「やっぱすごいな、火神くんは」
「お前もすげーじゃねーか!!正直見くびってたわ!」
「そうか、どうもありがとう」
「つか、お前マジで黒子よりもちっちぇのな」
「これ以上伸びないものは仕方ないよ」


あんたがでかすぎなんだよって思わず苦笑したら、火神くんも大きく笑った。見上げるほどの身長差を歯がゆく思うのはすでに何度もあったことだった。バスケットという競技において、身長というものは重要なファクターのひとつだ。それがすべてとは言わないけれど、やはりゴールが頭上三メートルにある以上、背が高いほうが圧倒的に有利なのだ。キセキと呼ばれた彼らのほとんどが平均身長を優に超えている。ただひとり、私が幼い頃からずっと追いかけ続けたあのひとだけは、あくまで平均身長で例外だった。それでも、何度挑もうとも私が彼に勝てたことは一度とてなかったけれど。


「お疲れさまです」
「あ、テツくん、ありがとう」
「気は済みましたか?」
「うん、なんかすっきりしたよ。やっぱり私、バスケが好きだよ」
「そうですか、よかったです」
「うん」
「は?……「私」?」
「うん?」
「千加さん、素が出てます」
「あ、やべー」
「……な、ちょ、は!?お前、まさか、……おんな!?」
「伊藤千加さんです。れっきとした女の子です」
「どうも、初めまして」


火神くんの呆けた顔とほかの部員の人たちの絶叫が響いたけれども、むしろ本当に男だと信じてくれたことに複雑な思いがしつつ、私は小さくため息をもらした。どうやら私の男装は完璧であったらしい。本当に複雑。しかし、これほど驚かれるということはつまりは完璧に騙し通せたというわけで、女であるが故に手を抜かれていたという可能性は排除できたということだ。あれが、火神くんの、本気。いつか………いつか、みんなと正面からぶつかるかもしれない未知数の、可能性。


「女だとわかったら、本気出してくれないと思って」
「いや、体格的にうすうすそうじゃねーかと思ってたけど!でも、まじだったのかよ!?」
「うん、まあ、できるだけ男に見えるように色々したんだけど、なんていうか少し複雑な気分」
「いや、それにしてもうめえのな、バスケ」
「ありがとう、火神くん」


火神くんはそれから続きを言おうとしていたけど、その先は簡単に予想できたのでなんだか苦しくなった。「男だったら」。そんなことは私が一番よく分かっていることだ。わざわざ何度も聞きたくはない。そして意図していたのか否か、テツくんが口を開いた。


「千加さん」
「……なに、テツくん」
「約束通り、マネージャーをやってくれますね?」


条件をひとつ、出した。それは私がエース部員と勝負して、もしも負けたらマネージャーになることだった。私はこの気持ちにどうしても一度区切りをつけたかったし、きっとそれはテツくんも分かってくれていたのだろう。最初から勝てるなんて思ってはいなかった。中学の時ですら、越えられぬ限界を、圧倒的な男女の差というものをひしひしと感じていたのに、高校生になった今それを乗り越えられるとは思ってはいない。私の絶望が拭われたわけではないし、一生抱えることになるのも分かっていた。何度も、何度も挑んだ。諦めずに、ずっと追いかけていた孤高の背中にただ触れたかった、寄り添いたかった、抱きしめたかった。ああ、それなのに、きみは遠くさみしい道をこれからもただひとり、歩いていくというのでしょうか。私が一度とて勝てないまま、追い付けないまま、たったひとりで。――だけど、もういいよね、征ちゃん。さようなら、届かない羨望に縋りつくのはもうやめる。だから、ただ願う。


「よろしくお願いします」


いつか、あなたが救われることを。昔みたいに、穏やかな笑顔を浮かべられるその日まで。だから、もう二度と届かなくても敵わなくても、たとえ苦しくても、それでももう一度、私は向き合い、信じてみよう。征ちゃんの孤独な旅路が、いつか終わる瞬間を見届けよう。やっぱり私はバスケに触れていたいみたいだから。ありがとう、テツくん。どうか、よろしくね。


――こうして、私は誠凛高校男子バスケ部のマネージャーになった。


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ヴェガが哀しむその理由