征ちゃんが変わってしまった理由を、私はすべて知っているわけではない。だけど、きっとこれから征ちゃんが歩む道は、きっとつらくさみしい。だから深海でひとり孤独に泳ぎ続ける征ちゃんのためになら、私は何度だって想いのあぶくをあなたの元へ届けるよ。そうして、征ちゃんが苦しくなったらその時はいっしょに泣いてあげる。たとえ、征ちゃんが望まなくても、何度手を振り払われても、その小さく孤独な背中を何度でも見つけて、追いかけ続けてやるんだからね。


「千加」


きっと、これからあなたの歩む道は修羅の道。あなたの背負うものを少しでも私に分けてくれたらいいのに。だけど、きっと征ちゃんはそれをしないんだろう。そんな征ちゃんの強さを時々さみしく思うけれど、だけど、ならばあなたがもしもその背負うものの重みに耐えられない日がいつか来たとしたら、その時は私があなたのとなりであなたを支えよう、つらくて泣きたいときは一緒にこどものように泣こう。ずっと、となりにいるから、だから安心して何度だって泣いてね。


「征ちゃん」


私を抱きしめていたほうの手を解いた征ちゃんは、その手で今度は私の頬にやさしい手つきでそっと触れた。視線が再び交差する。お互い泣きはらした赤い眼で、私たちはあの頃のように笑い合った。相変わらずつないだ手は、お互いに離そうとはしなかった。ああ、やっぱり、大好きだなあ。やわらかく、甘くやさしい笑みで、征ちゃんが私に微笑みかける。あ、たぶん征ちゃんも今、私と同じことを思ったんだろうな。


「大好きだよ、千加」
「私もだよ、征ちゃん」


それから、私たちはどちらからともなく、触れるだけのやさしいやさしいキスをした。初めてのキスは甘くてやさしくて、しあわせが溢れそうで、そしてちょっとだけしょっぱかった。初めて、私の想いのあぶくがあなたに届いた瞬間だった。ああ、切なくて、なんて甘いんだろうか。征ちゃん、どうかこれからもその心からの笑顔で笑ってね。お互いの胸の鼓動が聞こえるこの距離が、ずっと私の居場所。これからもずっと、いっしょ。









私の人生は常に征ちゃんと共にあった。


――千加
――なあに、せいちゃん
――おおきくなったら、結婚、しようか
――けっこん?
――ずっといっしょってことだよ
――ほんと?せいちゃん、ずっと千加といっしょにいてくれる?
――うん、ずっといっしょだよ、ずっと


幼いふたりが約束した日からずっと、私の将来の夢はあなたのお嫁さんになることだった。ただ、それだけを夢みていたんだ。あなた以外の誰かのとなりを歩む未来なんて、考えたこともなかった。いつか、いつか私たちが大人になったら、あなたが迎えに来てくれると信じてずっと待っていたよ。


――ね、千加
――なーに?
――俺と結婚したら、千加も植えてくれる?
――えっ
――千加は大人になったら、俺と結婚してくれるんだろう?
――……本気で言ってる?
――俺がこんな冗談を言うとでも?
――……征ちゃんが、本当に私と結婚してくれるなら、いいけど
――っふ、その言葉忘れないでよ、千加


忘れられるわけがないじゃないか。忘れたくても、忘れられない。いとおしいあなたとの大切な思い出のひとつなんだから。ママが赤いスターチスを愛し続ける理由、そしてあなたがそんなママとパパのやさしい愛の証を大切に思っていつくしんでいること。ねえ、それを私に打ち明けてくれたこと、私にも同じようにそれを望んでくれたこと、とてもとてもうれしかったよ。そして、あなたからあのいとおしい赤い花の意味を知ってから、私の心の中にもずっと、あなたへの色深い赤い愛の証の花がずっと咲き続けているよ。


ずっと、いっしょ


幼いころからずっとあなただけに恋をしていた。あなたしか、見えなかった。肩を並べていたかった、となりにいさせてほしかった。一緒に戦うことを許してほしかった。だからそのためにあらゆる努力をしたし、誰に何を言われても何度でも挑んではあなたに勝とうとしていた。はるか遠く孤高の存在であり続けるあなたのとなりに立ちたかったんだ。生まれてからずっと、私はあなたのことが大好きだったから。ずっと、いっしょ。それを願ってやまなかった。


――今日は、私の幼いころから願い続けた夢がようやく叶う特別な日。







ずっと、夢みていたよ。


「千加ちゃん、すっごくきれいだよ!」
「赤ちん、伊藤ちん、おめでとう〜!」
「ああああ、ついに伊藤っちがあ…!」
「あいつ、遂にここまでこじつけたのかよ」
「当たり前なのだよ、片割れ、なのだから」


