*注意:洛山のメンツが出ます
「あら?征ちゃん、何見てるの?」
インターハイ二日目、洛山の控室では征ちゃんが何かにじいっと見入っていて、なんだか珍しいと思って思わず声をかけた。
「ああ、玲央か」 「何見てるの?珍しいわね、征ちゃんがぼーっとしてるなんて」 「…ああ、これか」
そういって、見つめていた携帯をこちらに傾けてくれたため、どうやら見ることを許されたようなので覗き込んでみると、画面に映されていたのは征ちゃんと見知らぬ女の子が映っている写真だった。
「少し幼いわね、いつの写真?」 「中学の入学式の日に撮ったやつだよ」 「…へえ、そうなの」
この見知らぬ女の子は一体誰なのか、聞いてもいいのかしら?写真の中の彼女はとてもきれいに笑っているが、カメラ目線ではなくて横顔で映っていた。そして、彼女の視線の先にあるのは、征ちゃんで。そして、征ちゃんもカメラのあるはずの正面ではなく、征ちゃんに向けて微笑んでる彼女のほうを向いて、見たこともない甘くやさしい笑顔を浮かべていた。そのまなざしは、本当にやさしくて、溶けだしそうなほどだった。
「えー、ねえ、何見てんのー!?」 「ちょっと、小太郎」 「構わないよ、玲央」 「うわ!赤司、めっちゃ若いじゃん!中学生?」 「ああ、中一の頃だから、それはそうだろうな」 「てか、となりの女の子、めっちゃかわいいじゃん!だれ、この子?」
ええー、もっとそこは慎重に聞きなさいよ!このおたんこなす!
「僕の幼馴染で、僕のとても大切な子だよ」
まるでお互いしか見えていないかのように見つめあう二人は、とてもきれいに笑っていて、今まで征ちゃんがこんなふうに笑うのを私は一度も見たことがなかった。征ちゃんにこんなふうに笑いかける彼女はきっと征ちゃんのことが大好きで、そして征ちゃんもそんなこの子のことがいとおしくてたまらないんだろう。今、大切だと、そういった征ちゃんは、確かに笑っていた。だけど、今のその笑顔はどこかさみしそうで、悲しそうで、写真の中で目じりを下げて笑う征ちゃんのそれとは、大いに異なっていた。
「えええええ!?赤司、彼女いたの?」 「小太郎、うるさいわよ」
だからもっとあんたは空気読みなさいよ、このバカ!
「彼女、ってわけではないよ」 「え?!そうなの?」 「ああ、今はちょっと、」 「ちょっと?」 「…ちょっと、彼女とは仲違いを、していてね」
ああ、だからなのね。さっき、その頃のように笑わなかったのは。だけど、きっと征ちゃんは今でもこの彼女のことをとても大切に思っているのだろう。写真の頃の征ちゃんと少しも変わることなく。今、征ちゃんのとなりに彼女がいるとしたら、きっとその頃の写真の中の征ちゃんのように、彼女だけにはこんなふうに笑いかけるのだろう。
「ええ?じゃあ早く仲直りしたらいんじゃね?」
だから、馬鹿なのあんたは!!!征ちゃんは、あまりにも小太郎があっけらかんと言うもんだから、珍しく少し驚いたようで目をきょとんと見開いていた。そしてさらに希少なことに口もちょっとだけ開いてた。
「……仲直り、か?」 「そうそう!!よくわかんねーけど、悪いと思ったとこが少しでもあったら、とりあえず謝っとけばいいじゃんー」 「……」
…なんていうか、子供なのよねー。でも、一理あるとは思う。ケンカしたときに素直に非を認められなかったり、関係修復を諦めてしまったり、変な意地や矜持、立場とかが邪魔をしてしまったり。大人になればなるほどこじれてしまって、うまく仲直りというものができずに、たかが小さな仲違いがとんでもなく厄介なことになってしまうことが多くなる。もしかして、征ちゃんも、案外そうなのかしら。素直になれないのか、高すぎるプライドが邪魔をしているのか。
「…謝る?僕がかい?」
征ちゃんはいつも最終的には正しいから、もしかしたらケンカなんてものをしたことがなかったんじゃないかしら。そして、どちらが正しいかのいかんにかかわらず、たとえ仲違いをしてもわざわざ関係の修復を図ろうなんて思うほどの、征ちゃんから求めるほどの相手が今まで存在しなかったのではないだろうかと思う。征ちゃんは、強くて正しいがために大体のものは何でも手にしてしまうからこそ、もしかして自ら望んで求めるなんてことがなかったのかもしれない。何でも手に入るからこそ、征ちゃんって案外寡欲なところがあるから。だから、きっとわからないんでしょうね。
