お前を忘れることなどできない。


何もかも忘れてしまえればいいのに、と思わなかったわけでは決してない。それでも、忘れたいとは思わない。お前が確かに存在したことも、おれがお前を愛したことも、お前の夢を叶えてやりたいと不覚にも思ってしまったことも。今おれのなかにあるお前に関するすべてが、お前がいたという証そのものだから。だからもしもお前の夢が叶ったそのときには。


その少年に会ったのは、グランドラインに入ってまだ三つ目の島のことだった。目深に帽子をかぶった深い青色の目をしたガキだった。まだ年の頃は少年と呼称するに相応しいガキで、おそらく14,5といったところであろう。そのガキは「ハートの海賊団か」と尋ねると、「これを船長に渡すよう頼まれた者だ」とただそれだけを名乗ると、小さな紙切れを投げ入れた。いかにもあやしかったが、嵐が来るらしいのでベポさえ帰ればすぐに出港できるようにその準備をするのに手一杯であやしむ暇もなかったというのが本音だ。ただの紙切れだったし、そいつも本当に頼まれただけらしく自分の仕事を終えた途端、踵を返してすぐに町へと帰って行った。投げ入れられた紙切れが落ちたあたりにいたクルーがおれに紙切れを手渡す。


「船長」
「ペンギンか」
「…さっきの者は、」
「なんかの罠だと思うか」
「…いえ、」


特に何の変哲もない紙切れだ。さっきのガキも普通に町にいるようなガキに見えた。このままにしておくわけにもいかず、しかし中身を確かめない以上、ここでペンギンと討論しても埒が明かない。めんどくせえ。


「めんどくせえから見るぞ」


おれの“めんどくせえ”という言葉を聞いたペンギンがため息をついた。しかたねえだろ、めんどくせえんだから。とにらみを利かしてみるもののあまり効果がないらしい、ただペンギンは苦笑するのみだった。いや、こいつのことはどうでもいい。今の問題は、このあやしい紙切れである。さて、見てやるか。と思ったとき。


「キャプテーン!」


そう思ったときとベポが帰ってきたタイミングは同時だった。…いや、今はこんな紙切れよりも出港しなければ嵐が目前に迫っている。


「遅いぞ、ベポ」
「大変なんだ!この島に嵐がくるんだってキャプテン!」
「ああ、知ってる。すぐ船を出すぞ!」
「…アイアイ、キャプテン!」


どこかベポは思案顔であったが、それよりも早いとこ深く潜水しなければ船が流されてしまうので、おれの懸案事項も頭の隅に追いやることにする。





「船長」
「ペンギンか」
「無事潜水しました。上は嵐ですが船は安定しています」
「そうか、よくやった」
「それで、何だったんです?それ」
「…お前、どう思う?」



ハートの海賊団の皆様に忠告申し上げる。ただし、これは警告ではなくあくまで忠告なので、無論貴殿らに遵守する義務はない。貴殿らの判断のもとに結論を下してくれ。


この嵐はおそらく3日続く。そして嵐を逃れておよそ24時間後に次の島に到着されるだろう。その島の名は、“赤と黒の港町レベリルストーク”。表側は貿易と漁業にて港が栄え、裏側ではギャンブルと遊里にて豪奢を極めている。ログがたまるのはかっきり27時間後だ。もし貴殿ら一団がこの島を安全に通り過ぎたいならば、裏町滞在中のシュレディンガー少将には決して近づかないことを忠告として添えておく。猫を連れた優男風の男だが侮らないことだ。もしも彼に遭遇してしまった場合は、貴殿らがこの島をやり過ごせる確率は1/2ということを伝えておく。


くまさんによろしく言っておいてくれると助かるわ。
借りは確かに返しましたよ。



「で、罠だと思うか?」
「とりあえず、おれが言える確かなことは差出人はベポを知っているということですかね」
「…そうだな」
「ベポを呼んできましょうか?」
「そうしてくれ」


一つおれが気になったのは、最後の“助かるわ”と書いてあることだ。タイプライターで書かれていて筆跡などは判断材料にはならないが、おそらく差出人は女であり、ベポに何らかの借りがあるのだろう。偽装さえしてなければ。だが、女だとしてなぜわざわざおれたちに忠告をしたのか。ベポに借りがあるとしてなぜこの少将に近づかないように忠告を?そして、最も気になるのは、


「1/2ねえ」


赤と黒。ギャンブルと遊里の、裏町。少将と、女。おれたちが少将から逃げおおせる確率、ぴったりわずか1/2。なぜそこまで断言できるのか。その意味はどこにある?…おもしれえな。


「まさにギャンブルだな」


嘘 の 空 箱


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