「征ちゃんちのお庭っていつも思うけど、すごいきれいだよね」


いつだったか、私が征ちゃんのおうちにお邪魔した時にふともらした言葉が発端だった。


「そう?」
「うん、すっごくきれい」
「まあ、そうだね」
「そういえば、ママの趣味、ガーデニングだったっけ」
「確かに、よく土いじりをしているな」


ママ(征ちゃんのお母様)はうちのお母さんとは違って、やさしくてお上品で、お料理やガーデニングとかが趣味で、よくおいしい手作りのお菓子と一緒に紅茶をいただいているけど、びっくりするくらいプロ顔向けになんでもおいしく作る人である。まあ、要はすごくお上品なお母さまなんだよ。征ちゃんちってたぶんお金持ちだし、なんていうか、ブルジョワ。征ちゃんママは洋風好きなようだが、征ちゃんパパは和風好きらしく、おうち自体はそこらへんをうまく折衷させたおしゃれな感じである。広いお庭の一画に、ママが趣向を凝らしているスペースがあって、そこは色とりどりのお花がメルヘンちっくにかわいらしく植えられていて、私はその場所が昔からお気に入りだった。


「私、この花、かわいくて好きだな」


そしてその中で、私が一番好きだった花があって。


「それなら俺も知っているよ」
「え、なんて名前?」
「スターチスだ」
「あ、聞いたことあるかも」


聞いたところによるとママもスターチスが好きらしく、藤色、白色、ピンク色など他の花よりもかなりたくさん植えられていたが、その中でとても目を引いた色があった。


「あ、赤色もあるんだね!」
「淡い色が主流みたいだけど、母さんはこの濃いめの赤色がお気に入りらしくてね、これに一番目をかけているみたいだな」
「そうなんだー」
「千加、この色のついているところは咢で、この白いのが花びららしいよ」
「征ちゃん、よく知ってるんだね」
「こいつに関しては、母さんが繰り返し口にするからな」


そういって征ちゃんはその時のママの様子を思い出したのか、くすくすと笑って赤色のスターチスに少しだけ触れた。


「赤は、征ちゃんの色だ」
「…千加は、馬鹿だね」
「なんとでもいえよ」


単純明快な脳みそで悪かったなってふくれてみせると、征ちゃんはまたくすくす笑って、それでこそ千加だろう?となんとも失礼なことをのたまった。うるせー、どうせ私は単純だよ。


「母さんがこの花を植え続けているのは、父さんのためらしいよ」
「え、そうなの?」
「一番赤色にこだわるのも、そのせいだろうな」


父さんと結婚してからずっと、続けていることらしいから、って征ちゃんはとてもこそばゆそうな、そしてどこかうれしそうな笑みを浮かべた。ああ、そうなんだ、これはママからパパへの、愛の証なんだね。……今、私超さむいこといったよね、洒落が利きすぎて笑うわ。


「だから、この花はこんなにも人を惹きつけるんだね」


なんてきれいで素敵な話だろう。穏やかなママの笑顔を思い浮かべて、私も征ちゃんのようになんだかこそばゆい思いが少しだけした。幼いころ、このおうちに預けられることの多かった私は、征ちゃんとまとめてママに育てられたようなもので。私にとってママは第二のお母さんだと思っているから、少しは征ちゃんの気持ちが分かるような気がした。


「ね、千加」
「なーに?」
「俺と結婚したら、千加も植えてくれる?」
「えっ」
「千加は大人になったら、俺と結婚してくれるんだろう?」
「……本気で言ってる?」
「俺がこんな冗談を言うとでも?」
「……征ちゃんが、本当に私と結婚してくれるなら、いいけど」
「っふ、その言葉忘れないでよ、千加」


まさか、この年になって改めてそういわれると思ってなかったから、唐突すぎてほんとうに驚いたが征ちゃんは冗談を言ったふうでもなくて、先ほどのように穏やかに笑うから、なんだか私のほうが恥ずかしくなってしまった。征ちゃんが覚えているとは思わなかったからびっくりしたなあ。あんな子供の頃の口約束を、大事に大事に心の中にしまっていたのは私だけじゃなかったんだね。もしも、もしも私がいつか赤司千加になったら、そしたら、赤いスターチスをいつまでも。







「スターチス、か」


征ちゃんも、忘れていなかったの。ママがスターチスを植え続ける理由、征ちゃんの笑顔、擦り切れた未来への約束。全部ひっくるめて、その一言に何もかもをこめているとしたら、私はやっぱりもう一度勇気を出してあなたに触れなくては。


「…スターチス、ですか」
「うん、多分あのことを指しているんだと思う」
「キミには何のことか解ってるんですね」


征ちゃん、私たちは数えきれないほど約束をしてきたね。ずっと、いっしょ、それを破ったのはあなただと思っていた。私の手を先に振り払ったのはあなたのほうだと、そうやって心の中であなたを責めていた。だけど、それは私の傲慢にすぎなかった。確かに、先に私を拒絶したのは征ちゃんのほうだ。だけど、それでもきっと、私は変わってしまうべきではなかったのだろう。征ちゃんが何度私の手を拒んでも、私は手を伸ばしているべきだった。きっと、征ちゃんはそれを望んでいたんでしょう。変わらない私でいてほしかったんでしょう。強さと正しさの仮面の向こうの、素顔のあなたの本当を私は知っていたのにね。


「スターチスの花言葉はね」
「…はい」


征ちゃん、間違えてごめんね。今度は、もう二度と間違わない。


「私の心は変わることなく、あなたを思っています」


どうか素顔のあなたで泣いてよ、征ちゃん。あなたが生まれ落ちた日のように、強く、喜びと不安と愛をとめどなく吐き出しながら。そしたら、昔あなたが私をなぐさめてくれたように今度は私があなたを抱きしめてなぐさめてあげよう、いとおしい赤いスターチスを傍らに。


121209
花びらで抱きしめて






とんだ捏造てんこもりですみません。完全にイメージです。たけど、たぶんブルジョワってのはわりとまじだと思います。


スターチス(別名リモニウム、ハナハマサジ)の花言葉:永遠に変わらぬ心、変わらない誓い、私の心は永遠に変わらない、永久不滅 など。自分なりの解釈でちょっと改変しています。