「あのさ、わたしはね」


きみは知らないのだろう。きみの存在がどれほど、ぼくを幼い子供のように弱くさせるか、そして何よりも誰よりも強くさせるかということを。


「今でも少しも変わらずに、征ちゃんが」


分かっているんだ、ほんとうは。変わってしまったのは千加の方じゃない。きみはきっと今でもぼくがきみにとっての唯一だと思っている。幼いぼくがずっとそういうふうに思い込ませてきたのだからそれも仕方のないことかもしれない。だけど、変わってしまったこんなぼくを許して、受け入れて、少しも変わらず大好きでいてくれるのは、ぼくの幼いころからの底知れぬ執着が全く関与していないきみだけの、心からのきもちだとしたら。ああ、それはどんなに幸福なことか。


「征ちゃんのことだけが、ずっと大好きだよ」


どうか、どうか許してくれないか。こんな弱いぼくを許してほしい。きみがとなりにいないだけで、こんなにも幼いこどものように泣いてしまうこんなぼくを。きみを中途半端に手放して傷つけて壊してしまうそんな俺を。この先も変わってしまったぼくにやさしいきみが傷ついてしまうことを知りながら、それでもきみが傍にいることを望んでしまうこの僕を。


「ずっと、私のヒーローでい続けてくれてありがとう」


感情が制御できない、かぶったはずの仮面が崩れてしまう、積み上げてきた矜持も虚勢も全てはがれてしまう。きみの前では、ぼくはただの弱いこどもになってしまう。大好きなきみを守る存在でいたかった、いつでもきみが望んでくれるヒーローでいたかった。


――だけどね、征十郎。一緒に泣いてあげることもひとつの「強さ」なのよ。


昔、千加を失いかけたあの日、ぼくが千加の前で無様にも泣き散らしたあの日。幼いぼくは、どうやったらいつまでも千加を守れる存在でいれるだろう、千加が望んでくれるヒーローのような存在になれるだろうと、母さんに「強さ」というものについて尋ねたことがあった。まだ、十にも満たない幼いころだった。泣くことは弱い証だろう、ぼくは千加を守る側の存在でいたいのだ、そんなものは「強さ」とはほど遠いはずだ、と。あの時のぼくには母さんが言っていた「強さ」の意味を理解できなかった。だけど、今は痛いほど分かるよ。


「どんな征ちゃんでも、私が征ちゃんを大好きなことに変わりはないよ」


一緒に泣くことも強さが必要なんだと。今、一緒に泣いてくれる千加の強さは、ぼくにはずっとなかったものだと思った。一緒に泣いてくれるということが、こんなにも、こんなにも心強いものなど、今までのぼくでは、絶対に絶対に考えられなかったことだ。


「もう二度と、あなたのそばを離れない」


馬鹿だね、千加は。本当に、きみは馬鹿だ。ぼく以上の大馬鹿だ。分かってるの、ぼくにそんなことを言うなんて、本当に一生涯死ぬまで、いやたとえ死んでもぼくはきみのことをもう二度と離さないよ。きみが嫌だと言ってもぼくを拒絶したとしても、もう今度は逃がしてあげられない。それでも、それでも、こんな弱虫で臆病で泣き虫なぼくの手を取るというのなら。


「千加」


この先、僕が歩む道にやさしいきみには耐えらないかもしれない。僕がしようとしていること、僕が考えていること、それは変わってしまった僕を受け入れる以上に、きみにとっては苦痛を伴うものかもしれない。それでも、これからこの先も、ずっとずっと、変わることなく僕の傍にいてくれるなら、共に歩いてくれるというのなら。


「ぼくも、千加が大好きだよ」
「…征ちゃん」
「どうか、この先もずっと、ぼくのそばにいて」


僕の歩む道、それはきっと修羅の道。だけど、これはもう決めたことだから。もう、あの頃のような幸せな過去に回帰することが二度と叶わないというのなら。僕は喜んで戦い続ける道を選びとろう。そのために、僕は、これからも勝ち続ける。


「征ちゃん、私は一生何があっても、征ちゃんのとなりにいるよ」


本当は、ぼくの求めるものを得るためには、本当はきみを捨てなければならなかった。だけど、できなかった。中途半端に愛して縛り付けて歪ませて、それなのに結局は放り出して傷つけてしまった。こんなつもりではなかった、俺は千加にあんな悲しい顔をさせたかったわけじゃない。だけど、これから僕が歩む道にきみを引きずり込むことなどとてもできなかった。きっと、変わってしまったぼくを見て、やさしいきみは傷ついてしまうから。これ以上、もう傷つけたくはなかったから。きみにとってのぼくは、いつだって強い存在でいたかった、きみを守ってあげる存在でいたかったんだ。


スターチス


変わらない心で愛し合うことはきっとすごく難しい。一生離れないと誓ったぼくらでさえ、拭いがたい過ちを犯してしまった。だけど、あの日の決別は決して無意味ではなかった。ぼくは、痛いほど思い知った。お互いがどれほど尊い存在であるかということ、ぼくの弱さや甘さ、きみへの想いとか。ぼくの人生は常に千加と共にあった、だからこれからこの先の人生も、千加、ぼくのとなりであの花が咲いたような笑顔で、ずっと笑っていてね。


「ずっといっしょだよ、千加」


あーあ、もう一生、離してあげない。


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閉じた絵本のそれからの話