12月20日、それは私の大好きな人がこの世に生を受けた、大切な日。


『もしもし!征ちゃん!』


すっかり気温が下がり、雪などもちらちら見られるほど寒い冬の真っただ中。クリスマス一色となりつつある街、年末に向けて忙しくなる人々。


『もしもし、千加?』


16年前の12月20日は、私の大好きなひと、赤司征十郎が生まれた日である。毎年毎年、その生まれた当日を除いて、私たちは誕生日もずっと一緒だった。まあ、去年のケンカ中は例外だし、今年は東京と京都で遠距離なので、残念ながら二年連続征ちゃんの誕生日を会って祝うことはできないんだけれど。だって、今日平日だし。それでも、去年と違うのは、ちゃんと直接征ちゃんに伝えられること。去年は征ちゃんと仲違いしてて、結局ママ経由で毎年習慣になってたプレゼントだけは渡したって感じだったしなあ。


『なんで電話したかなんて、分かってると思うけどさ』
『ふふ、まあね』
『だけどね!日付替わるまでの10分間、ちょっと聞いてほしいことあるの!』
『えー、一体どうしたんだい?』


征ちゃんはいつにもまして穏やかでやわらかくて、なんだかうれしそうでかわいかった。えー、なんてそんな間延びしたこと普段言わないのに、珍しくおどけちゃってかわいいな、もう。


『今日、征ちゃん家にお邪魔してきたんだ!』
『そうなんだ』
『それで、ママからおもしろい話聞いちゃったよ』
『…母さん、また千加に余計なこと言ったんじゃないだろうな……』
『ふは!あのねー』




――16年前、12月20日。その日は赤司家にとって記念すべき第一子誕生の日であった。


「今でも、覚えてるわ」


征ちゃんは、その日生を受けた。あたたかい安寧のある羊水から抜け出して、未知なる世界へと、一握りの不安ととめどない喜びを携えながら。精一杯力の限り泣き叫んで、この世への始まりを告げた。生まれるときは誰だって一人だ、この世界に誰もがひとりでやってくる。だけど。


「あとから千加ちゃんママに聞いたんだけどね、征十郎が生まれた日って、千加ちゃんも何故かすごい勢いで泣きわめいてたんだってね」


ママはおかしそうに笑った。日付まで覚えてるなんてよっぽどだったのねえ、ってママは征ちゃんと同じ笑い方でおかしそうに笑っていたけれど、なんだか私はとても恥ずかしくて赤面してしまった。なにこれ、すごいはずかしい。ぱくぱくと口が空回るばかりで、何も言い返せなかった。


「まるで、12月20日にもう一度生まれたみたいだったって言ってたわ」


運命の日を、生後数か月の私は予感していたとでも言うのだろうか。いや、そんなまさか。そんな数奇なことありえるわけがない。しかし、そう思いつつも私はどこかで、もしかして本当なんだろうかとそんな気がしていた。


征ちゃんが生まれた日を、私も征ちゃんと共にこの世に生まれ出でる喜びを泣いて叫んでいたとするならば。ああ、まるで本当にあの日のことのようだと、私は今年のインターハイ二日目のあの日のことがオーバーラップしていた。征ちゃんが私を絶対に離さないとでも言うように抱きしめながら、素顔のありのままのあなたで、強く、喜びと不安と愛とをとめどなく吐き出しながら泣いた日のこと。


――僕の、負けだ。


そしてあの日はきっとあなたが、殻を破ってもう一度新しいあなたに生まれ変わった日なんだろうね。




『その時ね、ママとうちのお母さんは思ったんだってー』
『「この二人は絶対、結婚する」か?』
『えー!なにー、征ちゃん知ってたの!』
『毎年毎年、誕生日ごとに母さんはその話をするからね』


まったく、その度ごとに千加ちゃんを大事にするのよってまるで洗脳みたいに言うんだよ、言われなくても僕は千加から離れるつもりは毛頭なかったけどね、なんて言って征ちゃんは懐かしそうにつぶやいた。


『じゃあ、これは知ってるかい?』
『えー?何?』
『まだ赤ん坊の僕はさ、千加が来るとすごくご機嫌になるのに、千加のお母さんが千加を連れて帰ろうとすると、この世の終わりみたいに泣きわめいてたってこと』
『え!?征ちゃんそんなことしてたの?』
『っふ、やっぱり知らなかったんだね』


それならわざわざ言うんじゃなかったなあ、なんて征ちゃんは苦笑していた。


『えー!なんでよ?征ちゃんかわいいー!』
『何言ってるの、好きな子に自分のかっこ悪いところは見せたくないのが、男のプライドってやつだよ』
『…うん』
『何、今のどこで照れたの?』
『…ばーか』
『あはは、千加はやっぱりかわいいね』


征ちゃんのほうがかわいいよ!って叫んだら更に笑われた。うむう、征ちゃんってこんな笑い上戸だっけ?くすくすくすくす、さっきから本当に上機嫌だなあ。仲直りしてからの征ちゃんって、なんだか本当に別人みたいに、今までの30倍くらい甘くてデレデレって感じだよね。じゃあ、今までツンデレだったのか?っていうとちょっと違うけど、こんな自分からストレートにかわいいなんて私に囁いたことはなかったよね。


『…もー!征ちゃんがタラシすぎて、お姉ちゃんは心配ですよ!』
『心配しなくても千加だけだよ。僕がかわいいと思うのは』
『………なんなんだよおおお』


羞恥心で泣き出しそうな私を征ちゃんは笑って、ほら、やっぱり千加はかわいいなんてさらに煽るんだ。分かった、征ちゃん、やさしいんじゃない。単に私を恥ずかしがらせて楽しんでるだけだ。ただのドSだった。そのあたりは全然変わってなかった。いじめる方向性を転換してるだけだった。あいかわらずのサドだった。


『…征ちゃん』
『なんだい、千加』
『……大好き』
『僕もだよ、千加』


変わったようで、変わっていない征ちゃんが変わらず大好きだ。そうしてもう一つ、今日ママが言っていた話を私は思い出していた。


――幼稚園くらいまで、征十郎ね、千加ちゃんの前ではすごく大人っぽく気丈にふるまっていたけどね、千加ちゃんがおうちに帰っちゃうと途端に子供っぽくなっちゃう子だったのよ?


『ねー、征ちゃん』
『なんだい?』
『昔、私がおうちに帰ると、いつもおうちで寂しがってたって本当?』


答えに窮したのか征ちゃんが沈黙するもんだから、今度は私が思わず笑ってしまった。少しだけ不服そうに、だけど懐かしそうに征ちゃんは肯いた。


『そうだね、そのあたりは赤ん坊のときからずっと、変わってなかったな』
『征ちゃんはほんとに私がいないとだめだったんだー?』
『…そうだね、もちろんだんだん態度には表さなくなっていったけどね』
『ふふふー』
『でも、千加がいなくて寂しがってしまうのは、今も変わってないかな』


私たちは、文字通り生まれたときから一緒だった。実際会ったのは、生後数週間経ってからだけど、でもきっと心はずっと一緒だった。私たちは本当に自覚の有無に限らず、本当におかしいくらい昔から一緒だ。テツくんはそんな私たちを「一対」だというし、さっちゃんは「運命の二人」と。そういえば青峰くんは「磁石」とか言ってたっけ。おい。くっついて離れませんってか。うまいんだか、間抜けなんだかよく分からんたとえだよ。


『征ちゃん』
『なに、千加』
『あのさ』


――日付が変わるまで、あと10秒。


121219
だけどぼくらはいつだって






こいつらおかしいって。砂糖吐けるでこれは。