「とにかく宮地さんと仲直りしなよ」
高尾はそう言うけど、わたしだってもう一度きよちゃんと喋りたいし遊んだりしたいけど、でもあれからまったく話してないんだよ?きよちゃんが中学卒業してわたしが秀徳に入るまでの間は会うどころか見かけることさえ全然なくて、だけど会いに行く勇気なんてとても持てなくて。
「俺、協力するからさ?」
でもね、本当は二年間ずっと寂しかったんだ。
*
「ぎゃああぁあ!やめろぉ!離して人拐いー!!!」 「いやいや、人聞き悪すぎだから!あらぬ誤解受けるからやめてよなまえちゃん」 「離せよ高尾ォ!!」
高尾がきよちゃんと仲直りするの協力するよって申し出てくれた日の放課後、なぜか高尾にいきなり腕を捕まれたと思えば、引っ張られ引きずられるという事態に陥ってしまった。おいいい!お前なんでそんな力強いのぉ!やっぱりさすがバスケ部か!全然敵わなくてすでにわたし涙目。
「いいからさあ!とりあえず部活見学おいでって言ってるだけじゃんかよー!」 「なにが、だけじゃんかよーだ!!ふざけんな嫌に決まってるでしょー!」
わたしだってそりゃ見に行きたいに決まってんじゃん!きよちゃんを応援するために、わざわざ大嫌いな勉強がんばって難関だった秀徳にぎりぎりで合格してなんとか滑り込んだんだよ!でも、でもさ!!実際、入学して空白の二年間ずっと会えずにいたきよちゃんに近づいたとしても、ちょっと視界に入っただけできよちゃんがすっごく不機嫌になるのを何度も目の当たりにしたんだよ。部活見学なんか行ったら絶対きよちゃんが……嫌がるに決まってるじゃないか。わざわざ、悲しい思いなんか誰がしたいものか。
「いーやーでーすー!絶対行かないよ、行きたくないのぉ!!離してよ高尾ォー!」 「い・や・だ・ね!つーか、泣いたってだめだからねなまえちゃんっ!!」 「高尾の鬼ィ!!!」
なんでこいつはこんなに強引なんだよお!意味がわからない、なんでこんなことをするんだ!わたしはただきよちゃんと仲直りしたいだけなのに、いきなり部活見学なんか行ったら嫌がられるに決まってるじゃん!もっと嫌われちゃうに決まってるじゃん!高尾、実はわたしに協力する気ないんじゃないのか?やさしいと見せかけて実はわたしを泣かせたいだけだったり?もー!高尾のバカー!きよちゃんに嫌われたら高尾のせいだかんな!!
「高尾なんか大嫌いだよォォ!バカ野郎ー!!」 「ハハ!俺は大好きだよなまえちゃーん!!」
うるさーい!バカ高尾!バカ尾!!とわたしが叫ぶと高尾は、その呼び方だけはイヤだなー!!なんて言って笑い飛ばした。だけど相変わらずわたしの腕を離す気はないらしく高尾に無理やり引きずられながら、わたしは諦めてとりあえず覚悟を決めることにした。やばいよ〜、緊張するよお。きよちゃん、怒らないといいなあ。
*
なんて、そんなわたしの願望は一瞬にして吹き飛んだ。
「おっせーよ高尾!もうアップ終わってんぞコラァ!!!」
ぎゃあああ!きよちゃん、最初から超不機嫌じゃん!!いや、てか高尾のせいか!半分はわたしのせいと言えなくもないけど!