あの頃の、ひびわれた幸せな思い出がもう一度再生されるのを。昔みたいにみんなで集まって笑い合える日が来るのを、ずっとずっと待ち焦がれていたんだ。


「結婚、おめでとうございます、赤司くん、千加」


さっちゃんがいて、紫くんがいて、黄瀬くんがいて、青峰くんがいて、緑くんがいて、そしてテツくんがいて。みんなにもう一度あの頃みたいに笑ってほしかった。壊れた円環が再びつながれることを夢みていたんだよ。そして、誰よりも誰よりもあなたに、私の大好きな征ちゃんが、心から、笑ってくれる日が来るのをずっと待っていたよ。


「みんな、ありがとう」


昔みたいにやわらかく目じりを下げた笑い方で、少しだけ頬を染めながら幸せそうにうれしそうに、となりで征ちゃんが笑っていた。うれしくてうれしくて、泣いてしまいそうだった。それから征ちゃんは、紫くんと黄瀬くんに、千加はもう伊藤じゃないけどね、なんていたずらっぽく笑った。じゃあ今日から伊藤っちのこと名前で呼んでもいいんすね!なんていった黄瀬くんに、今度はうるさい、だめに決まっているだろうなんて返すもんだから、じゃあなんて呼んだらいいんすかああ!!なんて黄瀬くんに嘆かれていた。それでも、征ちゃんはずっとやさしい笑顔だった。


「千加」
「なーに、征ちゃん」


相変わらずやわらかく笑いながら今度は私のほうを見た征ちゃんだったけれど、私と目が会った途端、もっともっとやわらかくやさしい笑みで私に笑いかけた。ああ、なんてやさしい表情なんだろう。あまくて、目じりが溶けそうなくらい、やさしい。


「ありがとう、千加」
「……せ、いちゃん」
「ぼくと出会ってくれて、ぼくをずっと好きでいてくれて、ぼくといっしょにいてくれて」
「………」
「ほんとうにありがとう、千加」


いろいろなことがあったね。生まれてからずっと私たちは一緒で、お互いしか見えていなくて、お互いだけがただ大好きで。だけど、それでも一度だけ決別してしまったこともあったね。それでも、結局は変わらない思いでそれを乗り切ったね。あの時、私は本当に心が壊れてしまいそうなくらい寂しくて苦しくてたまらなかった。耐え難い痛みを味わった。私たちふたりの間にあったのは、決して笑顔ばかりではなかった。だけど、苦しみも痛みも悲しみも寂しさもすべて、意味のあることだと思うんだ。だって、だからこそ、私にとって征ちゃんは何にも替えられない大切な尊い存在だと心から思うことができるのだから。


「私のほうこそ、ありがとう…!」
「ふふ、…あーあ、泣いちゃったね」
「ううううう…」
「せっかく喜ばしい日なのに」
「征ちゃんのせいじゃんかあ!」
「千加には前に泣かされたからね」


あれ私のせいじゃないじゃん!せっかく一生に一度の晴れ舞台で人生で一番きれいにしてもらったのに、きっと今の私の顔は涙でぐちゃぐちゃでひどい顔をしているんだろう。何もかも征ちゃんのせいだ…。相変わらず、征ちゃんは、ずるいよなあ。私の涙をぬぐう征ちゃんの指は昔と変わらずやさしくて、やっぱり懐かしくてうれしくてもっと泣いてしまった。


「世界で一番大好きだよ、征ちゃん!」
「ぼくも千加が世界で一番大好きだよ」


そうして、そんな私たちにテツくんが相変わらずですね、なんていつかのあの日みたいに呆れつつもとてもうれしそうに笑うもんだから、そんなテツくんを皮切りに他のみんなも呆れた表情から大きな花のような笑顔で笑ってくれた。それはまるであの頃のよう。みんながいた中学時代に戻ったみたいで、やっぱり私はうれしくてうれしすぎて、泣いてしまうんだ。あの頃の私、つらかっちゃよね、さみしかったよね。征ちゃんやみんなが変わってしまったことや、私がみんなに背を向けてしまったこと、みんながバラバラになったことも。いろいろあったよね。だけどね、私は今、最高にしあわせだよ!


「みんなありがとう!大好きだよー!」


いつか言ったセリフ、みんなは覚えているだろうか。私は、変わらず、みんながだいすきだよ。


「千加」
「征ちゃんがもちろん最強にして最高に一番大好きです」


やっぱり、征ちゃんから無言の圧力を頂いてしまったので瞬時にそう返したら、うるせーよ!しつけえんだよお前らは!!と青峰くんが笑いながらキレた。






――良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも。




千加、大好きだよ
私もだよ、征ちゃん


ずっと、いっしょだよ




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修羅のひと