※婚約の挨拶なので、「修羅」における赤司の捏造両親や、夢主の両親が出てきますのでご注意ください。




初めて、あなたが私にプロポーズをしてくれたのは、まだ本当に幼い時。そうして、もう一度変わらぬ想いを、あの花と共に約束してくれたのは、ほんの数年前。生まれた頃からまるで兄妹のように家族のように一緒に育ってきた私たちは、お互いをずっと愛してきた。一度だけ、決別してしまったこともあったけれど、それは征ちゃんが自分の信念を貫くための決死の英断だったし、今はもうがんじがらめを脱け出して、やさしくて穏やかな征ちゃんにすっかり戻っているから、もう何も苦しみも悲しみも抱いてはいない。


「千加」
「うん」
「僕らの両親に、挨拶と報告をしようか」
「はい!」


幼い頃から積み上げてきた想いを大切に大切に育てて、そうして枯らすことなく、ようやく花を咲かせられた。幼い頃のきもちを大人になっても貫き続ける難しいを、尊さを、私たちは越えてきたのだ。ああ、なんて、幸福なのだろう。







――世界で一番大切なひとが、私の隣で、笑っていてくれる。


「ただいま父さん、母さん。今日はありがとうございます、千加のお父さん、お母さん」


征ちゃんに手を引かれて、幼い頃から何度もお邪魔している征ちゃんのお家に招かれ、そうしてお家の中で私たちを待っていたのは、征ちゃんのご両親と私の両親だった。穏やかに微笑みながら、征ちゃんに「おかえり」と言う征ちゃんパパとママ、何故か泣きそうになっている私のお父さんと、そんなお父さんに呆れるどころか完全に引いている私のお母さん。そんな四人を前に、私は驚いて目を見開く。挨拶に報告……そう征ちゃんは確かに言っていたけれど。


「実はね、前々から、今日集まってもらえるようにお願いしていたんだ」
「……え、ちょ、ちょっと待って。計画的だったってこと?」
「うん」


にっこりと微笑む征ちゃんは、繋いでいる私の手をぎゅっと握った。勿論、痛くはないけれど、征ちゃんの本気を感じ取った。この、花がモチーフの、婚約指輪。どう見ても安物ではなく、学生、しかも高校生がそうそう手にできるものではないことは、一見してすぐに判断できるほどだ。学生である征ちゃんがどうしてこんなきれいな指輪を入手できたのか、無粋は承知でしつこく尋ねてみたら、なんと征ちゃんは私に一番最初にプロポーズした5、6歳の頃からコツコツお金を貯めていたらしい。それも、自分が出場し獲得した大会の賞金だとか、パパから雑務をもらってアルバイトをして稼いだお給金とか、時には日雇いのバイトさえしていたらしい。あくまで自分で稼いだお金を、十年以上に渡って堅実かつ計画的に貯めていたのだと渋々話してくれた。眉間にしわを寄せる征ちゃんに、私は、うれしくて泣きそうになった。ずっと、ずっと、征ちゃんは。


ああ、この、幼い頃から変わらぬ幼なじみの男の子が、私も変わらず大好きだ。純粋で一途で、まっすぐで、いつもひたむきな征ちゃんが今も変わらず私を好きでいてくれている。「永遠」を意味する宝石、ダイヤモンドは未だ私の指には馴染みそうもないけれど、美しく輝く光に目を伏せて想いを馳せる。いつか、私の指に、馴染む日がくるだろうか。


「父さん、母さん、お父さん、お母さん。僕は千加を……、いえ僕、赤司征十郎はここにいる伊藤千加さんを、心の底から愛しています。幼い頃から今も、そしてこれからもずっと、そのきもちは変わりません」


征ちゃんの緊張が、繋いでいる手を通して僅かに伝わる。強い眼差しは本気の証。


「僕はまだ進学する予定なので、残念ながらすぐには結婚できませんが、しかし近い将来……大学を卒業して自分でお金を稼げるようになったら、そうしたら必ず結婚します。だから今はとりあえず、大学卒業後の結婚を前提として、彼女と正式に婚約をしたいと思います。どうか、許してくださいませんか」


あの征ちゃんが頭を下げるので、私も慌てて頭を下げる。


「私、伊藤千加も、幼い頃からずっと私の傍にいてくれた赤司征十郎さんが、心の底から大好きです。だからこれからも、傍にいたいです。どうかよろしくお願いいたします!」


隣で私同様頭を下げている征ちゃんと視線を合わせて、お互いに困ったように笑った。確かに、私たちはまだ子どもだ。少なくとも、すぐに結婚できないことは重々承知だ。お互いに進学するつもりでいるし、どちらにせよ私たち自身まだまだ未熟な未成年だから、両親の了承なしに結婚はできない。だけど、それでも、私たちは、幼い頃からの想いを貫いてきた。大切に大切に育ててきた。その難しさ、尊さを、私たちは誰よりも知っている。


「……私たちは二人が望むのなら、反対する理由はないわ」
「征十郎は昔から、一度こうと決めたらなにがなんでも敢行する子だしね」
「……父さん、母さん」


征ちゃんのパパとママがやさしく微笑む。征ちゃんのご両親は、いつだって征ちゃんの味方であり、よき理解者だった。征ちゃんは昔から恐ろしいほど頭がよく、あらゆることに対して天才的なまでに優秀かつ異質な子だった。頭がよすぎる征ちゃんは、他の追随を許さないほどに、同年代の子たちから抜きん出た、浮いた存在だった。だけど、パパもママもそんな征ちゃんを必要以上に特別扱いはしなかったし、いつだって征ちゃんを理解しようとしていた。二人が征ちゃんを誇りに思うように、征ちゃんの方も二人を誇りに思っている。


