赤司くんは、わたしの神さまでした。


「俺が、お前の望みを叶えてあげよう」


その魔法の言葉を赤司くんからもらったその日から、今までのただ無為に生きていた冴えなかったわたしは、新しい素敵なわたしへ生まれ変わったのです。まるでシンデレラがかけられた魔法のよう。そんなお伽噺の主人公のように、わたしは薄暗くさみしい世界からきらきらとした素敵な世界へと飛び込んでいったのです。


「俺がお前を変えてあげる」


――赤司くんがわたしの神さまになった日。


それは中学二年の冬のことでした。わたしは本当に地味で冴えなくて、勉強くらいしか特に取り柄もなくて、運動だって苦手だし、特に趣味も特技もなくて。性格も大人しくて、いつもおどおどしていて何か喋ろうものならどもってしまうような女の子でした。男の子の友人なんてもちろん全くいませんでしたし、いじめられているわけではなかったけれど特別親しい女の子の友人もいないような人間でした。ただ、学校では唯一取り柄の勉強をひたすら頑張って、放課後は部活をするでもなく友人と遊ぶでもなく、まっすぐ家に帰ってただ家のことをして。それがわたしの世界で、わたししかいない単一の世界で。


そんな、空虚な世界からわたしを見つけてくれたのが、赤司征十郎くんだったんです。


「何を見てるんだ?」


放課後、日直の仕事をすませてから、教室の鍵を閉める前にただ何となくグラウンドで部活に勤しむサッカー部の面々を眺めていた時でした。突然に話しかけられて動揺しつつも、周りにわたし以外いないこと確認して確かに今の問いかけはわたしに向けていたのだと確信して、わたしはさらに動揺することとなったのです。だって、このひととわたしはなんの接点もなくて、むしろわたしなんかとは真逆の世界に住む人なわけで。今まで話したことなんて一度だってなかったんですよ。この、クラスメイトの赤司くんとは。


「えっ、い、いや。あの…」
「サッカー部か?」
「あ、あかしくん」
「なんだ?」
「わ、わたしに、き、聞いたん…ですか?」
「そうだが?」


赤司くんはそう言って怪訝な表情を浮かべながら、わたしの回答を待っているかのようにわたしの方をじっと見つめていました。そうして、その瞳は早く答えろと促しているかのようにとっても強いものでした。


「あ、いや、そ、その…」
「…早く言え」
「す、すみません!え、えっと、」
「……」
「あの、サッカー部の、……あ、い、今シュート打ったひとが、」
「…あいつが?」
「…周りに、き、気付かれてないみたいですけど、その、もしかして……ひ、左足怪我してる、のかな、って、…あの」
「……」


正直に白状すると赤司くんはなぜか顎に手を添えて考えるような素振りを見せました。そうしてしばらく、その強い瞳でわたしを観察?したあと、何故かにやりと笑って、わたしの名前を呼んだのです。


「ねぇ」
「…は、……ご、ごめんなさいごめんなさい!そ、それだけ!です!」
「苗字」
「は、はひいいぃぃ!」


あんまり赤司くんがにやにやと恐ろしく笑うものだから、わたしはすっかり縮み上がってしまって、まるで追い詰めるかのように赤司くんが何故か一歩一歩距離を詰めてくるので、わたしはその分だけ赤司くんから距離をとろう試みるのですがまさかに逃げ場なんてあるはずもなく。すぐに赤司くんに捕まってしまうのです。


「ひ、ひいぃぃ」
「ねぇ、苗字」
「…は、はいぃ」




――そうして、神さまは突然にわたしの世界に現れて、運命のセリフを宣われたのです。




「お前、変わりたくはないか」
「…へ、……え?」
「お前は可もなく不可もない現状に満足しつつもどこかでもどかしく思っている。そして本当は変わりたいと願っているんだろう」


――今のお前は、まるで自分の海を知らずにさ迷う魚のようだ。


「は、はい?」
「お前には誰にもない才がある」
「え?」
「俺が、お前を本当のお前にしてあげよう」
「…あ、あの、……あ、あかしくん…?」
「お前は本当は、もっと素晴らしい能力を持った人間だよ」
「……は」


赤司くんはわたしの手首を逃がさないとでも言うように強く掴んで、わたしの顔をのぞき込みながら相変わらずにやりと笑って、すべてわたしに刻み込むように言葉をなしていきました。その言葉すべてに、くらくらとめまいがしました。すべて見透かしている瞳がとても恐ろしくて。だけど、鮮やかなその色はひどく蠱惑的で、わたしはただこの赤い人の引力に抗う術もなく引き込まれてしまっていました。


「なあ、苗字」
「…は、はい?」
「せっかくの原石をこんなところに見す見す埋めておくというのは、至極勿体ないことだと思わないか?」
「……へ」
「俺が、お前の望みを叶えてあげよう」




お魚の溺れる夜空




ねぇ、赤司くん。
わたしは神さまに出会って、魔法をかけられて新しいわたしに生まれ変わったんです。ひどく空虚な世界を抜け出して、きらきらとした素敵な世界の存在をわたしは知ることができたんです。赤司くんは、わたしの神さまです。


「ありがとう、あかしくん」


赤司くんはわたしのすべてでした。




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