『あんたの一番大事なもの、俺がもらってもいいッスか?』


涼太のその言葉に、僕は思わず笑みがこぼれた。まったく、本当に解っているのか?一体お前は。


『ふざけるなよ』


あげない。誰にもあげない。僕からあの子を奪おうなんて絶対に許さない。僕の、ぼくだけの宝物。







部活もすでに引退し、中学卒業のときが間近に迫っていた。俺はすでにスポーツ推薦で進学先は決まっていたし、そのための準備も滞りなく進んでおり、あとはもう卒業のときを待つだけだった。――心残りがない、と言ったらもちろん偽りになるけれど。


「赤司」


そんな俺の目の前に現れたのは、チームメイトの一人。この無敗の王者帝光中学男子バスケ部のエースでもあり、キセキの世代のひとりとして稀代の天才と世にもてはやされている、孤高のプレイヤー、青峰大輝であった。


「なんだ、青峰か、どうした?」


珍しく、怒っているなと思った。キレているのでもなく、呆れを交えているのでもなく、純粋に憤っているその表情を見れば、青峰がなぜ、一体誰のために怒っているのかがすぐに分かった。


「お前本当にいいのか?このままで」


だけど、こうも直接的に俺に言ってくるとは思わなかった。それも、青峰が。黒子や黄瀬、桃井あたりならまだ納得もできただろう。だけど、少なからず予想はできる。こいつだけが、他のみんなとは違う受け取り方をしているから。


「…一体何のことかわからないな」
「んなわけねーだろ」
「……」
「お前がわからねえわけがねーだろ」
「…この話は終わりだと、あの日言ったはずだが?」


あの日、あの日、千加が部活を辞めた日。俺が千加を失った日。


「お前本当は解ってんだろ」
「…青峰」
「お前は認めたくないだけだ、解ってるはずだろ」
「黙れ」


知っていたさ、お前が本当は千加のことを心配していることも、お前が一番俺を怒っていることも。


「いつか、後悔するぞ」
「……」
「…俺は伊藤が可哀相でならねえ」


それだけ言い残して踵を返す青峰の背中を見ながら、俺はただ、あの日の千加の絶望した瞳を思い出していた。解っている、わかっているさ。お前に言われなくとも。誰よりも。俺だって千加にあんな顔をさせたかったわけじゃない。


――今のキミに、千加の一番を名乗る権利はありません。


やはり青峰も、黒子も、あれから口にしてはないがおそらく黄瀬も、紫原も、緑間も、桃井も、みんなみんな、今の俺たちをこんなにも悲しんでいるというのか。青峰の責めるような視線が、なぜか千加のあの日の問うような絶望の瞳を彷彿とさせるから、俺は、僕は、ぼくは、ただ空しくて空しくて泣きたくなった。







『昔、言ったはずだよ』


いつかのテツヤも、あの日の大輝も、そして今日この時の涼太も。そして、もちろん他のみんなも。特にテツヤは今でも僕を許してくれてはいないのだろう。テツヤは千加のことを本当に大切に思っているから。ああ、千加、きみは本当に解っているのか?きみは、こんなにもみんなに愛されているよ。


『たとえお前がどう思おうと勝手だが』
『………』
『千加は、ぼくのものだ。これまでもこれからも、ずっと』


あげない、あげない。譲れるわけなどない。僕の人生の一部を今更失うことなどできるわけない。誰かに明け渡すなんてできるわけがない。僕は一度ほしいと思ったものは絶対手に入れてみせるし、そして一度手にしたものは死ぬまで、いや死んでも離したりはしない。僕は何かに特別な感情を抱くことは極めて稀な分、それに対する執着心や独占欲は尋常ではない。一度愛したものは二度と手放したりはしないし、一生涯愛しぬくだろう。僕にとっては、それが千加なんだ。


