「福井くーん!この前の試合見に行ったよお!」 「めっちゃかっこよかったよ〜」 「うんうん!すごかったなあ!」 「あー?まじ、さんきゅ」
クラスのかわいいどころに囲まれた福井は照れているのか戸惑いながら、しかし爽やかな表情を浮かべてお礼を言っていた。わあ、福井さすがイケメンー。
「……福井がモテてる…」
わたしがそう呟くと隣の席の岡村がこちらを一瞥したあと、なぜじゃあ…と何故か涙目になりながら下を向いて呟いた。その円らな両の目からは滝のような大粒の涙が次第にこぼれだして、岡村の頬をびちゃびちゃに濡らしていた。
「なぜ福井ばかりモテるんじゃあ!ワシだってバスケ部レギュラーでスタメンな上にキャプテンだというのにィ!!」 「涙拭きなよ岡村ぁ、ほらティッシュ!」 「苗字……!」
うわあ、岡村がなんか、ワシ苗字のやさしさに感動した!!とか言ってすげーきらきらして見てきてる。悪いやつじゃないんだけどなあ。暑苦しいから見るなと正直言いたいところなんだけど、余計めんどくさくなるからとりあえず黙っておくほうが得策だよね!
「大丈夫だよ岡村、わたしもなんか全然モテないしさあ!」 「うそつけぇ!お前もどうせワシとは違う人種なんじゃあ!!」 「えー?いやいや、わたし未だにイコール年齢ですぜ?」
わたしがそういって岡村の肩にポンと手を置くと、なにやら岡村はきょとんとした顔をして(あらま、全然かわいくない!)、それから何故か遠い目をしながらため息を吐いた。なんじゃい、貴様無礼な。わたしがブスであほだからバカにしてんのかい、殴んぞ。
「……ああ、いやお前の場合、近くで睨み利かしてる男がおるだけじゃからなあ…」
すると今度は哀れみの目で逆にわたしの肩にポンと手を置いて、半笑いをしてきよった。なんじゃい、ほんとになんじゃい貴様。なぜわたしは岡村に哀れまれねばならんのだ?
「え?なにさ、別にわたし彼氏とかいないんだけど」 「はあ?」 「ひい?」 「…ふう、まさか全く気付いとらんのか」 「へえ?うん?なにをよ」 「ほお、あいつも大概じゃがお前も大概どうかと思うぞ」
あいつも大概不器用じゃな…と何故か哀れみを込めた瞳で遠くを見つめる岡村。そんなことよりわたしは「はひふへほ」が完成したことにツッコミをいれたいわ。ていうか、あれ?あいつって一体誰のことだろう?気付くってなんの話。わたしがブスであほって話か。
「どうせわたしはブスであほですよ〜」 「…なんじゃお前、福井が言っとること気にしとんのか?」 「え?いや、うーん?そうなのかなあ、まあ本当のことだと思ってるからね〜」
まあ、ブスは言い過ぎにしても少なくともかわいい部類に入るかと言われれば……うん、好みが分かれるっていうか、せいぜい「普通」あたりだろうなあ。あほなのはまじだしね、成績もよくて真ん中くらいで苦手な教科は下から数えたほうが早かったりするし。ただ気にしてるといえば少し違う気がする。福井に悪態をつかれ始めた純粋な中学一年のときとか、初めの頃はやっぱりちょっと傷付いていたかもしれないけれど。だけど、さすがに約五年も言われ続けたらもう納得するしかないっていうか。あ、そっすねサーセン!って笑顔で言い返せるくらいの域になっているのは確かで。いやあ、だって毎回毎回傷付いてたらメンタルもたないっていうか、まあポジティブになるしかないっすよね!ブスであほでも元気に生きとりますぜ!みたいな。うーん、でもなあ。福井のやつ、自分でわたしに向かってブスブス言いまくるくせに、わたしが自分のことをブスっていうと狼狽えるのってなんなんでしょうねぇ。相変わらず、あいつって意味わかんないっす。
「あほはともかく、お前はブスではないがのう」 「ありがとう岡村〜、お互い三十路まで独り身だったら結婚しようぜ」 「そんな約束なんぞしたら、ワシあいつにぶち殺されるからイヤじゃ」 「岡村にフラれるなんてわたし人生お先真っ暗」
どういう意味じゃあああ!!とすごい形相で岡村が掴みかかってくるとか!なんて恐怖映像ですか。わたしの肩をミシミシ言わせながら掴んで揺さぶってくる岡村は、目の前で怒ってんのか泣いてんのか判別つかない表情でまさに鬼気迫る勢いである。超こえーよこいつ!
「あああ!っていうか酔うぅぅ!!いい加減離せよゴリラァァア!!」 「なっ?!誰がゴリラじゃあ貴様ァア!!」 「うわあああ!ちょ、まじ酔っちゃうよおお!!はな…………いだっ!!」 「なにやってんだよお前らさっきから」
ぐらぐらと脳ミソを揺らされるような感覚から一転、脳天になぜかげんこつのような鈍痛が一回突き刺さり、それからようやく気持ち悪い揺れからは解放された。一体なんなんだと思えば、わたしの目の前に不機嫌そうな表情の福井がいて、気付けば岡村は顔をひきつらせて二、三歩下がっていた。ちくしょう、ゴリラめ。まじ酔いして危うく吐いちゃうとこだったんだからな!ていうかわたしはなぜげんこつ食らったんだ?ま、まさかお前か福井っ!!
