分かっていたことだが、それでも。
女の手紙の信憑性はもうほぼ疑いようもなく、忠告に従ってもいいのではないだろうかと思うようになった。もちろん、すべてを信じたわけではないが、だがベポが信用したいというこの女であれば、そしておそらく偽りを恥じるような賢い女だというおれの印象に従うならば、このままこの手紙の内容を受け入れるべきなのでは、と。まあ、わざわざ海軍の将校に会ってやる義理もねえしな。
ただ、おれが気になったのはこの女はおれを、おれたちを試しているような、ふとそんな気がしたということだ。君子危うきに近寄らず、というが、果たしておれたちがいわゆるその“君子”であるのか、まるで試すような、そんなふうに受け取れた。
『いらっしゃいませ』 「『エヴェレット』って酒場はここか?」 『そうです、海賊の方ですかー?』 「そうだ」
あの後、じいさんは「情報がほしいなら、表町と裏町の境目にある『エヴェレット』って酒場に行くとええでー」と言った。なぜそこでないとならないのかを尋ねるとじいさんはたいそう朗らかに笑って、「あっこにはそら優秀な情報屋がいるらしいんじゃが、まあ、会えるかどうかはあんたの運次第じゃの。そいつは客を選ぶらしいからな」と、そう言っていた。情報といえば酒場であるし、情報を持っていて損はない。それに、このグランドラインにおいて無知というやつは最大の弱点とも言うべきだろう。それにその「そら優秀」とかいう情報屋にも実は興味がある。
「ここに優秀な情報屋がいると聞いたが、いるか?」 『え?…ああ、もしかしてルーシィさんのことです?」 「名前は知らねえ」 『たぶんそうだと思いますよ。でも生憎彼女は今夜はいませんよ』 「そいつは、どこにいる?」 『さあ、私は酒場の一従業員ですから、彼女の日程は把握しておりません』
どうやら、今夜はいないらしい。じいさんは客を選ぶといっていたが、もしかするとおれに会う気はないのかもしれないな。
「そうか、助かった」 『いえいえ、どうぞごゆっくり』 「…おい」 『なんでしょうか?』 「……いや、なんでもない」
そういうと、女は怪訝そうな顔をしてから、やがて忙しなく給仕の仕事に戻って言った。…いや、まさかな。などと、思案していると酒場の店主に声をかけられた。大柄で目の垂れたひげ面のその店主はかなり豪胆ななりをしており、店内には海賊らしき連中やかなりガラの悪いやつもいたが、この男ならそんな連中も一ひねりできそうなそんな感じがした。
「あんた、海賊の人かい?」 「そうだ」 「そうか、俺も昔は海賊だったんだ」 「…なるほど」 「今じゃ酒場の店主だが、案外楽しくやってるんだ」 「おっさんだったら、あのへんの連中も一ひねりできそうだなと思ってたところだ」 「ふはは!確かにな、あれくらいならまだ俺でものせそうだな」
まあ、その連中はいかにもゴロツキ程度にしか見えなかったが、だからこそこの店主のいるこの酒場で飲んでいるのかもしれないと思った。裏町は裏町で、将校が出入りしているようだから面倒事を避けるためには賢明な判断と言えるだろうな。
「あんた、さっきうちの従業員と話していたが…、ほらあのパールグリーンのきれいな髪の娘だよ」 「ああ、ちょっと情報屋について聞きたくてな」 「なるほどな、ルーシィさんのことか」 「そうだ」 「そういえば、最近裏町で見かけたと聞いたな」 「裏町?」 「ああ、確か娼館のある区画でらしいが」 「そうか、助かった」
店主に酒を勧められたが断って、とにかく酒場から出ることにした。裏町、か。船員には将校には注意しろとは言っているが、あいつら騒ぎを起こしてなきゃいいがな。娼館ね、もし本当に情報屋が娼館周辺にいるならもしかしたらシャチあたりと出くわしていたりするのでは、とふとそんな考えがよぎったが、そもそもおれは情報屋の特徴を知らないし、どうやら酒場の店主も知らないようだった。“情報屋”の名は“ルーシィ”という女であることしか知らないようだった。客を選ぶとのことだから、おそらく素性を隠しているのだろう。それも大いにうまく。情報屋の出没すると噂の当の酒場の店主すら詳しいことを知らないのだから、つまりはそういうことなのだろう。とにかくルーシィとやらに会うべきだろうな。すべてをつなげていくためには。
「あれ!キャプテーン!!」
などと、思案しつつつい速足になりながら、酒場を出て裏町のほうへと踵を返したところで、ベポに声をかけられる。おそらくなにか食べていたのだろう、そして船に帰るところだったらしい。できるだけ、船にいるように船員たちに入っていたから、裏町に興味がないベポは腹ごしらえをしたあと、さっさと船に戻るつもりでいたのだろう。
「ベポか」 「どこ行くの?」 「裏町だ」 「裏町…」 「…ついてくるか?」 「アイアイ!キャプテン!!」
な め ら か な い ざ な い
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