*インターハイ二日目に赤司くんと仲直りした後の話、赤司くんが誰これ状態です。




初めてのキスは甘くてやさしくて、しあわせが溢れそうで、そしてちょっとだけしょっぱかった。切なくて、そして甘かった。ああ、幸せすぎてどうにかなりそうだ。うれしすぎて幸せすぎて、むしろなんだか怖くなってしまった私は、征ちゃんの手とつないでいない方の手で、思わず征ちゃんの背中あたりの服を縋りつくようにぎゅっと掴んだ。すると、なぜだか征ちゃんはぴくりと小さく反応して、それからゆっくりと私から顔を離した。


「千加」


再び征ちゃんと向き合って、無言のまま見つめ合った。私は恥ずかしくて照れくさくて何も言えなかったけど、征ちゃんの瞳から視線は逸らせなくて、お互い黙り込んだままただ見詰め合っていた。だけど、私の頬に添えられた征ちゃんの手はひどく熱かった。


「…ふへ、征ちゃん、大好きだよ」


征ちゃんと初めてのキスをして、久しぶりにこんなふうに見詰め合って、ついゆるみきった私は思わずまぬけな顔でへらりと笑ってしまった。


「……千加」
「んー?なに」
「あまり僕を煽らない方がいいよ」
「は?」


征ちゃんがにやりと、時々顔を出す魔王みたいな表情で意地悪そうに笑って、それから私の首筋を掬って、今度は強引に私の唇を奪った。お互いの唇が合わさっているにもかかわらず、すっかり驚いて目を見開いた私と同じく目を開いたままの征ちゃんと目ががっちりとあってしまった。征ちゃんが、私の前では今まで一度も見せたことのない男の目で私を見つめていた。


「馬鹿な子だね、きみは」


その瞳の奥に宿るものを感じ取って、私は思わずぞくりとした。







「………」
「…いい加減、機嫌直してよ」


あの時、征ちゃんは少なくとも本気だった。少なくとも、途中までは。


「千加」


征ちゃんが、困ったように横で笑った。許してあげたくないわけじゃない。だけど、あれはいくらなんでもやりすぎだ。


「だって、征ちゃん、洛山の人たちの前で手つないだり抱きしめたり、挙句の果てにはキスするんだもの」
「口にはしなかっただろう」


そういう問題じゃねえよ。


「千加が悪いんだよ」


あの時途中までおそらく本気だった征ちゃんだったが、洛山の人が試合の時間だと呼びに来て、すっかり興がそがれたらしく、征ちゃんは少しだけ不機嫌になった。他校生である私は勿論ベンチに入れないので、試合の間はしぶしぶといった感じで私を解放したが、そのあと試合が終わるやいなや、私の元に再び現れて、それからずっと離してくれなかった。


「征ちゃん、馬鹿」
「千加には言われたくないね」


さも当たり前だというようにずっと離してくれなくて、まるで洛山の部員のひとりみたいにずっと洛山のメンバーと行動を共にしていた。だけど何故か誰も非難しないから疑問に思って聞いてみたところ、征ちゃんはなんと一年生なのに洛山のキャプテンなんだそうだ。しかも、私といる征ちゃんがあんまり穏やかだから、触らぬ神に祟りなしということで誰も口を出さなかったらしい。そして征ちゃんはそれをいいことに、皆さんの前で私にべたべたしていたから本当に困った。


「私だってマネージャーとしての偵察の仕事あるのに、征ちゃんが一緒だと気が散るんだけど」
「色々情報を教えてやっただろう?」
「…そ、れはありがたいけどさあ!」


他校の選手の情報を教えてくれる度に、髪やら額やら頬やら手のひらやら、挙句にはうなじとかにキスをするのやめてほしい。常識というものがこの子はないのかしら全く。確かに、中学時代は人前で手をつないだり、抱き着いたりとかはしていたけれど、あくまで子どものじゃれ合い程度だったのに今日の征ちゃんは明らかにおかしい。だって、征ちゃん、今までこんなふうに私に触れたこと、なかった。


「千加が、悪いんだよ」
「ええ!なんでだよ!」
「……察してよ、馬鹿」


征ちゃんは困ったふうに笑いながらちょっとだけ首をかしげて、ちょっとだけ間をおいて、それから呟くように小さな声でそう言った。それが、あまりにも大人っぽい表情で、それでいてかわいらしい幼さも含んでいて、思わず、きゅんとしてしまった。か、かわいいよ…征ちゃん。あざとい。


「…ごめん」


思わず赤面しながらうつむいて、しぼりだすようにそれだけ言うと、征ちゃんはふふ、って穏やかに笑った。それから、千加はやっぱりかわいいな、なんて笑うから、さらに恥ずかしくなって自分のつま先だけを見ていた。


「離れていた一年分触れたいんだよ、千加に」


なんだか、征ちゃんが知らない人みたいだ。抱きしめたときの背中も私が知っているものよりもずっと、大きくたくましくなっていたし、今握っている征ちゃんの手も昔とは違ってちゃんと男のひとの手だった。相変わらず、白くてきれいな手だったけど。たった一年一緒にいないだけだったのに、その間に征ちゃんはどんどん大人になってしまったんだなあって、なんだか寂しいようなうれしいような気持ちになった。


「ふふ、照れる千加もかわいいな」


征ちゃんって、こんな人だったっけ?


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恋は浅はか 1