『もしもし、赤司っちッスか?』
『……涼太、一体何の用かな?』


これは、宣戦布告。







伊藤っちは、俺の憧れだった。


「赤司っちと伊藤っちって付き合ってないんすか?」
「は?」


俺がそんな質問をすると、赤司っちは意外にも少しだけ目を見開いて、虚を突かれたといった表情を浮かべた。ちょ、これ超レアじゃないッスか。


「藪から棒に何だ、黄瀬」
「いやあ、あれだけイチャイチャしているわりには、なんかちょっと違うっていうか」
「…何が言いたい?」
「え、ちょ!キレないで赤司っち!」
「別にキレてなどいないが?」


その割には眉間にしわが寄ってるんすけど、すごく目つき悪いんすけど、なんか瞳孔開いてるんすけど!こええええええ!!


「いやあー、ふ、深い意味はないッス!!」
「…違う、というのはどういう意味だ?」
「あ、いやあー、……そのお」
「はっきり言え」


だからこええええええええって!!!なんなんすか、伊藤っちのことになるとすげえ沸点低いのどうにかなんないんッスかねええ。黒子っちが伊藤っちのことに口出ししてもかなり温和な対応なのに、なんで俺はだめなんすか!助けて、黒子っちー!


「ああ、いやー、付き合ってるっていうのには、なんか、…色気?がないなあーっと……」
「……」
「…お、思いまして、……ハイ」
「……………」


無言こええええってだから!こ、これは俺死亡フラグ立っている気がしてやばい、超やばい。なんか一瞬、目をかっぴらいていたし、人殺せそうな勢いだったし、まじこわい。


「…まあ、俺と千加は付き合っては、いないが」
「え!」
「だが、」
「…え?」


シュッ!!!!


「…………え?」


いいいいいい今、ものすごい勢いでバスケットボールが顔面スレスレを横切ったー!!!!スレスレでなんとか避けたが、この距離(赤司っちと俺の距離、大体二m強)でそんな剛速球ぶっ放すなんて、これむしろ俺よく避けたと褒め称えたいくらいである。ていうか、本気でぶん投げたっすよね?え?俺そんなやばいこと言ったんすか?モデルにとってこの顔は商売道具なんで、正直顔面キャッチは勘弁してほしいっす。あんなの食らってたら確実に鼻が折れていた。


「ななんな!?なにするんっすかいきなり!!!」
「避けるとはいい度胸だな、黄瀬」
「えええええ?!そんな無茶苦茶な!?」
「黄瀬、今日お前メニュー5倍」
「5!!!?」


なんて理不尽。今日の俺、死亡確定。


「たとえお前がどう思おうと勝手だが、」
「………へ?」
「千加は、俺のものだからな」


ちょっとチャンスとか思ってたのばれてた。







あれは、いつのことだったか、俺が伊藤っちに出会ったのは。


「あ、あなたが新しく入った人?」


そうだ、確か中二の春、俺がバスケ部に入部したときのことだった。


「どうも」
「伊藤千加、二年生です。よろしくお願いします」
「あ、俺も二年なんで、敬語じゃなくていいすよ」
「あ、うん、ありがとう」
「俺は、黄瀬涼太っす、よろしく、伊藤サン」


初めは、特にどうも思わなかった。結構かわいいマネジだなーってくらいしか、印象は持っていなかった。伊藤っちは心を開いている相手には明るくふるまうが、それ以外の人に対しては丁寧で控えめの対応をするので、ほとんどの人は彼女に対して大人しい印象を持つだろう。現に、俺も初対面の時はそんな印象を受けた。


「一軍へのスピード昇格、おめでとう」
「どうもっす」


初対面はそれだけだった。


それが少しずつ変わったのはいつだっただろうか、よく分からない。俺の中で彼女は、少しずつ少しずつ独特の位置を占めるようになっていた。友達でもあり、部活の仲間でもあり、憧れでもあり。言葉では、うまく言えない人。あー、でも正直、ちょっと、ほんのちょっと、好きだったかもしれない。果たして、俺の伊藤っちへのこの限りない好意の中に恋情が含まれているのかどうかは、俺でも正直言って判断付きかねることだった。


「征ちゃん、好きだ!」
「分かってるよ、千加」


伊藤っちが赤司っちを好きなことは見ていればすぐに分かることだったし、誰もが知っていることだった。そして、赤司っちも伊藤っちのことを同じくらい好きなことも見て取れるほどだった。…いや、同じくらいというのは語弊があるだろう。たぶん、伊藤っち以上に、赤司っちは彼女のことが好きだ。たとえそれが幼い恋の延長線上にあるのだとしても、それでも変わらず二人はお互いしか見ていなかった。


「黄瀬くんって、イケメンだったんだね」
「どういう意味ッスかそれ?!」
「ごめん」
「ごめんてちょっと!」


彼女の一番は、赤司っちだった。俺のすべてをもってしても、彼女の中の赤司っちには絶対勝てない。


「ちょっと、征ちゃん、今手痛めたでしょ」
「…千加に隠し事はできないな」
「ほら、手、出して」
「ああ、ありがとう」


俺はそんなふうに想い合えるふたりが、なぜか正直言って羨ましかった。今まで俺は、誰かにあんなふうに想われたことがあっただろうか、誰かをあんなふうに想ったことがあっただろうか。…答えは、分かり切っていることだった。


「黄瀬くんってわんこみたいだねー」
「どういう意味ッスかそれ?!」


女友達というものが俺は極端に少なかった。もちろん、いないわけではない。だけど、男女の友情なんて、下心抜きに成り立ちうるのは本当に稀なことだ。俺の今までの経験上、やっぱり親しくなれば、向こうが俺に恋愛感情を抱くことが多くて、本当の友情なんてものが成り立つことなんて今までほとんどなかった。だけど、伊藤っちは例外だった。彼女にはすでに絶対的一番が存在していて、どれだけ親しくなっても彼女が俺を好きになることなんてありえなかった。彼女は、絶対に俺を好きになることはない。それが正直めんどくさくなくて、心地よくて、楽だった。


「伊藤っちー!!!」
「だから、なんで抱き着くの黄瀬くんは!」
「あー、伊藤っちがかわいいから?」
「えっ」
「…ほう、黄瀬、そんなに死にたいのか?」
「あ、赤司っち!!?すんませんッスー!」
「せ、征ちゃん、ハサミはさすがに危ない」


好きで、大好きで、幸せでいてほしくて、笑っていてほしくて。




――泣けるなら、泣いてしまえるなら、本望だ。







『この前、伊藤っちに会ったッスよ』
『……そう』


特別な、ふたりだと思っていた。憧れだった、羨望だった。俺もあんなふうに追いかけられたい、想われたい。彼女は、俺の中で特別な存在だから、届かないきれいな憧れだから、だからずっときれいでいてほしい、しあわせでいてほしい。――だけど、あんたが彼女をもういらないというのなら、本当に手放してしまうというのなら。


『なんで俺が電話したか分かってるでしょ、あんたなら』
『…はっきりいいなよ、涼太』


――でもね、要らないって言われたから。


『あんたの一番大事なもの、俺がもらってもいいッスか?』


これは、絶対的一番への、宣戦布告。


121208
此れが恋だと云ふのなら