きみの大切な人にはなれないよ。


「ねえ、キャプテン」
「なんだ」
「なにしに行くの?裏町にはあんまり行くなって、」
「探している女がいる」
「おんな?」
「情報屋の女で、ルーシィというらしい」
「らしい、ってことはキャプテンはそのひとを知っているわけではないの?」
「ああ」


裏町は、まさに“裏町”の名にふさわしく、きらびやかであやしいネオンの光る店が並んでおり、娼婦らしき女を連れた金持ち風の男や海賊らしき連中がそのへんにごろごろいた。娼館といった風の店と遊郭といった風の店と、賭博場や酒場などが所せましに並んでいる。まさに夜の街。表町とは一線を画すその独特の雰囲気におれは少し気分が悪くなった。まるで、欲望のかたまりのような町だな。


「あれ?キャプテン、あれシャチじゃない?」
「どこだ?」
「ほら、あそこ」


ベポが指差した方向には確かにシャチがいて、さっそくいくらか酒を飲んだらしく酔っているふうであった。…あいつ、おれの忠告覚えてるんだろうな。とも思ったが、とりあえず今はシャチのことよりも情報屋の女のことが優先だ。ログがたまるのは27時間後で、すでに上陸してから3時間が経過しているから、ログがたまるまであとちょうど1日ということになるな。


「シャチ」
「うお!船長じゃないれすか〜」
「ろれつ回ってないよ、シャチ」
「ベポもいんじゃん!ベポも飲もうぜ〜」
「遠慮しとくよ」
「シャチ」
「なんすか〜船長」
「お前、女と一緒ではないのか?」
「あー、これからひっかけようと思って」
「そうか、これから、か」


やはり接触はしてないようだな。もしかするとと思ったんだが、娼婦でもない女が、いや娼婦かもしれないが、そんな女がシャチに接触する確率なんて0に近い。だが、わざわざシャチをピンポイントで接触するとしたら。それは、つまり。


「あ、」
「あ?」
「そういえば、さっき声かけましたよ女に」
「どんな女だ?」
「そうですね、すっげ強気そうな女ですね」
「強気?」
「目力があるっていうか、賢そうっていうか。イイ女でしたよ。だから思わず声をかけたんすよ」
「…ほう」


それは、つまり。もしかするとおれに会う気があるのでは、ということだ。


「あときれいなインディゴの瞳ときれいな銀髪をしてましたかね」
「え、銀髪?」
「どうした、ベポ」
「……」
「ベポ?」
「…ううん、なんでもないよ」







「もう、どっか行っちゃったのかな」
「…さあな」


シャチと別れてから、シャチが会ったというあたりに向かった。つい30分ほど前のことらしいから、もしかしたらまだその辺にいるかもしれない。とシャチは言っていた。そうは言っても、シャチの言う“イイ女”なんてそのへんうじゃうじゃ歩いてるし、強気そうな女なんてのもそこらへんに歩いてる。ただ、賢そうで、かつ銀髪の女なんて少しも見当たらない。銀髪なんてもんは珍しい髪色だし、この島で銀髪のやつは一切見かけていない。だからそんな女がいるとすれば、すぐにわかりそうなものだがな。


『ハートの海賊団』
「!」


後ろを振り返ると、女が立っていた。不覚にも背後にいることに気付かなかった。それは、銀髪でインディゴの瞳をした女であった。…シャチの言っていた女だと、すぐにわかった。強そうで賢そうな、イイ女。想像していたのと少し違っていたが、おれの探している女に違いはない。そう、直感が告げていた。


『私を探しているのはお前か?トラファルガー・ロー』
「お前が情報屋で、ルーシィという名前ならな」
『いかにも、私だよ』
「…知りたいことが、ある」


すると、女は長い瞬きをしたあと、ふぅと息を漏らした。そして、その瞳をおれに向ける。


『残念だが、お断りする』
「なぜだ」
『…私は、客を選ぶんでね』


女はにやりと、意地悪く笑った。それがひどく不快で思わず眉をひそめると、女はさらに笑みを深くした。


「ねえ、じゃあおれが質問してもいい?」
「ベポ」
『…聞くだけなら。どうぞ?』
「お嬢さん、もしかしておれと会ったことある?」


今度はベポに対してにこりと笑った女は、はっきりきっぱりと『いや、ない』と、そういった。しかし、ベポはその回答では納得しなかった。首をひねり、思案しているようだった。


「…そうかな、本当に?」
『では聞くが、なぜそう思った?』
「うーん、確かに声とかしゃべり方とか瞳の色とか身長とか、全然別人なんだだけど、…その銀髪は見覚えあるよ」
『同じ銀髪の人間もいるだろう』
「うん。でもね、全然顔も背格好も違うけど、……でも、“におい”が一緒だよ」
『…におい?』
「うん、この前会ったお嬢さんと同じにおいだよ!」


“におい”。ベポらしい回答であったが、これにおいては信憑性がある。女はしばらくあっけにとられた様子で、だが確かにどこかうれしそうに笑った。風に揺れる銀髪が、ネオンの光を反射していた。そしてその髪をさらりとかき上げると、おれを見てさらに笑った。今度は不快ではなかった。


『ふふ、においとはしてやられたわ』
「そうだろうな、ベポならではの答えだ」
『さすがにくまさんの鼻は欺けなかったようだな』
「じゃあ!」
『そうだ、この前はどうもありがとう、くまさん』
「あの手紙の送り主もお前か」
『そうだ』


ならば、つまりこの女があの手紙の送り主であるとすれば。


『くまさんに見破られたからな。トラファルガーの知りたいこと、応えることにするわ』
「情報屋、いやルーシィ」
『なにかな?』
「お前の目的はなんだ」


この女はもしかすると、最初からすべてこうなることを見越していたのではないかと、そんなふうに感じた。いや、むしろそうであるよう仕向けたというべきかもしれない。ただ、ベポの回答は予想外だったらしいけれども。そうでなければ、つじつまが合わない。おそらく以前ベポに会った時から、いやもしかするとそれよりもずっと前からずっと、おれに期待していたのかもしれない。


『私はただ、勝ちたいだけだよ』


ゼロへ終わりにいこう


111125