「きよちゃん、きよちゃん」
「あぁ?なんだよ、うっせーな」
「きよちゃん、わたしも仲間にいれて、わたしも一緒に遊びたいの!」


そうやっていつも追いかけてた。わたしの大好きな初恋のひとを、幼いころからずっと。わたしが、フラれてしまうまでは。


「きよちゃーん!!」
「あぁ?」
「転んじゃったー!いたいよぅ、もう歩けないよううぅ!!!」
「だー!うっせぇ!」
「きよちゃーん!おんぶー!おんぶしてー!」
「ハアアァ?なんでそれをおれに言うんだよ!自分の兄ちゃんに言えよ兄ちゃんに!!」
「お兄ちゃんにいったら「清志のほうが背も高いし、力もあるから清志におぶってもらえ」っていわれたんだもの」
「あいつぶっ殺す!」


きよちゃんはそんな物騒なこと言うけど、お兄ちゃんとか他の友達はみんな先にどっか行っちゃったよ。それにね、お兄ちゃんはわたしのきもちを知ってるから、協力半分からかい半分でよくわたしのことをきよちゃんに面倒見させてた。きよちゃんはいつも怒ってたけど、なんだかんだきよちゃんがわたしをほったらかしたり蔑ろにしたことはない。口では意地悪なことやひどいことも平気で言ってたけど、いつもわたしを尊重し大事に扱ってくれた。


「ほら、しゃーねーから乗れよ」
「わぁい!ありがとうきよちゃん大好き!」
「うっせぇ!分かってっから、はよ乗れ」
「うん!」


好きで、大好きで。意地悪だけど、やさしい大きな背中が大好きだったんだ。


「おまえ、重ぇよ。どんどん大きくなってんな」
「もう1年生になるもんっ!というか、"れでぃ"に重いとか。きよちゃん、そんなこといってたらモテないよ」
「落とすぞ」
「わああああ!ごめんなさい!うそ、うそだよっ!きよちゃんは世界でいちばん!!かっこいいよー!!!」
「う、うっせぇバカ!!まじで落とすぞなまえ!!!」
「ご、ごめんなさいいぃ!」


ずっと、ずっと大好きだったんだ。追いかけて、追いかけて。その大好きな背中をずっと追いかけてた。だけど二歳の差はなかなか縮まらなくて、きよちゃんはどんどん背が伸びて、成績だってよくて、バスケだって始めて強くなって、どんどんかっこよくなった。きよちゃんが中学生になって、かっこいいきよちゃんがもっとかっこよくなるもんだから、今までよりさらにモテるようになって、たくさん不安は募った。


きよちゃんが中学生でどんどん成長していって大人びるようになっても、わたしはまだランドセルを背負った小学生で、そんな自分が歯がゆくて、情けなくて大嫌いだった。早く、早く大人になりたいのに。きよちゃんに少しでも近付きたいだけなのに。二歳の差なんてもちろん埋まらないし、身長だって全然伸びないし、成績だって運動だって相変わらず普通だし、わがままも直らなくて大人にだって全然なれない。きよちゃんを取り巻く女の子たちみたいに、かわいくもなれない。追いかけても追いかけても、ずっと遠くて。


――…お前のこと、そういうふうには見れない。


そして、中学一年の二度目の春、追いかけ続けたわたしの初恋は終わった。追いつけないまま、相変わらず遠いまま、わたしはきよちゃんを追いかけることをやめた。


――なのに、どうしてそんな顔するの。もう近付かないから、追いかけないから。やっとの思いでこの恋を捨てる決心をしたんだよ。まあ、完全にはふっ切れなくて、結局遠くで応援くらいはできたらなと思って、死に物狂いで勉強して秀徳には入っちゃったけど。だけどもうこの恋は諦めたから、せめて遠くで応援するくらいは許してよ。もうバカみたい追いかけるのはやめるから。


だから、だから、お願いだからそんな視界に入っただけで嫌そうな顔、しないでよ。泣いてしまいそうになるじゃんか。昔のようにきよちゃんが慰めてはくれないって、解っているのに。







「じゃ、そういうことだから。腑抜けたこと試合でやりやがったら今度はまじで轢くからな」


覚悟しとけ、とイラついた声でそう言ったあと、改めて射殺さんばかりの視線を俺に向けたかと思うと、くるりとあっさり踵を返して帰っていくもんだから、なんだかほっとしたような拍子抜けのような思いで、思わずため息をもらす。あーあ、もうなんだったわけ?宮地さんすっげぇキレてたんだけど、視線だけで俺殺されるんじゃねーかと思ったし!やっべ、冷や汗かいたわー。


「き、……宮地さん帰った?」


そう言って俺の背中からひょこっと顔を覗かせ、不安げな表情でなまえちゃんは尋ねる。いつもの元気はどこにいったんだよ、なんかなまえちゃんが元気ねーとか、調子狂うからいつもみたいに笑ってくれたらいいのに、な。


