*高校三年生冬
時の流れというものは本当に早いもので、中学三年春に征ちゃんと人生最大の大ゲンカをしてからは既に三年、高校一年夏に仲直りをしてからは二年もの月日が流れてしまっている。征ちゃんと出会ってから今年で通算18年目で、来週の12月20日は征ちゃん18歳のお誕生日である。
『もしもし、征ちゃん?』
一昨年の夏に仲直りしてからというものの、征ちゃんに度々京都の洛山高校への転入を迫られる日々ではあったけれど、さすがにそういうわけもいかず勿論私は誠凛高校に通い続けているため、東京−京都での遠距離恋愛は今でも続いている。お互い、部活で忙しいので2、3か月に一度会えればいいほうで、基本的に連絡手段はメールか電話か、時々ビデオ通話するというのが主で、相変わらず遠距離恋愛をゆっくりと楽しんでいる毎日です。
『んー、千加ー?』 『あれ、どったの征ちゃん、おねむ?』 『あー、うん、そうかも』 『再来週のウィンターカップは、高校最後の試合になるもんね』 『ああ、だからつい気合が入ってしまってね』 『…もう、そんな時期なんだね』
征ちゃんは、将来的にプロへの道に進むかどうかを最後まで悩みぬいた。十年に一人の天才、所謂「キセキの世代」である征ちゃんが、プロの選手になるということは決して夢のお話ではない。現にあらゆるチームからスカウトされているらしいし。だけど、征ちゃんは悩み悩んで結局、プロにはならないという道を選んだ。大学進学ののち、普通に就職をするつもりでいるらしい。とにかく大学でもバスケは続けるのだろうけど、中学高校と6年間もの青春を投じた征ちゃんのバスケの日々は、次のウィンターカップでついに終局を迎えるのは確かである。やっぱり、感慨深くならずにはいられないんだろうなあ。だって、私ですらそうなのだから。
『ねえ、千加』 『うん?』 『○○大学を受けるつもりなんだよね?』 『そのつもりだよー』 『そうか』 『征ちゃんはどうするの、結局京都に残っちゃうの?』
夏に進路の話をしたとき、征ちゃんは京都の大学に進むことを考えているようなことを言っていた。だから、もしも征ちゃんが京都に残るというのなら、すべて東京にある大学を志望している私とはさらに4年間の遠距離恋愛を強いられることになる。ああ、せっかく長かった高校3年間がやっと終わろうとしているというのに、まだ征ちゃんと離れていなくちゃいけないのかな。生まれてからずっととなりにいてくれた存在が、もうずっと遠いままだ。それが私にとってどれほど苦痛を伴うことであるか、それを痛いほど思い知った3年間だったのにね。
『あのさ、千加』 『うん?』 『僕も○○大学受けるってこと言ってなかったっけ?』 『えっ!うそ!?』
いやいやいやいや!征ちゃん、今さらっと暴露したけど今まで一度もそんな話聞いてなかったからね?!むしろ東京に帰ってくることすら一度も明言したことなかったんですけど!征ちゃん意地悪にもほどがあるよ、ねえ。…進路、決めてたならさっさと教えてくれたらよかったのに。
『…征ちゃんなんて、きらいだ』 『ふふ、僕は大好きだけどね?』 『うるさい!なんでさっさと言わない!』 『ごめんごめん、千加を驚かせたかったんだよ』 『………また4年間離れ離れかとおもった』
私がそう小さくもらすと、征ちゃんはパソコンの画面の向こうで(ただいまビデオ通話中です)、穏やかに笑った。ああ、征ちゃん、昔よりもずいぶん表情がやわらかくなったなあなんて今更ながらにふと思った。一時期は、細い糸の上を綱渡りしているかのように、ピリピリと神経をとがらせていて、少しでも完璧を欠いたら壊れてしまいそうなほどに危うくて、いつも悲しい顔をしていたのにね。今では、もう、きみは救われている。
『そんなの、僕の方が耐えられないよ』 『…ばーか』 『今も千加に会いたくて、触れたくて、たまらないのに』 『…3年間、よく耐えたよねえ』 『まさに地獄だったよ、もうこんなのは二度とごめんだね』 『あはは、なにそれ』 『でも春からはまた、ずっといっしょだろう?同じ大学に通うんだからね』 『え、いやいや、まだお互い合格してないよ!』
あははって征ちゃん軽く笑うけど、受験すらまだしてないからね。お互い同じところを志望したところでお互い合格しなきゃ通えないからね。まだ決定事項じゃ全然ないからね。
『僕がまさか落ちるとでも?』 『いやー、征ちゃんの成績ならA判定かもしれないけど、私今んとこ○大はC判定だからね。正直、五分五分なんだけど』 『え、そうなの?』 『え、そうだよ?』
○大、結構そこそこ偏差値高いし、征ちゃんは成績いいから全然射程範囲内にあるかもしれないけど、私はまだ正直わからないんだよ。勿論、これから追い込みはどんどんしていくけど、あと二か月ほどでどれだけ追い上げられるかなんて本当に分からない。C判定だから、受かるか落ちるかどっちに傾いても正直おかしくないんだよ。
『それでも、千加なら大丈夫だ』 『…なにそれ、どこにそんな根拠が』 『僕が言うのだから間違いなどない、僕が言うことは絶対だ』 『…なにそれ、ほんと相変わらず』 『ふふ』
征ちゃん、ほんとばか。相変わらず励まし方がむちゃくちゃなんだから。だけど、征ちゃんに言われると本当に大丈夫な気がしてくるのはなんでかなあ。さすがの一言だね。さすが、私の大好きな征ちゃんだ。
『征ちゃん』 『うん』 『また同じ学校に通おうね!』 『ああ、絶対だ』
ずっと、いっしょ。それを叶えるためなら、私はどんな努力だってしてみせる。今までだって、征ちゃんのとなりに立つためにあらゆる努力を惜しまずにやってきたじゃないか。もう一度、もう一度、あなたのとなりに立つために。
『早く春が来ないかな』 『世の受験生はみんな思ってるけどね』 『僕は早く千加に触りたいんだよ』 『煩悩まみれじゃないのオイ』
高校3年間で、征ちゃんのフラストレーションたまりまくりだった。
130119 愛撫でる指先 1
ふたりの三年間の遠距離恋愛の模様はまた別のお話にて。 受験生の皆さん、ご覧になっているか分かりませんが、本当に最後までどう転ぶか分かりません。自分に負けないでください。ひそかに応援しております。
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