※紫原とは小学生時点で知り合う設定です、捏造注意
俺は一番はじめ、伊藤ちんのことがきらいだった。
「すごいね!背高いのいいね!」
俺はそのころ、背の高いのを理由にたいして仲がいいわけでもない友達に誘われるまま、バスケを始めたばかりだった。小学校の高学年になると、もともとでかかった身長はぐんぐんのびて、そんときはすでに180くらいだったとおもう。どんなに背が高いやつでも170ないくらいしかなくて、俺は周りからしてみれば文字通り頭ひとつぶん飛び抜けていた。そんなかんじで、背が高いと有利らしいバスケを始めてみたけど、ミニバスのチームに俺より高いやつなんていなかった。あたりまえだけど。実際やってみたらそれなりにハマってたから、なんとなく続けてみた。ほめられるのはきらいじゃないし、やっぱり勝つのはそれなりに楽しい。
でもそんなのは最初だけだった。勝ってもおもしろくなかった。だんだん飽きるようになってた。たぶん、思いがけず自分に合ってて、怖がられたりやっかまれたりしてきた身長が活かせるもんに会って、ちょっと新鮮だったんだとおもう。でも、そういうのがなくなればだんだんいつも通りめんどくさいっておもうようになってた。
俺が伊藤ちんと赤ちんに出会ったのはそのころだった。小5の冬だった。
「…は?だれ、あんた。ひねりつぶすよ」 「え、ごめん!だってすごかったから!」
いきなり背のことをほめてきた女の子。すごく気にくわなかった。背がなに。背が高いからなんなの?俺は俺なんだけど?
「…なにあんた」 「すごかったよ!まるでボールがこう、子どもみたいで!」 「は?」 「手玉にとるってあんな感じなんだって思ったー!」 「……」
なんとなく背だけをすごいと言ってるわけじゃないのはわかった。
「ね!」 「……なに」 「わたしと1対1しよ!」 「ハア?」
まとわりついてくる見ず知らずの女の子なんて興味もなくて、視界に入れないようにしてたけど、さすがに驚いて思わず見下ろした。よく見るとその子はユニフォームを着ていて俺と同じ選手ってのはわかった。ユニフォームにプリントされてる名前は今日の交流試合に参加しているチームの名前だった。まだあたってはないとこだから全然知らない子だけど。
「……いいけど、ひねりつぶすよ」 「やれるもんならね!」
その無邪気な笑顔、泣かしてやろーっと。
*
「いえーい!わたしの勝ち〜」 「ハア!?まだ終わってねーし!」 「え、まだするの?」
まさか負けるなんて全然おもってなかった。いちおう、今日の交流試合は結構ゆるめで男女混合もありってかんじで女の子も混ざってるとこもあるけど、まさか自分より頭ひとつちっちゃい女の子に俺が負けるとは思わなかった。つーか、正直勝負になんねーとおもったし。だけど、そんな想像を裏切って彼女はすっごくうまかった。身長差なんて全然関係なくて、すっごい早いし、すっごいテクニックあって、すっごい身体やわらかいしで、全然予想がつかなくて、その体勢でそのタイミングで打つのってもはや驚きっぱなしだった。なんつーか、踊るようにきれいに動くから。
「千加」 「征ちゃん!」
初めて、負けた。経験差ももちろんあったけど、でも、完全に実力で負けたとおもった。背の高さなんて、この子には無意味だった。
「監督が呼んでたよ」 「え!」 「ほら、早く行っておいで」 「うん、わかったー」
そういって彼女は走って行こうとしたけど、立ち止まってそれからまた俺のほうに戻ってきた。
「そうだ!ね、名前教えて?」 「…へ」 「わたし、伊藤千加!あなたは?」 「………紫原敦」 「おっけー!覚えた!」 「…ん」
俺が頷いたのを見て満足そうに笑った彼女は、それから思い付いたようにあ!と大きな声を上げて、それからちょっと待ってて、と言ってからどっかに走っていった。1分もしないうちに戻ってきて、それから俺の手のひらを強引に掴んで、無理やりなんかを押し付けた。え、なにこの子。
「チョコレート!あげる!」 「…は?」 「1対1してくれたお礼、それで糖分補給して!」
手のひらに無理やり押し付けられたもんを見ると、包みに包まれたチョコレートが二粒載っていた。あれ、これ俺の好きなやつだ〜。意外といい子?変な子だけど。
「ありがと〜」 「またあとで試合でね!」
そういってようやっと、満面の笑顔で彼女は走り去っていった。チョコレートの包みを眺めながら、なんだかぽかぽかしてきて、思わず笑っちゃって、それから遠慮なくチョコレートをたべた。
「すまなかったね、千加が迷惑をかけたみたいで」
なんてしてたら、あの子を呼びに来てたやつが俺に話しかけてきた。うわ〜、赤色だ〜。背はさっきのあの子くらいで、俺からしたら全然低いんだけど、めちゃくちゃ穏やかに笑ってるけど、なんかこいつには逆らっちゃだめな気がした。
「ん〜、べつに」 「せっかくの休憩時間に悪かった」
確かに試合と試合の合間のお昼休憩だったけど、すでにお昼ご飯食べて退屈してたし。試合も退屈だったから、いい退屈しのぎにはなったし。てかむしろ燃えたし。
「赤司征十郎だ」 「紫原敦〜」
とりあえず名乗られたので、名乗った。赤司、赤司征十郎。ん、長いけど覚えた。
「千加と俺は同じチームなんだ」 「へ〜」 「次にお前のチームとあたるとこだ」 「え、まじで」
やった、あの子とまたできるじゃん。次は絶対負けねーし。絶対ひねりつぶしてやるし。
「試合、楽しみにしてるよ。紫原」 「俺も〜」
そういうとそいつは小さく微笑んで、じゃあまたあとでね、そういって踵を返した。
赤司征十郎、伊藤千加。 その日、俺はその名前を忘れられなくなった。今まで始めてからずっとバスケで負けたことなんかなかったのに、俺はその日初めて試合で負けた。あの子だけでもすげぇうまいのに、あの赤いやつが一緒だとさらに何十倍も手強くて、俺は初めて負けて悔しいとおもった。次は絶対あの二人には負けないと、そう強くおもった。
次の試合で会って俺が二人を赤ちん、伊藤ちんと呼んでおどろかれること、小学校の違う二人にミニバスの試合で会うのがすごく楽しみになること、それから二人と仲良くなってときどき遊ぶようになること、二人と離れたくなくて同じ中学を受験すること、そこでも二人と同じようにバスケを続けること。
それはまだその時の俺が知らない、別のおはなし。
121221 こぼれ落ちた流星 1
註:ミニバスは練習では男女混合でも行うところもあるようですが、試合は基本的に男女別々だそうです。今回は練習試合ということでそのあたりゆるめ、という設定で書いています。私はミニバスのチームに所属していたことがないので、不自然なところも多々あるとは思いますが申し訳ありませんがスルーしてください。お願いいたします。
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