秀徳に勝利し、インターハイ決勝リーグを控えたある日、今日はプール練ということで、マネージャーとしてそれほどすることのない私は、その間にテーピングなどの備品の補充の買い出しに赴いていた。一通り目的のものも買え、午後練のために学校に向かっていた。そうして恐ろしく偶然に出会ってしまったのが、この二人。
「あ!」 「あ?」 「え?」
桃色のあの子と、青い人。
「千加ちゃん!!!」 「さっちゃん、青峰くん…」 「……」
私に気付いて、中学の時と変わらずに私に抱き着くさっちゃんを支えながら、こちらを刺すように鋭くにらむ青峰くんの視線に、ただ恐ろしくなった。
「…あおみね、くん」
勘違いしては、いけない。たとえテツくんや黄瀬くん、緑くんが私を許してくれていたとしても、それは彼らがやさしすぎるから。私は、うらまれていてもおかしくないのだ。寧ろ、青峰くんのほうが真っ当な対応なんじゃないだろうか。私は、あの三人のやさしさに甘え続けている。
「…つまんねーやつの顔見たら萎えた」 「え!?ちょっと大ちゃん!」 「さつき、俺帰るわー、じゃあな」 「ちょっと!!」 「……」
青峰くんの視線がただただ痛かった。
*
「ご、ごめんね、千加ちゃん!」 「ううん」 「大ちゃんも、あのね…素直になれないだけなの!」 「…うん」 「だから、……だから」 「ありがとう、さっちゃん」
ごめんね、ごめんなさい。みんなから逃げ出したこと、バスケを放り出したこと。バスケを誰よりも誰よりも好きな青峰くんだからこそ、私のことが許せないのかもしれない。
――伊藤!1対1しようぜ!!
諦めること、立ち止まることを、青峰くんが憎らしく思っていることを私は知っていたのに。せっかく認めてくれていたのに、失望させてしまったことを私はもっと自覚しなければ。だから、むしろ、きっと、直情的に私を責めてくれる青峰くんを、きちんと受け止めなければならない。
「青峰くんは、悪くない。悪いのは、全部私だから」 「千加ちゃん…」 「さっちゃん、あのさ」 「うん…」 「ずっと謝りたかった、ずっと」 「…千加ちゃん」 「逃げ出してごめんなさい、放り出してごめんなさい」
あの時、征ちゃんにいらないと言われた日、さっちゃんは私を強くかばってくれた。勿論、ほかのみんなも。征ちゃんに睨まれても諌められても、少しもひるむことなく。私は、あの時不謹慎にもうれしいと思っていた。ああ、ただ征ちゃんを追いかけていた人生の中にも、私はちゃんと何かを残せていたんだ、と。征ちゃんのない私なんて、空っぽになってしまうじゃないかって思っていたから。だけど、そんなことはなかった、みんなちゃんと私を見ていてくれたんだなあって。征ちゃんにはいらないと言われてしまったけれども、私にも何か、きっと何か意味があるんだと。征ちゃんが、私のすべて、なんてそんな狭量なままじゃ、傲慢なままじゃだめなんだと思った。
「さっちゃん、あの時かばってくれてありがとう」 「千加ちゃん!」 「ずっと言いたかったの…!」
泣いているさっちゃんを慰めながら、泣きたいけれど泣けない苦痛がやはり私を責め立てていた。これは、罰なのだろうか。ああ、この行きどころのない感情は、思いは、一体どこへ行けば。
「千加ちゃん、私、全然怒ってないよ」 「さっちゃん」 「だから、もう自分を責めないで」
ありがとう、ごめんね。私の人生は常に征ちゃんと共にあった。だけど、みんなはちゃんと私を見つけてくれていたんだなあって、ああ、私やっぱりこんなにもみんなに心配させてしまっていたんだね。あそこは、ちゃんと、私の居場所だった。もう取り戻せないけれど、ずっと大切な。
「ありがとう」
*
私は、赤司くんと千加ちゃんは運命の二人なんだと思っていた。
「千加ちゃんは本当に赤司くんのことが好きなんだね」
いつのことだったか、思わずそうもらしたとき、千加ちゃんは大きな瞳をまんまるにして、そうして急にびっくりしたーっていいながら、それから表情をやさしくほころばせた。まるで、花が開くような、それは恋する女の子の表情だと思った。
「うん、私は征ちゃんが大好きだよ」
なんのてらいもなくそんなふうに心の底から想える相手で、そして見ている限り赤司くんもおんなじくらい千加ちゃんを大切に大切に想っていて。私はそんなふたりがとてもうらやましかったし、もしも本当に運命の赤い糸があるなら、それは確実にふたりをつないでいる糸なんだろうなあって、そんなふうに思っていた。
「同じ幼なじみでも、私たちとは全然違うよねー」 「さっちゃんは、テツくんが好きなんだよね?」 「うん!テツくんってやさしいんだもん!」
そういえばテツくんと言えば、前に私が赤司くんと千加ちゃんは運命の二人だよね!なんてつい言ってしまったとき、テツくんは二人のことを「完成された一対」だとこぼしていたことがあった。文学少年のテツくんらしいきれいな言葉だと思った。きーちゃんは、確か「特別なふたり」だって。
それなのに。
――どうして!?赤司くん、なんで千加ちゃんにあんなこと言ったの?! ――……桃井、もうその話は終わりだ。 ――千加ちゃんがいらないなんて、そんなの嘘でしょう! ――…俺は同じことは二度、言うつもりはない。意味、分かるな?桃井。 ――赤司くん!!! ――みんなもいいな、今後千加の話は二度とするな。 ――…どうして、赤司くん!!? ――俺は、……全て正しいんだ。
嘘だと思った。大ちゃんはただ怒っていたし、テツくんは悲しそうだったし、きーちゃんはただ困惑していて、みんなそれぞれ戸惑っていたけれど、私は、ただただわからなかった。なんで、赤司くんは、あんな。分からなかった、どれだけ考えても私にはその意味が解らない。どうしてあんなに大切そうに触れていたものを、あんなにも冷たく手放してしまったのか。あのとき、千加ちゃんは赤司くんにいらないと言われて、見たこともない表情を浮かべて、そうして赤司くんと数秒見詰め合って、それから何かを悟ったかのように淡く微笑んで、みんなに「ありがとうございました」と一礼して。そうして、それから千加ちゃんが二度と部活に現れることはなかった。
私は、今でも分からない。
「千加ちゃん、誠凛に行ったんだね…」 「…うん」 「テツくんといっしょなんだね」 「うん、偶然ね。お互いびっくりしたよ」 「千加ちゃんとテツくんって似てるもんね!」
千加ちゃんはもっと明るくて、無邪気で、いつも笑顔で。いつも幸せそうに笑う、そんな女の子だった。でも、今は。
「さっちゃん、またね。また、試合で会おう」 「…うん!またね、千加ちゃん!」
今の千加ちゃんには、何かが欠落している。笑顔を浮かべてもどこか遠い。ああ、やっぱり私にはわからない。どうして、こんな、こんな悲しい。
――あれじゃ、伊藤が可哀相だ。
ねえ、大ちゃん、千加ちゃんはどうやったら笑ってくれるんだろうね。私にはわからないよ。ああ、花がほころぶような恋する女の子の笑顔で、千加ちゃん、あの頃のようにもう一度、笑って。
121207 ころした痛みはどこへゆくの
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