赤司くんとその妹のなまえさんは、正直言ってあまり似ていない。


「お兄ちゃん、どうしよう、傘忘れちゃったよお」


そういって、たかが傘を忘れたくらいで半べそをかく彼女の瞳は濡れていた。赤司くんとなまえさんが唯一兄妹だと分かるのは、その涙に濡れた赤い瞳くらいなものだ。


「だからあれほど傘を忘れるなと言っただろう。俺が出る前にさんざ言い聞かせたのに、お前が家を出る頃にはもう忘れていたというのか」
「だって、お兄ちゃんが家出るころ、わたしまだ起きたばっかり、で……」


赤司くんが呆れによるため息をひとつこぼすと、それを見たなまえさんはついにぽろぽろと真珠の玉のような涙を流した。


「だって、だって、」
「だってじゃないだろう?どうしてお前はそう抜けているんだ」


なまえさんは赤司くんに自分の不出来さを責められていると思っているのか、すっかり俯いて悲しそうに唇を噛み締めている。だから、きっと彼女には見えていないんでしょうね。あの、あの赤司くんがそわそわと落ち着きをなくして、ただキミのことを一心に心配しているかのような不安げな表情を浮かべていることを。けれど、そんな赤司くんにもしも彼女が気付いたなら、きっとその表情は魔法のように鮮やかに晴れ晴れと、いつものへにゃりとした笑顔を浮かべるんでしょうね?


「…仕方ない、部活が終わるまでそこで待っていろ」
「……え!」
「今日は特別だ。一緒に帰ってやろう、なまえ」
「お兄ちゃんありがとう!」


ふわふわと笑う彼女は赤司くんには全然似ていない。彼女は赤司くんと違いバスケ部ではなく帰宅部だし、特別勉強ができるわけでもないらしいし、赤司くんのようにボードゲームがとても強いということもないらしい。性格は赤司くんのように自信に満ち溢れていなければ傲岸不遜でもなく、むしろその真逆といっていいほど逆なんですよね。容姿だって、特別整っているというわけではない。赤司くんと同じ赤い瞳を除けば、一般大衆に埋もれてしまうような、本当に普通の、女の子なのだ。ただ似ているのは、あの燃えるような赤い瞳だけ。


「なまえは本当に俺がいないとダメだな。そんなことでちゃんと生きていけるのか、俺は心配だ」
「えー?お兄ちゃんが傍にいてくれたら問題ないよー?」
「バカか。そんなんじゃあ彼氏もできないだろう」
「…かれし?」


きょとんとかわいらしく首を傾げたなまえさんは、眉間にしわを寄せたかと思うとうんうん唸りながら何やら思考を巡らしているようだった。それから、少しして答えが出たのか、いつものへにゃりとした笑顔を浮かべた。


「わたし、お兄ちゃんよりすごいひとじゃなきゃ嫌だから、当分彼氏とかできなくていいなぁ」


ぴたり、とすっかり硬直した赤司くんはただしげしげとなまえさんの顔を注視したかと思うと、それから、ふっ、と小さく微笑んでなまえさんの頭を撫でなからこんなことを宣った。ボクは、頭が痛くなった。なんなんですか、この兄妹は。


「なら、お前はおそらく一生、俺から離れられないな」


赤司くんの満足げな表情にボクは思わず、ため息がこぼれた。なまえさんも大概ブラコンですけれど、あまり直情的には態度に出さない赤司くんの方がずっと、厄介なほどにシスコンなんですよね。いい意味でも悪い意味でものんびりしているなまえさんが、赤司くんはきっとかわいくてかわいくて仕方がなくて、なんだかんだ口では言いつつも世話を焼くことが楽しくて仕方ないのでしょうね。そもそも、部活中に乗り込み、たかだか傘を忘れただけの要件で赤司くんに練習を中断させたというのに、赤司くんが気分を害さないそんな相手は、むしろなまえさんしかいなくて、だけど勿論なまえさんはそのことに気付いていないし、赤司くんさえもそれについては無自覚なんだろうとボクはもう一度ため息を吐きたくなった。ああ、本当に厄介なひとたちだ。


「えへへ!お兄ちゃん大好き!」


赤司くん、キミは分かってないですね。なまえさんだって、きっといつか恋をする。そんなときがいつか来たら、シスコンなキミは一体どんなふうに取り乱すんでしょうか?ボクはそれを大いに楽しみにつつ、いつか彼女がボクに気付いてくれることを密かに待ち焦がれながら、今日も大成することを夢見るのです。



いつか彗星を超えるゆめ




130220
お兄ちゃんな赤司


黒子ゆめな気がしますが、あくまで赤司ゆめだと主張致します…!