誠凛高校のバスケ部にマネージャーとして入部して改めて思ったことは、やっぱり私はバスケが大好きなんだということである。たとえ一緒にプレーできないとしても、ただ見ているだけでサポートしているだけで、ただそれだけのことでわくわくしてしまうのだ。ボールがネットをくぐる瞬間や、ボールの跳ねる音、バッシュが床をすべる音、たったそれだけのことで私は、いつだって心からうれしくなる。


「千加さん」
「テツくん」
「どうですか?」
「そうだね。分かってると思うけどテツくん、また左手首のくせ出てるよ。気を付けないとまた傷めちゃうよ」
「はい、すみません」
「あと、踏み込みがちょっと甘いかも」
「気を付けます」


しみついた癖というものはなかなか抜けないものだ。すぐ改善できるものもあれば、どうしても思い出したころに再発してしまう癖というものは必ず誰しもある。テツくんのほんの少しだけ焦ったような表情に少しだけ笑った。とりあえず、良くも悪くもあまり変わっていなかったテツくんに少なからず安堵したというのが本音だ。私は中学三年の春先にバスケ部を退部してしまっていたので、テツくんが中三夏に退部したとはいえ、テツくんのプレーを目にするのは私にとってはほぼ一年ぶりなのだ。成長したところも勿論あったし変わっていない部分もあったので、ともかくは昔と今のイメージの修正を図ってみたのだが、変わらぬ癖に呆れつつもなんだかうれしかったのだ。とはいっても傷めてしまうと困るので、後でちゃんと腕をマッサージしてあげようと思った。


「それから、火神くん」
「なんだよ」
「きみは少し身体が硬いね。力入りすぎてる。ジャンプしたときに脱力するタイミングをもっとうまく合わせられたら、もっと高く飛べるはずだから意識してみてね」
「……おう」


パッと目についたテツくんと火神くんに軽くアドバイスをしてみたが、どうやら素直に受け取ってくれたらしく少し安堵。よかった。やかましいとか思われたらどうしようかと思った。あんまり口出しするのもよくないだろうか。テツくんは大丈夫だろうけど。そういえば一年ぶりにテツくんの練習姿を見るが、随分基礎能力が上がっている気がした。それもそうだ。私は去年一年間のことを知らないのだから。だからきっと、他のみんなも恐ろしいほどうまくなっているのだろう。そんなことを想像して、変わらぬ自分の心の弱さと突きつけられ続けてきた限界を前にどうしようもなくただ歯噛みした。縮まるどころか、差は開くばかりだ。


「……千加ちゃん、ちょっといいかしら」
「リコさん」


練習風景を観察していると、何故だか瞳をキラキラさせているカントクに声をかけられた。それにしても、どうしてそんなにうれしそうなんだろうか。キラキラしすぎてちょっとこわいと思ったのは内緒である。







「はーい!みんな集合ー!!!」


カントクが号令をかけると、練習をしていた部員たちが一様に集まってきた。カントクは相変わらず瞳を爛々とさせていて、その表情を見た部員たちが幾分か不安げな表情を顔に浮かべていた。私だって不安なんですが。


「個人練のとこ悪いけど、今日は予定変更してミニゲームをするわ!」
「急にどうしたんだカントク」
「とりあえず試合のスターティングメンバーの五人と残りのメンバーで対決してもらうわ!」
「無視かよ!」
「あとでメンバーは入れ替えるけど、とりあえず最初はそれでいくから、みんな準備して!!」
「おい」


カントクはキャプテンを見事に総スルーして、そして相変わらず爛々な瞳を私に向けて、なんともかわいらしくばちん☆とウィンクをした。不安しか出てこないんですけど。


「千加さん」
「テツくん。がんばってー」
「千加さんも、がんばってください」
「…あい」


テツくんて、やっぱすごいよねー。




メンバーを入れ替えて三ゲームほどしたところで、再びカントクから集合命令が出たのでみなさんがぞろぞろと集まってきた。カントクのキラキラ具合は何故か3倍増しになっており、私は顔面が蒼白になるのを感じた。……ああ、これから私の公開処刑が始まります。


「みんな集まったわね!」
「おう。で、なんなんだよカントク」
「ふふふ!それはね、今から千加ちゃんが説明してくれるわ!」
「伊藤?」


皆さんからの視線を一斉にもらって、私は思わず恐縮してしまった。なんだろう、本当に。こわいこわい。ああ、テツくん、そんな顔しないでください。ありがとう、私がんばります。


