「あのね…」
「どうかしましたか?千加さん」


それからややあって、不安げな顔で小さい千加さんは言いにくそうに口を開いたので、出来るだけ怖がらせないようにやさしく尋ねると、口ごもりながらゆっくり口を開いた。


「せ、せいちゃんはどこ?」
「…あ」
「千加、せいちゃんといっしょで……」
「赤ちんね…」
「せいちゃん、どこお……」


多分いつも一緒にいるはずの赤いあの人が今は見えないので不安になったのか、小さい千加さんは再び泣きそうだった。ていうか、普通この年齢だったらまず第一声は「おかあさん」じゃないんですかね。それが「せいちゃん」だなんてやっぱりさすがというところですかね。


「赤司ならいねーぞ!」
「……へ」
「ちょっと青峰くん!!」
「お前の大好きな"せいちゃん"には会えねェぜ?」


なんて意地が悪いのか…。結局また桃井さんに往復ビンタされているし。だけど青峰くんの言ったことは嘘ではない。文字通り赤司くんはこの場にはいないし、そして何よりこの子の求める"せいちゃん"には会わせてあげられない。何故ならここにいるのは、この子の求める"せいちゃん"ではない中学生の赤司くんだから。


「ふあ…せ、せいちゃん……」
「ああああ、大丈夫ッスよ!だから泣かないで伊藤っちー!」
「せいちゃんんんん!!」
「伊藤ちん、また泣いちゃった〜」


青峰くん最低です。せいちゃん、せいちゃん、どこおおおお!と赤司くんを求めて泣いている小さい千加さんは、今度はボクがなぐさめても紫原くんお菓子をあげても緑間くんがなだめても黄瀬くんが笑わそうとしても桃井さんが抱っこしてもボクが抱っこしても、何をやってもだめで、全然泣き止んでくれそうになかった。やっぱり千加さんはいつの時も赤司くんが好きなんだなとボクは微笑ましく思ったけど、それにしても埒があかなくて、しびれを切らした緑間くんが「誰か赤司を呼んでくるのだよ!」と叫んだところで、タイミングよく体育館の扉が開いた。


「何を騒いでいるんだ、お前たち」


やっと帰ってきた赤司くんにみんなが若干涙目になりながら、我らがキャプテンの名をそれぞれ呼んだので、赤司くんは怪訝そうな表情をした。


「あー、来やがったか」
「助けて、赤司くん!」
「キミにしかできないことです」
「赤司っち!頼むッスー!!」
「お菓子あげてもだめでさ〜」
「もうお前にしか解決できないのだよ」


それぞれがそれぞれ別のことを同時に言ったので、赤司くんはさらに訝しげな表情を強めた。


「?お前たち何を言って…」
「ふええええん!せいちゃんんん」
「………」


赤司くんは一瞬驚いた表情を浮かて、未だに泣いている小さい千加さんを見た。そして見られていることに気付いた小さい千加さんは、現在抱っこしているボクの肩から顔を上げて、赤司くんのほうを見た。小さい千加さんはきょとんとかわいらしく目を見開いて、二人は数秒無言で見つめあっていた。


「黒子、貸して」


本当に赤司くんが驚いた表情を浮かべたのは一瞬だけで、こっちが驚くほど穏やかな表情を浮かべながら小さい千加さんを抱っこしているボクの元へ歩み寄って来て、それから驚くほどやさしい声色でそう言った。そしてボクから小さい千加さんを受け取った赤司くんは、彼女を抱っこしながら、さらにやさしい笑みを浮かべてこうささやいた。


「千加」


名前を呼ばれた小さい千加さんは相変わらずきょとんとしていて、自分を抱っこしている赤い彼をただ見つめていた。それからしばらくして彼女は、赤司くんの名前を呼びながらうれしそうに彼の首に抱きついた。


「せいちゃん!せいちゃんだ!」
「ん、「ぼく」だよ、千加」
「せいちゃんー!」


そんな二人の様子をボクらはぽかんとしながら、眺めていた。いや、だっておかしいでしょう。何で千加さんが小さくなってるのに大して驚きもせず千加さんだって認めてるんですか。なに、一人称変えて「ぼく」だよですか。キミ、自分のこと「俺」って言ってませんでしたか。なにやさしげに頭撫でてるんですか。小さい千加さんも千加さんです。なに自分の知らないはずの大きい赤司くんを一瞬で大好きな"せいちゃん"だって分かるんですか。どうして少しも疑わないんですか。なにのほほんとお互い見つめあっているんですか。やっぱり二人は、相変わらずでした。


「せいちゃん」
「なに、千加?」
「おおきいせいちゃんもかっこいいね!」
「千加はかわいいね」


えへへーと笑う小さい千加さんが赤司くんを見つめる目は完全に恋する女の子の目だった。そしてそんな小さい千加さんを見つめる赤司くんの目はこれ以上ないくらいいつくしみに満ちていた。


「…なんか犯罪くせぇな」


あ、青峰くん地雷踏んだ。


「青峰」
「…ひっ、……なんだよ、赤司」
「お前、基礎練習3倍」
「ハァ!?」
「あと、千加を泣かせた罰として外周三十周追加な」


なんでバレてんだよおおおと青峰くんの絶叫が響いたが、もはや救いようがないので誰も何も口にしなかった。







その日、小さい千加さんにデレデレだった赤司くんは小さい千加さんを膝に乗せて、ひたすら小さい千加さんを構い倒していた。赤司くんが自主練をサボったのを目撃したのも初めてだったが、いつもとはまた違った二人の甘い空気を目の当たりすることになった。


そのままこの状況に何の疑問も口にしないまま、赤司くんは眠くなったらしい小さい千加さんを抱っこしたまま颯爽と帰っていった。後日、何故か赤司くんのベッドで一緒に寝ていて、元に戻った千加さんが朝起きてぶったまげてベッドから転げ落ちたという話を聞くことになるが、何があったのか忘れている千加さんに至極楽しそうにあることないこと吹き込んでいる赤司くんがいたのはとても印象的でした。


「千加が俺を離してくれなくてね」
「えっ、わ、私が?!」
「一緒に寝てくれないといやだと駄々をこねる千加はとてもかわいかったよ」
「えっ、えっ」


二人はさすがなんだとボクらが実感させられた、中学二年の夏のある日の不思議な出来事である。


121221
魔法をかけてあげようか 2





よくあるネタですみません。赤司くん×幼女を書きたかったのです。あと、うちの赤司くんは愛しの千加ちゃんならどんな姿でも関係なくデレデレなんですってのを書きたかった。赤司くんサイドとかおうちでのお話とか、逆に赤司くんがちっちゃくなっちゃったりとか、もうちょい続くかもです。たぶん。