「ん、帰ったよ」
「……そっか」
「なまえちゃんさあ」
「なんだよ」
「宮地さんが好きなんでしょ」


俺がそう言うと、なまえちゃんは泣きそうな顔で、俺からを目線を反らして嘘をつく。


「…ちがうよ、昔はちょっと仲良かったけど、今はちょっと気まずいだけで」


ちょっとちょっと言いすぎだから、嘘つくのめちゃくちゃヘタクソすぎだから。てか目線泳ぎすぎだし、泣きそうだし。はあ、これは思ったより複雑なんかね。俺はなんかため息をつきたくなって、でも泣きそうな彼女の手前、それは飲み込んで我慢して、代わりになまえちゃんの幸せを願う言葉を口にする。あれ?こんなつもりじゃなかったっつーに。


「じゃあ、とにかく宮地さんと仲直りしなよ。俺、協力するからさ?」


俯くなまえちゃんの頭を撫でる。今どんな表情してんのかとふと気になって顔を覗き込むと、唇を噛みしめ眉間にしわを寄せてはいたけど、だけど小さく頷いていた。それがあんまりいじらしいから、俺は思わず口角を上げた。ああ、きっとうまくいかせてあげるわ、絶対きみの想い、叶えてあげるよ。だからそんな泣きそうな顔しないで、なまえちゃん。


「絶対大丈夫だって!」


なまえちゃんは小さく笑った。







「どういうつもりなのだよ」


なまえちゃんが女の子の友達に呼ばれてどこかへ行ってしまったところで、ずっと黙って傍観していた真ちゃんが静かに問うて来たけど、どうってどういうことなのだよ?


「どうってなにがー?」
「協力とかいうことに決まっているのだよ、どういうつもりだ」
「ん?どうもなにも、宮地さんとなまえちゃんの仲を取り持つって意味だけど?」


いやいや、それ以外になにがあんのよ。なのに真ちゃんが何故か眉間にしわを寄せているもんだから、俺は逆におもしろくって小さく笑う。あ、またしわが増えた。いやあ、真ちゃん毎日そんな眉間にしわ寄せてたらとれなくなっちゃうんじゃね?


「なに?なんか問題でもあんの?……は!まさか真ちゃん、なまえちゃんのこと好きだった?!俺、余計なことしちゃったとか?!ごっめーん真ちゃん!全然知らんかったわー!!」
「うるさい!そんなわけないだろう!!」
「えー?ごめんって」


いやいや、そんぐらいでいちいちそんな憤慨しなくてもいいじゃん、真ちゃん相変わらず沸点低すぎ。


「むしろお前のほうだろう、苗字を気に入っていたのは」
「…へ?」
「いいのか、協力など申し出て」
「いやいやいや、俺確かになまえちゃん好きだけど、友達としてだからね?なんでそう思ったの?」
「お前が苗字を特別視していることなど、横で見ていたらすぐにわかることだ」


真ちゃんがあんまり真剣に言うから、やっぱり俺はおもしろくって逆に笑ってしまう。あー、やべ、なにこれ。真ちゃんさすが、おもしろすぎだからまじで。


「ぎゃはは!なにそれ?真ちゃん俺のストーカー?てか、特別視って!」
「いちいち笑うな!ストーカー?ふんっ、ふざけるな。いつも俺に勝手にくっついてくるのはお前だろうが!!」
「だって真ちゃん超おもしれーんだもん!!そりゃくっついて観察したくもなるって!」


特別視、ね。まあ、それはあながち間違ってないけどね。だって、なまえちゃんは俺の親友だもん、それはまじ。だからそんなあの子の笑顔のために協力したいと思うのは当たり前じゃん?でもまさか正直、真ちゃんがそのことに気づいているとは思わなかったな。俺、基本的に誰に対しても平等に振る舞うからそういうのが誰かにバレたことってないし、ましてや指摘されたことなんて今まで一度もなかったんだけどなあ。なに、さすが相棒サマってやつ?まったく、鈍いんだか鋭いんだか。


「だって、どう見てもあの二人両想いじゃね?あれでなんでもないとか、俺睨まれ損だから!」
「さあな。先輩が苗字を憎からず思っているのは確かだろうが、なにか事情がありそうだな」
「ぷふ!に、憎からずって!おま!!」
「今はそこを掘り下げている場合ではないのだよ!!いちいち笑うな!」
「ねー。なんか色々ありそーだよなあ」


宮地さんが俺を見る目、まじで殺されそうなくらいで、何度逃げ出そうと思ったことか!ま、後ろになまえちゃんがいたからまさか実行には移さなかったけどさ。だって、俺の背中で縮こまっていたなまえちゃんの手、すっげぇ震えてた。あれは、こわいっていうより。……なんかね、なまえちゃんは笑ってたほうがいいと思うのよ。そのほうが絶対いい、女の子は笑顔が一番かわいいしね。


「真ちゃんも協力してよ!なまえちゃんの笑顔のためにさ!!」


だから俺は芽生え始めてた気持ちをそっと閉じて、ただきみが花のような笑顔を浮かべられるように、きみの恋を叶えてあげようと思います。俺が協力するからには絶対その恋、叶えてあげる。だから、どうかきみは笑っていてね。




口付けるように愛されてしまえ




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