「スンマセン宮地さん、ちょっと野暮用でー!」 「アァ?内容によっては轢くぞ」 「ちょっとなまえちゃーん、また俺の背後に隠れてないで助けてよー」 「…………は?」 「ひっ」
高尾のバカ!なんでわざわざバラすかな!なんのためにわたしが隠れたと思ってんだよおお!!気を遣えよ頼むから!高尾がわたしの名前なんて出すから、ほらきよちゃんめちゃくちゃ怒っちゃったじゃんかー……絶対零度の冷気が流れてるよー……もうやだ、泣きたい。
「…なまえ?」 「そうっすー!マネージャー希望らしくて連れて来たんすよ!ねー、なまえちゃん?」
いやいやいやいや!わたしそんなこと言ってないんだけど!ていうかいいから話しかけないでくれよ、きよちゃんの怒気が強まってるよ、間に高尾がいるからちゃんと確認できたわけじゃないけど今絶対きよちゃんキレてるよ。やめて、ほんとやめて。あんたもご存知のように、きよちゃんがキレたらめちゃくちゃ怖いんだよ。なまえちゃん弱いから泣いちゃう。
「ほらなまえちゃん!いい加減隠れてないで出ておいでってー!!」 「わああ!やだー!離してよ高尾のバカー!!」 「バカでいいから、ほら!!」 「………」
裏切り者の高尾は、背中に隠れてたわたしをきよちゃんの目の前に引きずり出した。二年振りにきよちゃんの姿をこんな間近で見た。中学生のときもかっこよかったけど高校生になって背も伸びて、わたしのよく知ってたきよちゃんよりも、もっともっとかっこよくなっていた。……ああ、やだ、いやだ。きよちゃん、やっぱり怒っているんだ。ものすごく怖い目でわたしを睨むから、足がすくんでふらついてしまう。そんなわたしを高尾が元気付けるように、わたしの肩を支えてくれた。口に出せる状況ではなかったので、ありがと、と心の中だけでお礼を言った。それがまさか高尾に聞こえたはずもないけれど、わたしを支える高尾の手にちょっとだけ力がこもった。きよちゃんは、相変わらず刺すよう目で、わたしを射抜いていた。
「…なまえ、どういうつもりだよ」 「ご、ごめんなさい!き、……宮地さん!!」 「………」 「邪魔は絶対しないので!大人しくしてるので見学させてください!!」
きよちゃんは、なにやらぴくりと一度だけ反応したあと、それからわたしに背を向けて、さっきよりもずっと不機嫌で不愉快そうな声で、「…別に、見学くらい勝手にしろ」と呟いて主将と思われるひとのところへ行き、そして練習に戻って行った。
「……ええ…?わたし……なんかしたかなあ…ううっ」 「あー、ほら泣かないでよなまえちゃん!!大丈夫、全然大丈夫だからさっ!」 「うるさい!泣いてねーよ!!」
なんでだろう。なんであんな不愉快そうな顔するんだろう。癇に障るようなこと言っただろうか。変なことを言ったつもりなんてないのに。なにを言っても怒らせてしまうのかな。視界に入ることも、なにか口にすることも、何をしたって怒らせてしまうのだろうか。わたしはそんなもきよちゃんに嫌われてしまっているの。……遠いなあ。もう、「きよちゃん」なんて昔の愛称ですら呼ぶような近さになんてないんだよね。近づいたと思っても遠ざけられる、やっぱり傍に行くことを許してはもらえない。きよちゃん、どうしてそんなに遠くへ行っちゃうの。相変わらず、きよちゃんは遠いまま、手を伸ばして触れることすらもう叶わないなんて。
「……あーあ、素直じゃねーなあ」 「え?なんか言った高尾?」 「んーん!うんや?なんも言ってねーよ?」 「うん?そう?」 「おー、気にしないでー!あ、そうだなまえちゃん、見学はあのへんあたりでお願いねー。もしかしたらボールが万が一飛んでくるかもしんねーから一応気をつけてね!」 「え、あ、うん。わかった、気を付ける」
じゃあ、俺着替えてくっからー!!と嵐のような勢いで一気に捲し立てて、颯爽と更衣室に走っていった高尾はなぜか満面の笑みでご機嫌だった。…なんだ?わたしがめちゃくちゃブルーだってのに、なんであいつあんなご機嫌なんだよ。なんか、なんつーか、確信を得た?みたいな……満足げな表情だった。試合でおもしろくなって来たときに、わくわくしながらゲームを組み立てるときの顔と似てた。…うーん、相変わらずよくわかんないやつだなあ。
「おいコラ1年!!だらけてんじゃねーよ、てめーらまとめて轢くぞ!!!」
なんて考えてたら不機嫌マックスのきよちゃんの怒号が響いた。…とりあえず、これ以上怒らせないように大人しくしておこう……。
怠惰を促す程あなたは優しくない
130309
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