「そうね、小太郎の言うことも一理あるわ」 「…玲央」 「征ちゃん、そういうのはどちらが悪いとかじゃなくて、もう一度やり直したい気持ちがあることを相手に伝えるためにケンカした相手に謝るのよ」 「…もう一度、」 「征ちゃんは、その子とやり直したいと本当に思っていないのかしら?」
征ちゃんはしばらく沈黙して、そしてたった一度だけ、まるで肩の力を抜くかのようにため息をついて、それからゆるく笑った。
「そう、だな。二人の言うとおりだ」
征ちゃんは真面目すぎるのだ。そりゃあ、物事において正しいことはいいことだろうけど、だけど人と人との間において、正しいことがすべてうまい方向に転ぶわけではない。征ちゃんは、まっすぐに生きすぎなのよ、そんな息筋張った生き方、疲れちゃうじゃない。だから、自分の大切な人に対してはもっと甘えてもいいと思うし、肩の力を抜いてありのままの自分ですべてをさらしてもいいと思うの。
「その子が征ちゃんにとって、本当に本当に大切な子なら、何があってもきっとやり直せるわよ」 「……」 「大切なら、二度と手放しちゃダメよ」
そーそー!俺もそれが言いたかったんだよ!と小太郎が小うるさく騒いでいたが、征ちゃんはまた少し考え込むように黙って、耳を凝らさなければ聞こえないくらい小さく、ありがとうとつぶやいた。…なんて、珍しい日なの。今日は、征ちゃんの貴重な姿をたくさん目にする日だわー。本当にこの子が特別なのね。
「てか、赤司にも不器用なとこあったんだなー!」 「…小太郎、うるさい」 「ほんとねえ」
だけど、大切なものほど不器用で臆病になるなんて、征ちゃんにもかわいいとこがあったのね。なんだか、完全無欠で完璧超人な征ちゃんがびっくりするくらい人間らしく見えた。征ちゃんも、好きな女の子の前では、ただの15歳の少年になってしまうなんて、なんだか自分でもおかしいと思うがちょっとほっとしてしまった。征ちゃんも、やっぱり人の子だったのねえ。
「…んん?」 「なんだ、小太郎」 「ちょっと、その子、よく見せて赤司」 「…ん?ああ、」 「………あれ?俺、この子、たぶん見たよ」 「は?」 「え?」
一体どこで見たのかしら、この子。
「それって、あんた、一体いつどこで見たの?」 「えーっと、昨日?」 「どこで見た、小太郎」 「いや、ここ」 「インターハイの会場に、来てたってことなの?」 「そー!試合見に来てたっぽい」 「じゃあもしかしたら、今日も来てるかもしれないわね」
すると、それを聞いた征ちゃんは眉間にしわを寄せて再び考え込むようなそぶりを見せた。
「ていうかなんであんた、この子のこと記憶に残ってるの?」 「あー、なんかナンパされてたから」 「………ほう」
…………征ちゃん、イライラマックスなんですけどー。征ちゃんって、やっぱり寡欲な分、大切にしているものは独占欲とか半端ではなさそう。その子も、きっと大変だったんでしょうねえ。征ちゃんの手中に収まったが最後、きっとずっと離してくれなさそうね。なんだか、ちょっとその子が可哀相になってきたわ。
「で、小太郎はもちろん、助けてやったんだろうな?」 「え、いや、そんなしつこいやつらじゃなかったし、俺急いでた……から」 「………」 「わー!ごめんって赤司!謝るから怒らないでー!!!」
征ちゃん、そんな好きならさっさと仲直りして、あなた自らとなりで守ってあげなさいよ。そうして、写真の頃のふたりのように、もう一度あんなふうに笑い合えるといいわね。
「まあまあ、征ちゃん、小太郎しばくのはそれくらいにして」 「……玲央」 「もうすぐ行く時間みたいよ」 「…ああ」
もうすぐ前の試合のハーフタイムなのにアップできるのかしら、このバカは。試合までに生き返ればいいけれど。まあ、たとえ小太郎が出れなくても勝てるでしょうけどね。まだ初戦(インターハイ自体は二日目だけど、うちはシードだからね)だし。それに、うちが負けるわけがない、征ちゃんの引っ張るチームなんだもの。
「さあ、行こうか」
名前も知らない女の子へ。あなたは征ちゃんにこんなにも想われている。あなたの存在が、どんなに征ちゃんを強くも弱くもしうるかってことを、あなたは分かっているのかしらね。だからもしも、征ちゃんがあなたをもう一度望んだ時は、どうか受け入れてあげてほしい。だけど、そのときはきっともう二度と離してくれないだろうから、それは覚悟しておくことね。
121211 なまえも知らないあのこ
洛山ってこんな楽しいチームなんですか?完全に20巻だけの少ない情報でひねり出した勝手なイメージですすみません。
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