「なんで殴ったんよ福井のバカー!めちゃくちゃいてーよ!!」 「はあ?お前がゴリラと戯れてたからただろーがァ!」 「いやいや!意味わかんねーよ!なんでわたしを殴んのよー!ゴリラ退治ならゴリラ殴りなせーよ!!か弱い女の子殴るとかねーよ!」 「か弱い女の子ぉ?ブスがよく言うぜ!」 「ブスは関係ないだろー!顔面とか弱さは無関係だろ!!」
ワシをゴリラ呼びで話進めんのやめてくんない…と岡村がしくしく泣いてるけど、泣きてーのはわたしのほうだわ!泣かないけど!福井もなに怒ってんのか知らないけど、だからってひとを殴るなんて乱暴にも程があるでしょ!もー!腹立つ〜!!
「ど、どうせブスであほだもんー!!三十路まで結婚できない上にゴリラにもフラれて独り寂しく生きていくんだよわたしはー!」 「は、はあ?……ちょ、落ち着け!」 「うるさい!離せバカ!!」
あ、泣かないつもりだったのに泣いてしまった。別に悲しいから涙が出るわけじゃない。これは悔し涙なんだ。決して福井に傷つけられて悲しいから泣いてるわけじゃない。あほじゃのう、と岡村が呆れたように笑うから、うるせー!と言い返そうとしたけどその前になぜか福井がうっせーゴリラ!!と言い返してた。あれ?わたしに向けた言葉じゃなかったんかな。なんか狼狽えた福井がためらいながらわたしの頭に触れた。なんだよ、また殴んの?
「悪かったから泣くな、俺が悪かったから!」 「……福井のバーカ!」 「うるせー、お前に言われたくねーよ」 「ブスであほで、バカですよどうせ〜」
いいよ、もう。別に傷ついてなんかないよ。わかってるんだから。だから、そんな顔しなくていいのに。あんた意地悪なんだか、やさしいんだかよくわかんないよ本当に変なやつ。
「…お、お前は別に……ブスじゃねーし!っていうか、あー、心配しなくても、だな…」 「う?心配しなくても?」 「ゴリラに泣きつかなくても結婚は、たぶんできるから……安心しろよ」 「え?」
どういう意味?ていうか先のことなんかわかるわけないのに、安心しろよとかなんで言い切るんだよ?相変わらず意味がわからないな、あんた。思わず見上げて福井の表情をうかがうと、何故かぶわわ!ってりんごみたいに真っ赤に染め上がって、それから口元をもぐもぐしながらもったいぶるようにゆっくり言葉を出した。
「ブス、っつーのは撤回してやる……あほなのはまじだけど」 「最後の一言いらねーよ」 「だから、……だから泣くな」
バカだなあ、あんたがそんな表情しなくていいんだよ。わたしは悲しくて泣いたんじゃないんだもの、悔しくて泣いちゃっただけなんだもの。だから、あんたが気にする必要なんてないのにね!
「お、お前が三十路まで独り身だったら!」 「うん?だったら?」
ほれ、がんばれ福井ー!というかそこまで待つつもりないくせにのう!!となにやら後ろで岡村がにやにやしてた。いや、今福井がなんか顔真っ赤にしながらがんばってるとこだから、ちょっとゴリラは黙っててくれよ。
「…お、俺が!!」 「おれが?」 「俺が!!お、お前を……!」 「え?わたしを?」 「……も、…もらっ……」 「もら?なにそれ。ていうか福井、顔が真っ赤だよさっきから」
わたしが思わず福井の頬に触れると真っ赤だった福井の顔はさらに真っ赤っかに染め上がって、その熱で目玉焼きが焼けんじゃねーのってくらいに、ぶわわわっ!ってさらなる熱を含んだ。
「さ!!触んなブス!!!」 「ぶ!?あんた、さっきと言ってること違うじゃんうそつき!!!」 「うっせーな!お前のせいだお前のせい!!!」 「え!意味がわからない!!」 「あーもう!なんでこうなるんだよくそっ!!!」 「なんでまたキレてるんだよあんた!」
お前には関係ねーよバカ!!って、なぜか突然自分の頭をぐしゃぐしゃ!ってかき回してイライラした声でそう言った。いやいや!大丈夫か福井!情緒不安定じゃない?大丈夫?顔は未だに赤いままだけど!五年前から相変わらず意味わかんないやつだなあ。
「もうワシ焦れったくて見てらんない」 「黙れモミアゴリラ!!しね!」 「しね!?ワシ1ミリも悪くねーのにひどいっ!」 「ほら岡村ぁ、ティッシュ!」 「苗字だけじゃあワシにやさしいのはああ!!」 「ぎゃああ!揺らすな岡村ァ!」 「てっ!てめー!!いい加減にしろよモミアゴリラ!!」 「福井は不器用も大概にせぇよ。ワシに八つ当たりすんのやめてくんない」
まあでも、なんだかんだ楽しいからいいかなあ〜なんてね。
不思議がいっぱい!
130310
|