『それに、涼太』
『……なんすか』
『僕は分かっているつもりだよ』
『…なにがすか』
『お前が千加に対して抱いている感情、それが恋ではないこと』
『……』


そんなきれいな感情、恋とは呼ばない。恋はもっと、苦く、息苦しいものだ。


『お前の千加への限りない好意は、ただの強い憧れだよ』


知っていたさ、お前が誰よりも千加に憧れを見出して、そのおもかげを追いかけ続けていることくらい。


『…あー、やっぱ赤司っちにはばれてたんすか』
『分かるさ、千加のことだからね』


誰よりも近くで、あの子を見ていたのだから。


『やっぱり赤司っちには敵わないッス!!』


当たり前だ、誰にも譲る気なんてない。千加の一番は、ずっとずっと、ぼくでなくては。テツヤはまだ許してくれてはないのだろうけど。


『やっぱダメだったッスね。せっかく、一世一代の宣戦布告したのにな〜』
『それは残念だったね』
『ちぇー』
『それに、実をいうと宣戦布告してきたのはお前だけじゃないよ』
『えっ』


思わずそうこぼすと、涼太は素っ頓狂な声を上げて、それから数秒沈黙した後、ひどく狼狽しながらことの真意を問いただした。


『ええええええ!?ちょ、どういうことっすか?!詳しく!!!』
『強いて言うなら、お前が一番最後だぞ』
『えっ、最後って、え?!』
『すでにみんなに宣戦布告されているんだ』
『ええええええええ!!!?』
『涼太、うるさい』


勿論、一番先手を打ってきたのはテツヤだよ、というと、涼太はええええええ?!さすが黒子っち!!って、また先手必勝っすか!俺また黒子っちに負けた!!!とキャンキャンわめいてあまりにうるさかったので、うるさい殺すぞ、というと瞬時に黙ったので、思わず小さく笑みがこぼれた。


『てか、えっ?!それって桃っちもすか?』
『ああ、あいつはお前の少し前に、わざわざ電話で小言を言ってきた』
『じゃあ、緑間っちとかは!?』
『真太郎は正確には警告だな。うかうかしていると盗られるとね。ちなみに敦はニュアンスは違うが拾ってもいいかとずいぶん前に聞いてきた』
『じゃ、じゃあ!!青峰っちは?!!!』


――…俺は伊藤が可哀相でならねえ。


『あいつは…』


お前の言うとおりだよ、大輝。「俺」は解っていたんだ本当は。お前の言うとおり認めたくなかっただけだ。


――お前らは、異常だ。


大輝の言うとおり、僕と千加は歪んでいる。依存も執着も、人並みではない。お互いがお互いを目隠ししているように、ひどく盲目的だ。僕らは互いしか見えていない。テツヤはそんな僕らを受け入れて見守っていたし、涼太は憧れすら抱いているようだし、他のみんなも受け入れているようだが、大輝だけは違う、僕らが異常なことをまっすぐにとらえていた。そして、そんな千加が可哀相だと。


――いつまで捨てとくんだよ。あんな、お前専用に仕込んで調教しておいて、あっさり捨てるのか、盲目的なまま放り出すのか。


ああ、すべてお前の言うとおりだよ。僕だけを見るように、他の誰かを見ることのないように、今まで死にもの狂いで余計なものを排除してきたんだ。誰も、僕らの間に入り込まないように、誰も僕から千加を奪わないように、ずっと、幼いころから必死だったんだ。だから、ずっと、いっしょだと、たくさんの約束で千加を縛って、過去も現在も未来すらも僕のものにしたかったんだ。僕の初恋は、純粋で一途で、恐ろしいほど歪んでいる。


――お前がそんなだったら、俺が奪うかもしれねーぞ。


誰が、お前なんかにあげるもんか。昔、千加を泣かせたくせに。


『ただストレートに、奪うぞ、ってね』


あの、僕にとって特別な赤い花が頭をかすめる。千加、きみは覚えているかい?


スターチス


早く、ぼくを見つけて。幼いころから、ぼくを見つけてくれるのはきみだけ。今も、ひとりで、きみがくるのを夢みてずっと待ち焦がれてる。きみが抱きしめてくれることをひたすらに夢みながら。


121210
不治のラヴ・シック






*余談
黄瀬が咬ませ犬すぎて泣ける。だけどこんな黄瀬くんが好きです。あと「お前専用に仕込んで調教」、これを言ってくれるのは青峰だけだと信じてた。


そして赤司は一度人を愛したら、ワニのように食らいついて死ぬまで一生離さないだろうと思ってました。だけど彼の誕生日の誕生花のひとつ、アイビーの花言葉は「死んでも離れない」だそうで。さすが、赤司くん。死ぬまでどころか死んでもとか、一枚上手でぶったまげたのはいい思い出。歪みねえ。