始まりはある日突然訪れた。


「あ、やべ」
「!」


突然だが、私の小さい頃のあだ名は「山猿」である。あ、いやいや、いきなりすぎました、まずそんなことを言い出した経緯を順を追って説明しよう。私は今でこそ父の栄転により東京という大都会に住んでいるが、小学校の中学年まで、つまり幼少時代はずっと山に囲まれた自然豊かな小さな町で生まれ育ったのだった。加えて、男兄弟であることプラス近所の年の近い子どもがほとんど男の子という理由から、おままごとよりも鬼ごっこ、お人形遊びよりも木登り、といった「ケガなんてむしろ勲章だぜ!」並なわんぱくな女の子に育ってしまったのである。そんな私についたあだ名は「山猿」だった。


野を駆け山を駆け、自然が遊び場所という幼少期を過ごした私が、東京に来て「コンクリートジャングルはまじやったんや!」とおののいた恥ずかしい過去は未だに記憶にこびりついて剥がれない。おかげで馴染むのに苦労した。


「…お、おまえ……」
「ん?あれ、あんた確か赤司?」


さて、やっと本題である。何故私が自身の恥ずかしいあだ名を暴露するに至ったかという理由だが、それは目の前にいる赤司征十郎にある。赤司といえば、この帝光中学において知らぬ者はいないであろう、稀代の天才さまである。私は赤司と同学年ではあるが接点は一切なく、私が噂で一方的に知っているだけで赤司は私を知らないだろう、とりあえず直接的面識は一切ない。噂で聞く限り赤司というやつは、無敗をほしいままにしている男子バスケ全中常連校である強豪校帝光中学において、「キセキの世代」と賛嘆される学年のキャプテンとして君臨している恐ろしく頭のいいやつらしい。「赤司に逆らってはいけない」と一部では畏怖されるとんでもないやつらしい、のだが。


「ぱぱぱぱぱ!ぱんつ!!おま、え!ぱんつ見え……!」
「分かった、分かったから、落ち着いてくんない?」


どうやら山猿の習性でつい勢いよくジャンプしてしまったのだが、スカートが捲れ上がってしまったらしくちょうど偶然通りがかった赤司が目撃してしまったらしい。……いや、それにしてもパンチラくらいで顔を真っ赤にしてうろたえ、吃りまくって目を回しているこの純情少年は、一体その噂の赤司少年なのだろうか。


「悪いねー。ちょっと掲示物回収しててさー、ロッカーから下りるときに勢いつけすぎてスカート捲れたみたいだわー」
「め、めくれ、……」
「汚いもん見せて悪かったね、赤司」
「き!汚くなんか……!」
「あ、そう?とりあえずごめんな?」
「…ぴんく、で、意外とか、かわ…い、かっ…」
「分かった、分かったから、落ち着いて。色とか感想とか別にいらんから。あんた、絶対混乱してるよ」


相変わらずたかがパンチラくらいで顔を真っ赤にしたまま、混乱しているらしい赤司少年は、私と目が合わせられないのかうろうろと視線をわずかばかりさ迷わせて、結局は左斜め下の床を凝視し心落ち着かせようとしているようだった。赤司少年や、その床にはなんの模様もないぞ。もしもこの床が畳であったなら、畳の目を数えだしそうな勢いである。


「す、すまない。つい、取り乱して…」
「いいっすよ。こちらこそすんませんした」
「い、いや」
「ところで赤司」
「な、…なんだ?」
「あんた、さっき驚いたときにそこの角に手ぶつけたでしょ、ちょっと擦りむいてるよ」


え、ときょとんと目を丸くした赤司は、今気付いたと言わんばかりにきょときょとと瞬きを繰り返した。赤司って隙がなさそーなイメージだったのだが、よっぽど取り乱していたのだろうか。それとも、噂はあくまでも噂であって、これが赤司の素顔なのかもしれない。…なあんだ、あの赤司もただの同い年の少年なんじゃん?たとえ、天才たちを率いる無敗の策士だと世間で如何様に噂されていたのだとしても、本当の赤司はパンチラくらいで顔を真っ赤にしてうろたえる、まだまだかわいい純情少年なんだね。


「よかったら、あげる」
「え?」
「絆創膏」
「………ありがとう」


ふんわりとはにかむ赤司はなんともかわいらしい。ほう、やはり赤司少年、非常にめんこいですな。田舎にはこんなイケメンはいなかったなあ、と感心しつつ、そこら中で飛び回り跳ね回りよくケガをしていた昔の性格から未だに絆創膏を携帯していてよかったと胸を撫で下ろす。うふ、山猿唯一の女子力です!


「私のせいですまんね。じゃ、私はこれで」
「…ま、待て!!!」


ひ!なんだ今の迫力ある声は!本当に今の声は先ほどまで顔を真っ赤にしてしていた赤司少年から出たものなのか?超こわかったんですけど、肩すくんじゃったんすけど。そりゃこえーわ今のは。もしや、今のかんじが噂されている赤司のもう一つの側面だろうか。などとびびりつつ冷静に考えを巡らしながら、赤司にがしっとすごい力で手を掴まれたまま恐る恐る赤司のほうに振り返る。


「……名前」
「名前?…私の?」
「…ああ」
「私は、苗字なまえですが」
「……なまえ」


え、まさかの下の名前ですか赤司少年。しかし私の名前なんか聞いて赤司はなにがしたいのだろう。私の手を掴んだまま、顔を下にしているので赤司がどんな表情なのかはよく分からない。それから少し黙ったかと思うと、ばっ!と勢いよく顔を上げた赤司は何故か爛々と目を輝かせながら、なんととんでもないことを言い放ちやがった。


「責任をとるから俺と結婚してくれ、なまえ!」


ええ?いやいやいやいや!パンチラの責任ってなんですか、傷物にされたわけじゃあるまいに。ていうか超偶然居合わせただけじゃん、あんた見ようによっては被害者じゃん。ていうかおかしい、色々おかしい。結婚って。結婚ってあんた。バカか?バカなのか?赤司は実はバカなのか?ていうかなんであんたそんなうれしそうなの?なんでそんな目をきらきらさせながら私を見つめてんの?なんなの?バカなの?


「きっと幸せにするよ、なまえ」


いや、何故か、今のあんたが何故か幸せそうですけど、何故か、本当に何故か。なにそのゆるゆるな笑顔。純情か、やはりお前純情か。ていうか私まだ返事してませんけど、まだうんともすんとも言ってませんけど、これ、今さらお断りできないのですか。この恐ろしいほど純粋な瞳を曇らせるのかと思うととてもできず、赤司に手を握られたまま悶々といかにして断るべきかを考え、私は小さくため息を吐くことしかできなかった。




きらめく純情




このあと心を鬼にしてお断りをした私に対し、赤司少年は不屈の精神で長年に渡り熱心に求婚し続けるのだが、その純粋さと一途さに私のほうが折れ、見事ゴールインを果たし、結婚式でいかになれそめを捏造すべきかで私が頭を悩ますことになるのは、まだ遠い遠い先のお話である。




130224
純情赤司


ありがちな感じな上に誰だこれってかんじですみません。どこかとかぶってないといいのですが。