※幼児化ネタです




ぽんっ!


ある日、それは突然訪れた。




「みんなあああああ!!!」


備品などをしまっている倉庫の方に備品の整理や確認のために行っていたはずの桃井さんが、なぜか絶叫しながら戻ってきた。今日は次の試合の調整日としてレギュラーだけの練習日にあてられていて、特に午後はボクとキセキと呼ばれる5人と桃井さんと千加さんしか残っていなくて、いつもの8人しかいない時だった。まあ、ちょうどその時、赤司くんは監督に呼ばれてていなかったですけど。そんな少人数の自主練の最中に、それは突然起こった。


「どうしたんですか、桃井さん」
「てててテツくううんんんん!」
「落ち着いてください」


吃りすぎです。若干涙目になってものすごく慌てている桃井さんをなだめつつ、何があったのかゆっくり聞こうとして気付いた。


「…なあ、さつき、ソレ何」


ボクと同じく違和感に気付いた青峰くんが先に尋ねた。他のみんなも騒ぎを聞き付けて近づいてきて、違和感のある「ソレ」を物珍しげに眺めていた。…いや、いやいやいや、そんな。まさか?


「一応、聞くけどさ〜」
「その女の子、……誰ッスか?」


そう、桃井さんが至極慌てながら抱えていた「ソレ」とは五歳くらいの小さな女の子である。髪を二つに結んでいるとてもかわいらしいその女の子は、自分を好奇の目で見つめる中学生たちに完全に怯えて涙目だった。そりゃあ強面な人とか目を細めて観察してくる人とか。この年齢なら絶対怖いと思うでしょうね。しかも彼らは、総じてびっくりするくらいでかい。見下ろされる威圧感は多分、半端ではないだろう。


「…俺の知っているやつによく似ている気がするのだが?」


緑間くんの指摘はみんなが多分思ったことだ。似てるとかいうレベルではない。他人の空似にしては顔の作りがあまりにも忠実すぎる。いや、だがまさかそんなことはありえない。何故ならボクらの知っている彼女は、れっきとした女子中学生だから。


「で、誰なんだよ?コイツ」
「そ、それが……」
「それが?」
「…千加ちゃんなのおおおお!」


まさか、そんな。


「え、でもどう見ても五歳くらいにしか見えないすけど…」
「何があったか話してください、桃井さん」
「それがね!!」


桃井さんの言い分はこうだ。倉庫で千加さんと二人で雑談しながら備品整理をしていた時、突然それは起こったのだという。


「普通に話してたらね!千加ちゃんが急に黙るからどうしたのかなって思って、千加ちゃんの方に振り向こうとしたその時!」
「そ、その時?」
「勿体ぶってんじゃねーよバァカ!」
「突然ぽんっ!って音がして何事かと振り向いたら、なんとね!!」
「な、なんと?」
「黄瀬ちんもいちいち合いの手挟まなくていいから」
「千加ちゃんがちっちゃくなっちゃってたの!」


桃井さんがいうに、千加さんがちょうどいたその場所に、急に身体が縮んだためかブカブカになったジャージ(ウエストに引っ掛からなかったらしいズボンは脱げてしまっている)を着た千加さんそっくりの小さな女の子が、きょとんとした目でこちらを見つめていたらしい。


「あの倉庫は扉が重いから誰かが出入りしたら、音がしてすぐ分かるから誰も出入りしてないのは確かだし、そもそも最初から私と千加ちゃんしかいなかったし!」
「え、じゃあまじでこの子伊藤っちなんすか!」
「うわ〜」


そんなバカな。と言いたいところだが、現に千加さん以外の何者にも見えない。借りに妹とか親戚の子だとしても、誰も出入りしてないなら可能性は一つしか考えられない。この小さな子があの倉庫の扉を一人で開けられるとは思えないし、そもそも別人説なら千加さんは一体どこにって話になる。これはもはや信じるしかないのかもしれない。まさか、こんな非現実的なことが起こるとは。


「…お、お兄ちゃんたち、だれ?」


大きな瞳にいっぱい涙をためて、抱っこしている桃井さんの服をぎゅっと掴みながらその子はそう言った。黄瀬くんが何この子、超かわいいぃぃと悶えていたのは気のせいだと思いたい。


「まさか、中身まで幼児化しているのか…」


緑間くんの呟きがしーんとした体育館に不思議な余韻を持ちながら響いた。黄瀬くんは相変わらず悶えていたけれど。


「ははーん!なるほどな、把握!」
「何が把握ですか。また変なこと企んでますね、青峰くん」
「伊藤ちんが怖がってるよ、峰ちんのせいで」


なぜか顔を輝かせた青峰くんが、そのあと何をしたかというと、桃井さんに抱っこされていた千加さんを強引に奪い取って、なんとあろことか振り回し始めた。


「ほーらほら!高い高いー!」
「うああああん!こ、こわいよううう」
「何してるの青峰くん!」
「伊藤っち泣いてんじゃないッスかあああ!」


というかそんなアクロバティックな高い高いなんて見たことないです。スピードとか高低差がもうそれは高い高いなんてそんなレベルじゃない。


「いやああああ、助けてせいちゃんんんん」


せいちゃん、その一言に反応した青峰くんはアクロバティック高い高いを一瞬だけやめたので、そのすきに紫原くんが青峰くんから小さい千加さんを奪い取った。


「大丈夫?伊藤ちん」
「千加さん、泣かないでください。大丈夫ですよ」


紫原くんが抱っこしている小さい千加さんの頭をなぐさめるように撫でると、うっうっと小さく嗚咽はもらしつつもとりあえず泣き止んでくれた。黄瀬くんじゃないですけど、そんな泣くのを我慢している様子はやっぱりかわいかった。後ろで黄瀬くんが泣くのを我慢する伊藤っちかわいいぃぃと悶えていたのは多分気のせいです。そしてそんな黄瀬くんの横で、桃井さんがものすごい勢いで青峰くんに往復ビンタをかましていたのも多分気のせいです。


「ほら、伊藤ちん〜、お菓子あげる〜」
「お、俺からもこのくまさんぬいぐるみ貸してやるのだよ」
「緑間くんがラッキーアイテムを貸してあげるだなんて。やさしいんですね」
「黙れ、黒子」


紫原くんからお菓子をもらい、緑間くんが無理やり押し付けたくまさんぬいぐるみを抱えながら、驚いたのか小さい千加さんは大きく目を開いて、それから満面の笑顔でお礼をいった。


「ありがとう、おにいちゃんたち」


緑間くんが照れてるのは見物でした。


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魔法をかけてあげようか 1