「あー、えっと、皆さんのプレーを一通り見させて頂きました。まずお疲れさまです」
「じゃあ、まず日向くんからね!」
「ん?」
「……はい。では、まずキャプテンから」
「なんなんだよ?」
「キャプテンはクラッチシューターですね。推測ですけど、勝負所はいいタイミングで脱力できているんだと思います。スピンも申し分ない。けれど非勝負所では若干力が入ってますね。あと放るタイミングも僅かにずれてます」
「……は?」
「それから全体的なスピードは速いほうですけど、ただスタートダッシュが苦手ですね」
「………当たってるんだけど」
「あと、もしかして視力は右目の方が悪いですか?」
「…そうだな、左よりも0.2ばかし悪いかな」
「おそらく効き目が右なんですね。普段右に頼っているせいで、左側の反射速度が右よりも若干遅いので注意してください」


ああああああ、やってしまったー。カントクは相変わらず爛々どころかビーム出そうなほど目ぴかぴかしてるし、皆さんは唖然というかなんていうかすごい表情してるし、テツくんは心なしかにやにやしてるし。ああ、もう本当にね。全部あなたのおかげですよ。


「ふふふふふ!!」
「こんな感じでいいですか…リコさん」
「上出来!!!!」
「ありがとうございまーす」
「いやこえーよ!!どういうことだよカントク!」


上出来をいただきました。わーい。カントクはすっごい顔してる。もうあれは発電できるんじゃないかってくらい光っている。ぴかぴか、すごい。


「千加ちゃん、あなたやっぱりすごいわね!儲けもんだわ!」
「あ、どうもです」
「いや!説明してよ!?」
「説明、…どういいえばいいのか……」


助けてテツくん……!と、思わずテツくんに懇願の視線を投げかけると気づいてくれたテツくんはしょうがないですね、と言った風にひとつだけため息をこぼして、それからわずかに苦笑した。ああ!いつだって私のきもちを汲み上げてくれるそんなテツくんが心から大好きです!!


「簡単に言うと、千加さんには”見る目”があるといいますか」
「どういうことだ?黒子」
「カントクの目とちょっと似ていると言えばわかりやすいですかね」
「伊藤が?」
「中学時代から彼女はマネージャーでもありましたが、ある意味コーチ的存在でもあったんです。勿論彼女自身バスケの実力がありましたので、時にはテクニックとかも指導してはいましたが、メインとしては身体面の指導ですね」


つまり、先ほどキャプテンについて言っていたようなことです。どうすれば最大限の力を出せるのかを見抜くことができますし、またあるいは身体上のウィークポイントや癖なども彼女は見出すことができます。大体そんな感じです。そういって言葉を切ったテツくん。ああ、なんだか恐縮してしまう。それからテツくんがふわりと一瞬だけ、本当に一瞬だけ微笑んでくれるものだから、ますます恐縮してしまった。テツくんてば本当に征ちゃん並みに私に対して甘いんだから本当に困っちゃうわ。


「ありがとー、テツくん!」
「いいえ」


昔からずっと思ってたんだけれど、テツくんは本当に私を理解してくれているね。征ちゃんは私のすべてを見据えるけれど、テツくんは私のすべてを汲み取るのだ。似ているようで本質的には全く異なるから、本当にテツくんはすごいね。


「じゃあどんどん言ってってもらうわよ!じゃあ次は伊月くんのことね!!」
「……がんばりまーす」


テツくん、あのね。私のこの”目”は本当は私のものなんかじゃないんだよ。これは本来私にはない力だった。だけどもしかしたら、テツくんもうすうす気づいているのかもしれない。身体上の癖やウィークポイントにおける、私のこの”見抜く目”は、征ちゃんが私に仕込んだものだった。


――千加、見抜けるかい?


最高の柔軟性やスピードを発現するための最良の筋肉の緊張・弛緩のタイミングだったりとか。両足や腰、腕、手首、指先に至るまで、身体全体をどのように生かし動かすのか、個人の癖、ウィークポイントの改善点を見抜いたりとか。征ちゃんみたいに一瞬で見抜くことはできないけれど、一通り観察してそこから少しだけ分析を加えれば大体は見出すことができるようになった。


――だけどね、本当に”見る目”があったのはやっぱり征ちゃんの方だったんだ。テツくんの才能を見出したみたいに、ね。私には、なかったもの。身に付けた、鍛えた、養ってきたということ。つまるところ、私はあくまで征ちゃんのコピーにすぎないということなのだ。私はあくまで征ちゃんのなり損ないでしかない。このことだけではない。下手をすると私のバスケはすべて征ちゃんによって作られたと言ってもおかしくはないくらいなのである。私のバスケは征ちゃんの存在なしではできていないのだから。征ちゃんが私に及ぼした影響力、私に仕込んだもの、残したものはありすぎるくらいある。


私は所詮、征ちゃんの駒のひとつにすぎなかったのかもしれない。そんな考えがよぎって、どうしようもなく泣きたくなった。


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すべては君と落っこちた