「は?苗字、それまじなんだろーな!」


合宿初日の就寝前、赤司くんを除くキセキが勢揃いしている中、苗字さんは青峰くんの問いかけににやにやしながら頷く。苗字さんは部のマネージャーで、ノリがよくとても明るい性格であるためか、男女の差なく誰とでも仲よく慣れるような子である。緑間くんを除くこの場にいる全員が彼女の話を興味深げに聞き入っている。


「それにしても苗字っちに好きな人がいるとは意外っす!」
「恋する乙女〜」
「ブハッ!乙女とか似合わね」
「どういう意味だこのエロ猿!」


あんだとー!そのままの意味だ色気ゼロ女がぁ!と青峰くんが苗字さんに言い返し、私のダイナマイトぼでーを見て言ってんのかハゲ!とくだらない言い争いを始めて次第に取っ組み合いへと発展していった。いつもの光景に呆れながら時計を見ると十時を回っていた。決められた消灯時間は十時半である。


「ダイナマイトぼでーとかちんちくりんがよく言うっすよ」
「ちんちくりん?!この豊満なバストを見て言っているのかシャラ瀬ー!」
「シャラ………へー?俺にはぺったんこにしか見えないっすわ」
「むかつくその顔ー!」


今度は黄瀬くんか。とため息をついて状況を整理してみる。あと十数分で消灯時間、となるとおそらく監督と打ち合わせに行っている赤司くんもそろそろ戻ってくるはず。そうなると……まずい。いや赤司くんどうこうの前にやはり現実的に考えて、いくら苗字さんがボクらととても仲がよく普段からして基本的に女の子扱いしていないといえ、やはり年頃の女の子がこんな時間にひとり男子部屋にいるのはまずい。合宿初日という疲れながらもテンションの高いうかれた雰囲気が強いのは分かるが、いくらなんでも早く戻らせないと。せめて赤司くんが帰ってくる前に。


「苗字さん」
「うん?なーに、黒子」
「黄瀬くんの頬を引っ張るのはそれくらいにして、早く戻られたほうがいいです」
「ふろほっひ……!」


助かったー!というきらきらとした目で苗字さんに頬を日っ張られながら黄瀬くんが情けない顔をする。ひどい顔ですねと言えば黄瀬くんは心底ショックを受けた顔で固まった。おそらく初めて言われたのだろう。ぎゃはは!と苗字さんと青峰くんが揃って笑い声を上げる。


「私もうちょっとだけいたい」
「だめです。何時だと思ってるんですか、十時を過ぎてます」
「え〜、俺さっきの話の続き聞きたかったのに〜」
「そうだぞ!さっきの話しろよ苗字!」
「……ひどい…顔…」
「泣くなようざ瀬。ていうか、こういう時の夜のお楽しみといえば恋ばなか猥談だよな!」


女子部屋でやってくださいと反論するが、ばっか!男子とやるからおもろいんだろー!と女子とは思えぬにやにや顔で苗字さんも言い返す。猥談ーキター!とテンションを上げる青黄紫を尻目にボクはため息を吐く。……どうやら味方はいないらしい。お風呂に入ってすぐ、九時半にはさっさと寝入りやがった緑間くんを横目に頭を抱える。九時半って小学生ですか!と怒鳴りたい気分だ。しかしいくら昼間の血反吐を吐くような厳しい練習のあととはいえ、よくもまあこんなうるさい中で寝れるものです。安らかな寝顔を見ていたらその長い下睫毛を全部ぶち抜きたい衝動に駆られた。


「で?お前、誰が好きなんだよ」
「ないしょー!全然脈なしっぽいんだけどどうしたらいいと思う?」
「はん、そのご自慢のダイナマイトぼでーとやらで色仕掛けしたらどうすか」
「根に持つとは男が低いね」


バチバチと火花を散らすようににらみ合う二人を見ながらもう面倒なので赤司くんが来てくれるまでボクは知らないふりを決め込もうと自分の布団に潜った。


「えー、誰だろ〜?もしかして黒ちんとか?」
「黒子みたいな人と結婚したいと思うけど、違うよ〜」
「ボクは絶対にいやです」


なんだとー!と苗字さんが手元にある枕をバシバシ殴るような音がした。ちょっとキミ、それ赤司くんの枕。あとで怒られても知りませんからね。ていうかなに普通にあの子は赤司くんの布団にうつ伏せになっているんだろう。さすがに布団の中に潜っているわけではないけれど。ざまぁ!と笑う三人の声がうるさい。


「ダイナマイトぼでーとか、お前どう見てもAだろ!」
「いやわかんねーよ?意外とBかもしんないよ〜」
「俺はAカップに1票っす!」


まずい方向になったと呆れながら、ともかく赤司くん早く戻ってきてくださいと小さい息を吐く。


「テツはどう思うよ?なあ〜、テツ?」
「うるさいです、寝かしてください」


布団を捲りあげてなんとしてもボクに答えさせたい青峰くんと黄瀬くんに睨みを利かせて、布団を奪い返し更に深く潜り込んで声が聞こえないようにする。


「……やっぱりだめなのかな…」


突然呟かれた一言にみんなも、布団に潜っていたボクも、予想外に弱々しい声を落とした彼女のほうを見た。泣きそうな声で震えるように出した声は、普段からは想像できないような確かに女の子のものだった。


「…私…男勝りだし…わがままだし…かわいくないし……どうせBカップだよ……さつきに比べたらまな板だよ……」


Bはあったのか…とおそらく全員一致で脳内に呟きを漏らした枕を抱き締めながら顔を埋めて嘆く様子はボクからすれば、いや全員からすれば衝撃の光景だった。それ赤司くんが使う枕なんですけど、とは突っ込まなかったボクを誰か誉めてください。衝撃から覚めやらぬ頭はそんな言葉を脳内でこぼす。知ってたし分かってたけどやはり彼女も女の子だとはっきり認識してしまった。それくらい、小さく弱々しかった。


