それからもうすぐ夕食の時間だということで、私もテツくんも合宿所まで戻らなければならなくなったが、征ちゃんがつないだ手を全然離してくれなかった。
「征ちゃん…」 「………」 「千加さんのことならここからはボクが送るから大丈夫ですよ、赤司くん」 「………ん」 「征ちゃんは明日も試合でしょう?」 「…そうだね」 「今日は早く帰ってゆっくり休まないと」 「……ああ」
うなずいてはいるのに全然行動に表れないんですけど。返事は一応してくれるものの、それ以外全く何も話さないまま、つないでいる手を全く離す気配すならないまま、ただ私の顔を凝視している。…なんなんだ……、ちょっと怖い。
「征ちゃん」 「…うん」
あんまり弱弱しい声を出すから思わずふきだしてしまった。それを見た征ちゃんが眉間にしわを寄せて不機嫌な表情を浮かべた。それがあんまりかわいくて、また笑ってしまった。だって、征ちゃん、すねた子供みたいな顔をするんだもの。本当に今日の征ちゃんは子どもみたいだ。かわいくていとしくて、たまらないわ。
「大丈夫だよ、征ちゃん」 「…ん」 「もう二度といなくなったりしないからさ」 「うん」
大丈夫ですか、赤司くん。こんなとこで泣かないでくださいよ。なんてテツくんがからかうと、征ちゃんは…うるさいテツヤ、殺すよ。と小さくうなった。だから、今の子どもみたいな征ちゃんにすごまれたって全然怖くないよ。むしろ微笑ましくなってくるんですけど。かわいい征ちゃんまじかわいい。
「あのさ、征ちゃん」 「…ん」 「寝る前に、電話してもいい?」 「絶対だよ千加、待ってるからね」
何を言っても緩慢な返事しかなかったのに急にしゃきしゃき喋り出したよこの子!即答した征ちゃんがやっぱりかわいすぎて、また吹き出してしまった。それを見た幾分か余裕を取り戻した征ちゃんは、私への仕返しとして私の額にキスをした。本日何度目か分からないくらいキスされているけどさあ!それにしても征ちゃん、馬鹿だよ!
「ててててテツくんの前で何すんだ!」 「だから何度も言ってるだろう、千加が悪いんだよ」 「えええええ、そんな理不尽なあああ」
いい加減にしてください、このバカップル、とテツくんがキレてて怖かった。征ちゃんは涼しい顔していたけど、私はどういう顔をすればいいのか分からなかった。そうして、私を恥ずかしがらせて満足したのか征ちゃんはゆっくりと、ゆっくーーーーーーりと私の手を離した。
「……」 「……えっ」
と思ったら、瞬時にまた私の手を掴んでた。ええ?なにそれ。せっかく離れたと思ったらコンマ数秒でまたつなぎ直すって一体どういうこと。征ちゃん、どういうこと。
「征ちゃん、帰れないよ」 「帰らなくていいよ」 「無茶言わないでください」
征ちゃんがなかなか離してくれなかったので、しびれを切らしたテツくんが私たちの手をぶった切って無理やり離して、そこでようやく無意味な攻防に決着がついた。征ちゃんは、すごーくすごーーーく不満そうだったけど。
「電話待ってるからね、千加」
分かったから早くお帰り下さい、キャプテン。
*
テツくんには呆れられつつもうれしそうな顔で、これからが大変そうですねなんて言われてしまった。そうだね、うれしくて大変な日々がまた始まるんだろうな。
『もしもし、聞いて!』
その後、合宿所に帰ってご飯を食べて、リコさんに報告を済ませてからお風呂に入って一息ついてから、長い間心配をかけていた私の愛すべき友人たちに電話で仲直りの報告をした。さっちゃんは泣いて喜んでくれたし、紫くんはやったじゃん〜ってほめてくれたし、緑くんには遅すぎなのだよ!と怒られたし、青峰くんは…そうかよってぶっきらぼうに返されたが、電話を切る直前に小さく、よかったなって言ってくれた。黄瀬くんには、俺が噛ませになったかいがあったッス〜!って泣いてんのか喜んでのかよく分かんない感じでおめでとうって言われた。噛ませってなに。
「持つべきものは友人だね」 「そうですね」 「うれしいもんだね、本当に」 「みんな、ずっと待っていましたからね」
みんなこの日が来るのをずっと待ってくれていたんだなあ。まだ、みんなで集まって笑い合うようなあの頃に戻れたわけでは決してないけれど、その最高に幸せな日もいつか、きっといつか来るだろう。今はまだ、ただこれだけで私は幸せだ。いつかまた、みんな集まって笑い合いたいね。できれば、コートの中でも、ね。
「みんなに会えるのが楽しみだ」 「冬が楽しみですね」
ところで、赤司くんに約束の電話はしたんですか、とテツくんに尋ねられて思わず固まった。ふう、っと一度息を吐いて深呼吸をした。その様子だとまだのようですね、と苦笑いをされた。
「赤司くん、携帯握りしめながらずっと待ってるんじゃないですか?」 「……そんな気がするから余計億劫だ」 「早くしないとまたすねられますよ」 「……」
今まで、征ちゃんはいつも私に対して大人なふるまいしかしたことなかった。子供っぽい感情や表情なんて全く見せたことはなくて、私が征ちゃんを困らせる側であったのというのにどういうことなんだこれは。いろいろ、ふっきれたのかな。それならそれで勿論うれしいことなのだが、それにしてもやっぱり戸惑ってしまうものは戸惑ってしまうわけで。
「征ちゃんって、あんな人だったっけ?」 「今更ですね」 「えっ」 「赤司くんは、きみ絡みだと結構子どもっぽいところありましたよ昔から」 「えっ」
何それ知らない。きみには見せたくなかったんでしょうね、なんてテツくんは笑っていたけど、私は笑えなかった。思わず赤面した私を見てさらにテツくんは笑っていた。征ちゃんって、こんなかわいい人だったんだなあ。征ちゃんのことなら何でも分かっている気でいたけれど、全然そんなことなかったんだな。だけど、まだまだこれからこの先も、私の知らないあなたを見せてほしいな。
そのあと電話したら、なんとわずか3コールで出た征ちゃんに「遅い」とめちゃめちゃ低い声で責められたのは言うまでもなかった。しかも厄介なことになかなか機嫌を直してくれなかった。もう寝たほうがいい時間になってもなかなか切らせてもらえなくて、「あ、明日も会えるじゃん〜。わ、私征ちゃんに会えるの楽しみだなあ〜」なんて言ったところでやっと切ってくれた。
次の日、会場に到着した私が、入口のところでスタンバっていた征ちゃんに瞬時に捕まったのは言うまでもないことである。
121216 恋は浅はか end
赤司と黒子と「一番」の話
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