ちゃんは女の子なのにすげえな。まだ三年生なのに、六年生にも負けてないし」
「ほんと?ありがとう!でも、征ちゃんのほうがもっともっとすごいよ!」
「……あー、ね。赤司は別格だよな」


征ちゃんは別格だと、そういった男の子は私よりもふたつ上の五年生だった。彼もとても上手かったけれど、征ちゃんと比べてしまうと才能の差を感じてしまうくらいには二人の実力はとても遠かった。その目に宿るのは羨望や嫉妬ですらなく、ただあったのは諦めのみだったこと、果てしない隔たりがあることへの失望があったこと。私は、その彼の言葉に対し子供ながらに引っ掛かりを覚え、そうして何故か長い間ずっと心に巣食って消せずにいた。まるで心に焼けついたまま爛れてしまったかのように、ずっと。そこにあるのは耐え難い悲しみと孤独なのだと、幼い私は強く思った。どうしてか、私はこのやるせない壁のようなものをとても悲しいと思っていたのである。届かないほど遠くを、ただ独りひたすらに歩き続ける征ちゃんの小さな背中に、私は幼いながらに恐怖していた。


「征ちゃん!」
「なあに、千加」
「わたし強くなるよ!いつか、征ちゃんに勝てるくらい!」


だから、私は強くなりたかった。誰もが認めてくれるくらい、そして征ちゃんが認めてくれるくらい。ずっとずっと前をひとりきりで歩く征ちゃんと肩を並べていたかった。隣りにいさせてほしかった、一緒に戦うことを許してほしかった。ただ、傍にいたかったのに。


「待ってるよ、千加」


征ちゃんとバスケをすることが、何よりの喜びだった。征ちゃんがPGで私がSFで、私を上手に生かしてくれる征ちゃんがやっぱり大好きで、そうして征ちゃんに及ぶほどではなくとも、後に最強コンビと呼ばれるようになったことがうれしくてたまらなかった。


「任せて!いつか征ちゃんを負かして、んでもって泣かせてやるもんね」
「ふふ、それでもぼくは絶対に負けないよ」
「えー、待っててくれるっていったのに!」
「もちろん待っているよ。ただ、何度挑んできたところで何度でも叩き潰してあげるだけで」
「私だって負けないよ!いつか征ちゃんに参りましたって言わせるんだから!」


それは楽しみだな、なんて征ちゃんはやさしく笑って私の頭を撫でてくれた。征ちゃん、大好きだよ。ずっと、これからも傍にいさせてね。こんなふうに甘やかしてね。


「大好きだよ、征ちゃん!」
「知ってるよ」


そうやって目じりを下げてやわらかく、花がほころぶように心からの笑顔を浮かべてくれていたのに、やさしく頭を撫でてくれていたのに。




――もう、お前は必要ない




要らない、と同じ口から言われるとは思わなかったよ。あんなにやさしかったのに、あんなにやわらかく笑ってくれていたのに。いつからそんなにも凍りついた表情をするようになったの、いつからそんな冷たい目をするようになったの。――ねえ、征ちゃん、いつから私が必要なくなった?征ちゃんにはどうあっても敵わないから?女だから?やっぱり越えられぬ限界があるから?私が男の子だったら、ずっと征ちゃんと肩を並べられていた?変わらず隣りに立てた?征ちゃんは、知っていたのだろうか。私が一番大好きなバスケは征ちゃんとするバスケなんだってことを。どれだけ強くなっても、楽しくても、隣りに征ちゃんがいなくちゃ意味がない。私のバスケを理解して尊重して、そして愛してくれる人など、征ちゃんの以上の人はどこにもいないのに。私は、強くそれを思い知ったよ。あの時の、征ちゃんの苦々しい表情はきっとそういうことだったんだろうね。


「待ってるよ、千加」


――ねえ、征ちゃん、今でも私のこと待っててくれてる?


121122
絵本はもう閉じてしまおう