俺が協力しようと思ったのは、なんというかむず痒かったから。ただそれだけだった。
「何だ、あの子。高尾の彼女か?」 「はあ!?ちげぇ!!」 「なんで宮地さんが答えるんすか!違うけど!!」 「高尾、うるさいのだよ」
木村さんがなまえちゃんを視線で指しながら、そんなことを俺に聞いてきた。思わず宮地さんを窺えば、眉間にしわを寄せながらキレだした。やっべー、超こえぇ!笑う俺を、真ちゃんが睨んだ。ええ?つーか、俺そんなうるさくしてねーしさあ。
「高尾、次宮地とペアな」
大坪さんが無関心な顔でとんでもない発言をする。今はツーメンの真っ最中なわけで、つまり相方は今にも血管ブチキレそうなかんじで恐ろしく笑う宮地さんと……これ俺やべーんじゃね?ただでさえしんどいのに。
「人事を尽くすのだよ、高尾」
真ちゃんが俺に同情の眼差しを送りながら、真ちゃんらしい励ましをくれた。いやいや、同情すんなら代わってくれ!
「ははー?行くぞ、高尾」
さわやかにブチキレている宮地さんとのツーメン、ちょっとだけ意地の悪いパスで必死こいて走らされることになったのは至極当然の結果だった。
*
「うげぇ!あーもう、まじ疲れたぁあ!!」 「うるさい、疲れているのなら大人しく口を閉じているのだよ」
そういう真ちゃんも既にかなりしんどそうだった。伊達に王者と呼ばれてねーっつか。中学時代、無双を繰り広げた帝光のレギュラーだった真ちゃんさえこんなんだから、全く高校バスケはまじで恐ろしい。
「お疲れだな、二人とも」 「おー、木村さんも涼みに来たんすか!どぞ、ここ涼しいっすよ!」
ああ、わりぃ。といって座る木村さんから何故か長らく視線をもらい、首を傾げながら尋ねると、先輩はゆっくりと口を開いた。
「…いや、ああ……ちょっと聞きたいんだが」 「へ?なんすかいきなり」 「あの……あそこの女の子なんだが」 「なまえちゃん、すか?」
俺がそういうと、なまえ、というのかあの子、と先輩は数回頷いた。
「もしかして、あの子、宮地の幼なじみか?」 「へ?そうみたいっすけど、先輩知らないんすか?」 「知らん」
厳めしい顔で思考を巡らし始めた木村さんに俺は疑問符を浮かべる。あれ?木村さんって宮地さんと仲いいはずなのに知らねーんだ?んん?未だに真意が読めねーし、なんなんだろ。そんな俺の横で傍観していた真ちゃんが口を開いて、話を広げた。
「…その様子だと先輩に幼なじみがいるということはご存知だった、ということですか?」 「ああ。今やっと分かったわ」 「…え?なにをすか?」 「あの子が噂の、宮地のシークレットガールだ」
は、あ?間抜けな声が2つ、沈黙の中にこぼれた。……いやいや、シークレットガール?なにそれ。意味がわからない!
「なんすかそれ!どういうことっすか?」 「いや、実はな」
木村さんが言うのには、こうだ。宮地さんは中学時代、同級生にこう言われたという。
――お前の幼なじみっていう女の子かわいいじゃん!俺に紹介してくれよ宮地!
それに対し宮地さんは先ほどのようにさわやかにブチキレながら、こう返したという。
――はあ!?あいつまだちんちくりんなんだけど。お前、ロリコン?
あまりに殺意ある視線をもらった同級生だが、更に負けじとこう言う。
――いやいや、つっても二つ年下なだけじゃん。あの子、絶対今よりかわいくなるし!俺、あの子と付き合いてー!
そんな同級生に笑いながら宮地さんは胸ぐらを掴み上げ、笑顔でこう言ったという。
――ダメに決まってんだろ。あいつに近づいたら刺して轢いて、あげくに引き千切るかんな?
さわやか笑顔が悪魔的すぎて、同級生は泣きながら頷いたらしい。
「その中三の出来事以来、宮地の幼なじみには絶対近付いてはいけないという、暗黙の了解ができたらしくてな」 「……へぇ」 「…どっかで聞いたことある独占欲なのだよ」
げんなりとする真ちゃんと軽く引いている俺に苦笑いを向けた木村さんは、宮地と同中のやつに聞いたんだ。お前も宮地の幼なじみにだけは近づくなってな。と少し離れたところでボールをいじっていた宮地さんを指差していた。
「なるほどー。それでシークレットガールっすか。秘蔵っ子的な」 「まぁな」 「だが、先輩が苗字に恋情があるかまでは謎なのだよ」
しーん。真ちゃんの神妙な呟きに、俺らは思わず黙る。…確かにとんでもねー独占欲があるのは確かで嫉妬深くて、他の男が近づくのをよしとしない。
「確かに妹とか、そういうのに近いのかもしれないな」
木村さんは首肯する。でも、俺はなんだか納得できないんだよねー。その可能性はなくはないだろうけど、でもさあ。
「……あの睨み方は、」
そこまで口にして、聞こえてきたきれいな高い声に思考は分断されてしまう。
「おーい、清志ー!頑張ってるー?」 「はあ!?なんでお前がいるんだよ!さっさと帰れ」 「えー、冷たーい」
にこにこと笑うその女の子に、宮地さんが触れる。……まさか、あのひと。
「いくらシークレットガールとはいえ、妹じゃねーかっていったのはああいうわけなんだよ」 「……ええ?まじ、すか」
その女の子は、俺でも知っているひとだった。宮地さんたちと同じ3年で、生徒会だかなんだかに入ってて、頭もいい超美人のマドンナと持て囃されている、学校中の男が付き合いたいと一度は思うだろう秀徳1の才色兼備である。
「宮地には、彼女いんだよ」
それが、あのひとだと。なんともお似合いの二人を見ながら、過ったいやな予感に従って、俺は瞬時になまえちゃんを見た。
――…泣いているように、見えた。
「…なまえちゃんは、知ってたのかな」 「さあな。だが、あの顔は知っていてそれでもなお、深く思い知って傷ついている、そんな」
顔に見えるのだよ、と。小さく紡がれた音は繊細すぎた。それっきり、真ちゃんは何も言わなくなった。確信めいたセリフは、きっとよく見知ったものだったからなのだろうか。――シークレットガール、もはやそんな言葉は甘くもなんともない、あの子を傷つけるだけの残酷なまやかしだ。だけど、俺は知っている。
「……このままじゃ、終わらせねー」
にやりと笑う俺を真ちゃんが一瞥するけど、今さらもういいだろう。俺は、諦めないよ。まだ花は咲かない。でもダメだ、それじゃダメなんだ。あの花は、いつか満開に花開かなくては。その瞬間をこの目に刻み込むまで、俺がきみを泣かせない。まずは種を撒くことからだよなぁ。この先に思考を巡らして俺は笑う。小さくせっつくように、俺の中で成長を促すこの芽には気づかないふりで。だからせめて、きみは笑ってほしい。ただ、それだけのこと。
ゆらありゆらゆら
130516 ほしい、ほしい、という声に気付かないふりをする。
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