彼の冷たい手を握りしめながら、私はためらうことなく口を開いた。


「だけどね、テツくん」
「二言は聞きませんよ」
「バスケともう一度向き合うことは約束するよ。だけどね」
「……」
「マネージャーをする気はないよ」


私が小さく笑うのに比例して、テツくんはどんどん不満げな表情へと反転させていった。それを見てさらに私は笑った。


「あのね、ひとつ条件があるよ」







「友達の伊藤くんです」
「こんにちは」


テツくんがバスケ部の面々に「俺」を端的に紹介した。一同がいぶかしげな表情を浮かべる中で、カントクらしい二年生の女の先輩だけがにやにやと笑い、一方でテツくん相変わらずの無表情でいた。「俺」はその様子に小さく笑うと、隣に立つテツくんも何故か少し表情をゆるめた。あのカントクには全て話してある。「俺」のことも、「俺」の目的もすべて。


「いや、黒子、どういうことだよ?誰だソイツ?」
「伊藤くんです」
「いやそういうこと言ってんじゃねーよ!」
「友達です」
「だからちげーって言ってんだろ!!」


テツくんと言い争いをしているのは、テツくんと同じクラスだという火神くんだそうだ。一年生にしてこの部のエースと称されているらしい。期待感に思わず笑みがこぼれてしまう。


「火神、だっけ?俺と、1on1してくれない?」
「あ?」
「スリーもありで、4点以上差がついたら終わりな」
「はあ?お前、そんなんでバスケできんのかよ?黒子より弱そうだけど」
「心配しなくても大丈夫だよ。あんたが思ってるより、俺強いから」
「……おもしれぇじゃねーか」


これが私の条件だよ、テツくん。




「おい、黒子」
「なんですか、キャプテン」
「あいつ、伊藤だっけ?大丈夫なのか?」
「何がですか?」
「いや、火神相手にってことだよ!あいつどうみてもお前よりも小せぇし、とても勝てそうには見えないんだけど!?」
「ああ、そうですね」
「そうですねじゃねーよ!いいのか?止めなくて。あいつ怪我すんぞ!?」
「大丈夫ですよ、「彼」強いですから」


キャプテンはなおも腑に落ちない表情で、アップをする「彼」を見つめた。確かに「彼」はボクよりも身長は低く、パワーや体力ですらどれをとってもボクよりもその値は正直言って低い。故にフィジカル面において、火神くんのそれとは天と地ほどの絶望的な差があるのだ。それは誰の目でも明らかである。


「「彼」はボクと同じく帝光中学の出身です」
「は?あいつ帝光出身!?」
「バスケ部に所属はしていましたが、プレイヤーではなくマネージャーでした」
「って、おい!マネージャーかよっ!!」


あなたのプレーを見たのは、いつが最後だったのだろう。最後にあなたとバスケをしたのは、いつのことだったろう。火神くんと向き合うあなたを見て、過去の記憶をたどるけれど、結局不明瞭なままで答えは思い出せなかった。――彼女のまなざしに、灯がともった。


「けど、「彼」は立場こそマネージャーではありましたが、その高い実力ゆえに、時にはキャプテンの指示で一軍の練習に混ざっていたことが何度かありました」
「……は?」
「つまり、フィジカル面はともかく、単純なバスケのセンスだけなら「彼」の実力は、帝光中学一軍選手のそれと全く遜色ありません」


スピード、テクニック、シュート精度やディフェンスの堅さなど、単純なバスケのセンスはまさに限りなく天才のそれに近い。もしも彼女が男だったのなら、もしかすると「キセキの世代」と肩を並べていたかもしれないと、そう思わせるほどのもの。けれどだからこそ彼女はバスケを愛し、バスケを憎んだのだろう。越えられない限界が限りなく彼女の前に横たわっていた。彼女の悲しみそのものを目の当たりにして、やはりボクは彼女を哀れまずにいられなかった。叶わないと知っていてなお、それでもあなたは諦めきれないのですか。やはり、あなたの願いは変わらないのでしょうか、千加さん。


「……惜しいな」


――幾度も点を奪い合う一進一退の接戦の末、「彼」は負けた。


121121
君を奪う宇宙