ぼくを見つけてくれるのは、いつも彼女だけだった。ぼくは異質の存在だった。幼いころ、周囲から浮いて遠巻きにされていたぼくと、一緒にいたがるようなそんな奇特なこどもなんて彼女しかいなかった。いつもひとりでいるぼくに声をかけて、抱きしめてくれる存在なんて彼女だけだった。孤独なぼくを見つけてくれるのは、いつだって千加だった。


「征ちゃん!!!!」


ぼくは幼いこどものようにただひたすら、どうしようもない弱さに耐えながら、きみが見つけてくれるのを本当はずっと待っていた。







「…千加」


征ちゃんは私の名前を一度だけ呟いて、それからずっと沈黙を貫いたまま、感情の読み取れないうつろな瞳で、ただ私を、私の目だけを見つめ続けていた。私もなにも言うことができずに、ただそんな征ちゃんを見ていた。そうして、私は征ちゃんへのとめどない想いがあふれ出すのを感じた。ああ、やっぱり、好きだ。どうしようもないくらい、あなたが好きだ。苦しいくらいに、あなたしか見えない。


「……」
「……」


そんなふうに沈黙を貫き続け、ただお互いの瞳だけを見続けている私たちはさぞ滑稽だったことだろう。私は征ちゃんの瞳にとらわれたまま、一歩も動けずにいた一方で、征ちゃんは相変わらず私の瞳から全く目を離さずに、私のほうへと一歩一歩近づいてきた。そんな様子を見つめながら、周りの音が消えてしまったかのようにうつくしい静寂の中、まるで時が巻き戻っているような心地がした。心のよどみが、わだかまりが消えていく。


「その無粋な手を離してくれないか」


征ちゃんばかりを見つめていたせいか、私はいまだに私の手首を掴んでいた見知らぬ二人組のことをすっかり忘れていた。完全に頭の外にあったけど、そういえばいたのかこのひとたち。


「…は?おま、洛山の赤司!?」
「え!?こいつが!?」
「聞いていなかったのか?その手を、離せ」


征ちゃんがとんでもなく恐ろしい視線で二人組をにらんだので、そのあまりの恐ろしさに二人組は縮み上がった。それから私の手首を離して、どうやら身の危険どころか命の危険すら感じたらしい二人組は、一目散にこの場をそそくさと去って行った。まあ、あんなふうに征ちゃんににらまれたら生きた心地がしないだろう。それくらい、視線だけで殺せそうなくらい強烈なものだったから。それにしても征ちゃん、すごい怒ってたからとんでもない事態にならなくてよかったと、変な心配を思わずしながら私は現実逃避をしていた。だって、征ちゃんが今、目の前にいる。


「千加」


どうしたものか、と一年以上ぶりにまともに顔を合わせた征ちゃんに対するふるまいを考えていると、征ちゃんは一度だけ私の名前を呟いて、それから、先ほどの二人組のひとりに掴まれていたほうの手首を、まるでその感触を消し去ろうとでもするかのように今度は征ちゃんが掴んだ。そうして、そのまま踵を返した。


「玲央」
「はあい、征ちゃん」
「時間になったら呼べ」


そうして近くにいたチームメイトらしい人に声をかけ、その人が「りょうかあい」と何故だかうれしそうに返事をしたけれども、その返答を聞くよりも前に、征ちゃんはそのままずんずんと歩き出した。私の手首を掴んだままで。征ちゃんは私の手を引きながら、控室だと思われる方向にどんどんと歩を進めた。征ちゃんは私の前を歩いていて私に背を向けているため、征ちゃんが今どんな表情をしているのかは分からなかった。そんな征ちゃんに困惑し、思わず後ろを振り向くと、征ちゃんのチームメイトのさっきの人がゆるく微笑みながら私に手を振っていた。そして、その人の横にいた同じくチームメイトらしいひとが、すっごい楽しそうに満面の笑顔を浮かべていて、ますます困惑することになった。


「………」


それから征ちゃんは相変わらず無言で歩き続けていて、あまりにも何も言わないから不安に思ってしまうけれど、……だけど、先ほどのチームメイトの人たちが見えなくなって二人だけになったあたりで、私の手首を掴んでいたはずの征ちゃんの右手は私の手ひらへと移動して、それから絶対に離さないとでも主張するかのように、少しの隙間もなくお互いの指と指とを交互に絡めさせた。征ちゃんは終始無言だったけれど、このつながれた手が、征ちゃんの本当のきもちをすべて物語っているようで、私はうれしくてうれしくてどうにかなってしまいそうだった。




――誰もいない洛山の控室へ私を引き入れると、それから征ちゃんは何も言わないまま強く、強く私を抱きしめた。幼いころ、征ちゃんが私を求めて、たった一度だけ泣いたあの日のように。


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愛のぬくもり