「千加」
「……はい、お母さん」
「征十郎くんのこと、好き?」
「え……?も、もちろん!!」
「それは、昔から傍にいてくれたから?お兄ちゃんのような存在だったから?千加を誰よりも理解してくれる存在だから?」


お母さんの強い視線を受けて、私は大きく目を見開く。確かに征ちゃんはいつだって私の傍にいてくれた。私が泣いていたら慰めてくれたり、怖いものから私を守ってくれたり、確かに征ちゃんは私のお兄ちゃんのような、ヒーローのような存在だった。誰よりも誰よりも、征ちゃんは私を理解してくれる、それは本当のこと。


「うん。それもある。だからこそ征ちゃんを好きになったことも否定しない」
「……」
「でも、私は、それ以上に、」


私が悲しいとき、征ちゃんは何度でも私の涙をぬぐってくれた。私がさみしいとき、征ちゃんはいつも隣で手を握っていてくれていた。私が楽しいとき、そのきもちをいつだって分けあってくれた。征ちゃんはいつだって、やさしくて、あたたかかった。征ちゃんが、目尻を下げてやさしく微笑みかけてくれる瞬間が、私は何よりも好きだった。そして、今も好きだ。征ちゃんはいつだって私にたくさんのしあわせを与えてくれる。だから、だから、私はね。


「だからこそ私は、そんな征ちゃんが大好きで、何よりも感謝しています。やさしくて、一途で、ひたむきで、だけど少しだけ頑固な征ちゃんを、私はこれからもずっと、信じてそして理解したい。私が知らないことも、理解できないことも、これからはたくさんあるでしょう。だけど、だからこそ私は、そんな征ちゃんに寄り添い、歩いていきたい。不安な時は手を握って、疲れた時はその背に背負うものが下ろせるように抱きしめたい。私の大好きな征ちゃんが、これからも傍にいてくれるなら、私も征ちゃんの傍にいたいです。征ちゃんと、この先もしあわせになりたいです」


――千加、ぼくがずっと守ってあげるからね。
――ほんとう?せいちゃん、ずっと千加をまもってくれるのー!?
――ああ、ほんとうだよ!だから、だから、この手をぜったい離しちゃだめだよ、だめだからね。
――うん!ぜったい、はなさないよ!
――うん、約束だからね。


この手を、離さない。いつか大人になって忘れて、消えていってしまうような、幼い頃の、小さな小さな約束。それを守り抜ける、貫き続けられることの尊さ。


「私はこれから先の人生を、このひとと生きていきたいです」


征ちゃんが、あの日と同じように、今日この時も隣りで笑ってくれている。


「征十郎くん」
「はい」


私のお父さんが少しだけ寂しさを滲ませながら、けれど神妙な表情で征ちゃんに話しかける。征ちゃんが佇まいをほんの少し正した。


「……早すぎない?」
「これでも僕としては待ちわびたんですよ」
「いやあ、幼稚園児の段階で既に予約されてたのも早すぎるけどね」
「あの時も今も、僕は大真面目の本気ですけどね」
「……はは」


お父さんは長い瞬きをしたあと、ゆっくりと、微笑んだ。


「俺たちは自分の仕事ばかり優先して、あまり千加の傍にいてやれなかった。ずいぶん寂しい想いをさせたと思う」
「……お父さん」
「でもね、千加は一度だって俺たちを責めたことはなかった。寂しくなかったとは思わないけど、でもいつだって千加は俺たちを信じて待っていてくれた、笑って「おかえりなさい」って言ってくれた。それは、千加がそんなふうに笑えていたのは、やさしい子に育ってくれたのは、」
「――……ええ、征十郎くん、あなたが千加の傍にいてくれたから、私たちに負けないくらい千加を愛してくれたら」
「だから俺たちはね、赤司さんご夫婦と、征十郎くんに、心から心から感謝しています」
「征十郎くん、うちの子の傍にいてくれて、本当に本当にどうもありがとう」


今度は私の両親が、赤司さんご夫婦と、そして征ちゃんに向けて頭を下げていた。私も、同じように頭を下げて、幼少の頃を思い出していた。確かに、仕事で忙しかった両親を時には恨めしく思うときだってあった、不在の時にさみしくない日などなかった。でも、それ以上に、お母さんの代わりに私の世話をしてくれたママの存在や、そして何よりも征ちゃんの存在が、幼い私をたくさん愛ややさしさで包んでくれたんだ。


「千加」
「征ちゃん、本当にどうもありがとう」


征ちゃんが私を信じてくれたように、守ってくれたように、愛してくれたように。私も今度はそんなやさしさを与えられるひとになりたい。なんでもできる、強くて脆い征ちゃんを、誰よりも信じて支えてあげられる存在に、ありのままの素顔で泣いて笑えるようなそんな存在に、この先もなっていきたい。そんなふうに、生きてゆきたい。


「二人が、本当によく考えて決めたことなら、私たちは誰も反対なんかしないわ」
「うちの子をどうか、よろしくね」


お互いの両親の笑顔を前に、私たちは再び視線を合わせて笑った。これからも、よろしくね。ずっと傍にいてね。


「ありがとう、千加。僕も、きみと寄り添い生きていきたい。これからも、ずっとね」
「ありがとう、征ちゃん。これからも、どうぞよろしくね」


――ねぇ、征ちゃん。絶対に、しあわせな家族になろうね。


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愛撫でる指先 6.5