「…おい、苗字。大丈夫か、落ち着け」
「苗字っち?謝るからそんな弱気にならないでほしいっす」
「てか、あのさ、もしかして」


苗字ちん、寝てね?その言葉は思いの外、強い威力を持ってボクらに更なる衝撃を走らせた。……ついにこの子寝出したか…相変わらずフリーダムにもほどがあります……と嘆いたところで状況が好転するわけでもなく。普段から苗字さんとふざけ合っている三人もさすがに困惑しているらしい。苗字さんの背中を揺すっていた青峰くんの手も止まっている。


「……なあ、やばくね?」
「そうっすね、一応苗字っちも女の子っす」
「赤ちんがそろそろ戻ってくるしー」


全くどうかしている。いくらなんでも夜に男子部屋でそのまま寝入ります?男勝りなんじゃない、キミはまるで子どもなんだ。無防備にも程がある。ていうか何度も言いますがそれ赤司くんの布団なんですけど。


「よし、よく寝てるしパンツ何色か見てやろーぜ」
「は!?あんたそれはまずいっすよ!」
「峰ちん、さいあく」
「なんだよ、苗字がいかに子どもパンツ穿いてるか興味あんだろお前ら」
「さすがにそれは犯罪です」


とりあえず飴を舐めながら寝はしないものの動かざること山のごとしだった紫原くんが動いてくれ、黄瀬くんと二人がかりで青峰くんを羽交い締めにする。とにかくこの状況はいくらなんでもまずい。赤司くんに頼るべきか?いや、やはり赤司くんにバレて彼の雷が落ちる前に桃井さんに協力してもらって……


「何を騒いでいるお前たち」


あ、もう遅かった。


「うるさいぞ、そろそろ消灯の……なんで俺の布団で苗字が寝ている」


さすがに今回ばかりはポーカーフェイスを崩して困惑しているらしい赤司くんはゆっくりと膝まずいて「苗字……おい、起きろ」とやさしく苗字さんの肩を揺らすが、おやすみ三秒だった彼女の寝つきは最高によく、既に気持ちよさそうにすっかり寝入ってしまっているらしい。起きる気配はない。


「仕方ない。確か苗字は桃井と同室だったな……ちょうどこの上だったか」
「赤司くん?」


時間を確認して、携帯を取り出した赤司くんはどうやら桃井さんに電話をするらしく、携帯を耳に当てて「……もしもし、桃井か。赤司だが、消灯時間ギリギリにすまない」と切り出す。どうやら桃井さんから苗字さんが帰ってこないと告げられた赤司くんは、ここにいると答えていた。


「それが苗字がここで寝てしまっていてな。すまないが、今から送り届けようと思うんだが、いいか?」


まだ誰も寝てないから大丈夫だよ、と桃井さんの声が少し聞こえた。そうか、すまないともう一言謝罪の言葉を口にして電話を切った。それから携帯をしまい、ボクらに向かって。


「お前ら、言い訳は聞かないからな」


とやっぱり静かに雷を落とした。竦み上がるボクらを尻目に赤司くんは苗字さんの上体をそっと起こした。


「…赤ちん、あんさ、あれだったら俺が運ぼうか?」
「俺でもいいぜ」
「俺もかまわないっすよ」


多分、体格的な問題を暗に伝えているのと少しでも免罪符を手に入れるために申し出たのでしょうけど、残念ながら不正解もいいとこです。


「黙れ、触るな」


赤司くんは多分苗字さんが好きだ。だから誰にも触らせたくないんだろう。これ以上ないくらい凄みを交えた視線はとてつもなく恐ろしい。ボクはやっぱりため息を吐きながら苗字さんを起こさないようにゆっくり背負った赤司くんに、いってらっしゃいとだけ労いを送った。







すーすーと気持ちよさそうに俺の背中で寝入る苗字に、呑気なものだとため息を吐く。男子の部屋にひとりで消灯時間ギリギリまで居着いた挙げ句、まさか寝入るなどととんでもないにも程がある。相変わらず本当に困った子だ。


「…あか…し……」


立ち止まり背中で寝入っていたはずの苗字を窺うが、やはり覚醒しているわけではないらしく相変わらずこちらの気など露ほども知らずに気持ちよさそうに眠っている。……なんだ、寝言か。まったく紛らわしい。ため息が再びこぼれて、何度目だろうかと頭が痛くなった。背中にあたる温かな体温とか、女性特有のやわらかな感触、しとやかに香る甘やかなにおいに、こっちはひどく悩まされ今にもなけなしの理性が破裂してしまいそうだというのに。


「……あか…し…………すき…」


更に火に油を注いだらどうなるか?


「……知っているさ」


それをお前には分からせる必要がある。もう絶対に許さない。手加減などしてやらない。もう二度と誰にも触らせない、あいつらにも決して。今度こそお前を俺だけのものにしてやる。明日から覚悟しろ、俺を本気にさせたお前が悪いんだ。


「俺も、だ」


明日お前が目を覚ましたら、その目を見つめながらもう一度言ってあげるよ。


Wake me up!




次の日、緑間くん以外の全員に赤司くんの指揮の元、特別メニューを下されたのは言うまでもない。自分の寝つきの悪さを激しく恨めしく思いました。


「俺が寝ている間に何があったのだよ…」
「緑間くん、しね」
「黒子!?」


130517
需要アンケートより、キセキでギャグ甘赤司落ち
ギャグ要素も甘要素も微量で申し訳ないですが、こんな感じでいかがでしょうか。緑間さんの扱いもすみません。アンケートご回答ありがとうございました。