いとおしい思い出っていうものはどうして、少しも色褪せることなく私の胸を打ち続けるんだろう。


「千加」
「なあに、征ちゃん」


中学生になって新しい制服に身を包んだ征ちゃんが私を呼びとめた。まだ入学してから三日ほどしか経過していないというのに、なかなか着こなすことが難しいこの帝光中の制服に着られている私に対して、やはりというか征ちゃんはしっかりと着こなしてしまっているあたり、なんだかさすがだなあなんてまぬけなこと思った。


「女子の、バスケ部に入るのか?」
「うん?そのつもりだよ?」


これから入部届出しに行こうと思ってと、思わずうれしくて表情をゆるめてしまいつつそう告げると、何故か征ちゃんは一瞬だけ苦々しい顔をした。なんで?どうして、そんな顔を征ちゃんはしたのだろう。小学生の時、征ちゃんと一緒にミニバスを始め、共に頑張ってきた。中学生になってもお互いにバスケを続けるものだと私は思っていたし、それは征ちゃんも同じなのだとそう思っていたのだ。


「征ちゃんもバスケ部でしょ?」
「そうだが、」
「?お互い頑張ろうね」
「……ああ」


そうしてやはり、どこか苦い表情のまま歯切れ悪く軽い同意を示して、それだけで征ちゃんはそのまま踵を返して歩いて行った。なんなんだろう、あの征ちゃんが歯切れ悪いだなんて、一体どうしたんだろうか。いくら考えたところで答えなんて出るはずもないけれど、この時のことはまるで付箋を貼ったように私の心に残り続けていた。――征ちゃんの危惧が見事的中したことを私が知るのは、この半年後のことだった。







「おはようございます、千加さん」
「おはよう、テツくん」


私は朝が好きだ。澄んだ空気とやわらかい静寂が好き。朝練前の、この静まり返った体育館の中の空間が中学のときから好きだったんだ。実に一年ぶりの朝練になるだろうか。ボールを持ったときの、その感触が好き。ボールが床を叩く音が好き。ボールがネットをくぐる音が好き。


「早いね、テツくん。朝練始まるまであと三十分もあるよ、まだ六時半だよ」
「そのセリフそのままお返ししますよ、千加さん」


あんまりやさしげに微笑むから、なんだか照れくさくなってしまう。やだなあ、テツくんって、ほんと私のことなんでもお見通しなのだから。それは、やはりお互いがお互いを理解しあっているから、近い存在であるから、なのだろうか。ああ、やはり自分のきもちをこんなふうに推し量ってくれる存在は本当に貴重で、そんなひとが傍にいてくれることがとても幸福だ。


「あなたのことですから、中学の時みたいに誰よりも早く来て準備をして、ひとりで練習しているんじゃないかって思ったんです」


やさしいやさしいテツくん。ばかだなあ、ほんとうに。


「予想的中、でしたね」


やわらかいまなざしにわずかに既視感。ああ、あなたはほんとうにずるいよね。つい、思い出してしまったよ。重ね合わせるのもおこがましく、間違いだというのに、私は偽りの切情を交差させる。


「テツくん、久しぶりに、バスケしよっか」


笑ってくれるだけで、これほどまでに幸せにしてくれるあなたの笑顔に私は救われ続けているね。――征ちゃん、私は元気です。どうか、あなたも元気でいますように。


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それなりに生きる