今日、図らずも赤司の告白現場に遭遇してしまった。
「…なんだかな」
別に見たかったわけじゃない。誰が好き好んで他人が告白されている現場を見たいものか。それによりにもよって、赤司とか。はは、笑える。渇いた笑みしかでないや。
「失恋、かなあ」
小さく呟いた言葉は冬の空気に儚く溶けて消えた。赤司はあの子の告白を受けたんだろうか。かわいい、子だった。女の子らしくて守ってあげたくなるようなそんな子。総じて男子が好きそうなやさしげで、ちょっと従順そうな小動物タイプ。赤司もああいう子が好みなのだろうか。
仮に赤司があの子の告白を断ったとしても、きっと私が報われることなどないことくらい分かりきっていた。だって、私と赤司はただの主将とマネージャーってだけの関係で、クラスだって違うから友人と呼べるほど親しいわけでもない。私は正直あんまり騒いだりするタイプではないし、あまり感情の起伏を外に出したりもしないから、大人で落ち着いている赤司と一緒にいるのが思いのほか心地よくて。
いつからか、赤司といる時間が本当に穏やかで大好きになっていた。そして私が図らずも赤司に恋をしてしまっていることに気づくまで、そう時間はかからなかった。
「だって!苗字っちは、赤司っちのことが好きなんでしょ?」
先ほど黄瀬が言おうとしていた言葉の続きはきっとこうだったんだろう。私の想いはあの三人にはずっと前からばればれだった。特に赤司といることでにじみ出ているらしい私の思慕を仔細に読み解いているのはいつも黒子と黄瀬の二人で、何故だかあの二人には私の想いは筒抜けだった。
私は赤司が、好き。
『好き』
その二文字を伝えられる勇気があるあの子がうらやましい。
「苗字」
誰かがしゃがみこみうつむいていた私の頭をやさしく撫でた。膝に顔を埋めていたから顔は見えないからそれが一体誰なのか私には見えていない。だけど、私はその声を間違えたりはしない。
「なに、赤司」
相変わらず顔を上げない私に対して、赤司は私の頭に手を置いたままだった。しばらく沈黙したのち、私のほうから口火を切った。
「…ごめん、今日赤司が告白されてるの見ちゃった」 「……」
無言で返されてしまい、もしかして怒ってしまっただろうかと不安になるが私は顔を上げたくなくて、赤司が今どんな表情をしているのか確かめるのが何故か無性にこわかった。
「…どう、思った?」 「……え」
なぜあんたがそれを聞くの。問いかけは言葉にできずに、どろどろとした重みを纏ってそのことばは私の心の底に沈みこんでいった。黒子の問いかけにも答えないまま逃げ出して、その答えをこの口から絞り出すのがとても恐ろしかった。こんなもの、どうして言葉になすことができようか。こんな、こんな。
「寂しい、って…おもった」
私、こわいんだ。赤司が誰かのものになってしまうことが。赤司が私の傍を離れてしまうことが。赤司が特別なひとを見つけてしまうことが。
「苗字」 「…うん」 「俺はね」 「うん?」
だって、赤司はすごく割り切っていて興味のないものにはとても冷淡なほどに頓着しないけれど、一度自分の懐に入れたら本当に大切に大切にするひとだから。赤司が、どれほどみんなとの時間を大切にしているかなんて、背中さえ見ていればわかるくらいだ。時々、彼は顔や言葉ではなく背中で雄弁に語る。遠くから見ていたから私にはよく見えていたんだ。近すぎず、遠すぎない距離に立っている私には。
「俺は、どうやら好きな子がいるらしい」 「え」
え、なに、いきなりなんの話。珍しく言い淀んでいるのかゆっくりと言葉にするから、困惑しつつもただ耳を傾けることにした。赤司は何が言いたいんだろう。それを私に言って、どうするというのだろうか。…ああ、胸が痛い。
「実は先ほど指摘されて気付いたばかりなんだがな」 「…そうなんだ」 「だが、前々からその子といる時間はとても好ましく思っていることには気づいていた」 「…うん」 「穏やかで、落ち着いたその時間を、存外気に入っていたんだ」 「……」
私と同じことを思っているんだと気付いて、私は無性に泣きたくなった。赤司は、その子のことが本当に好きなんだろう。きっと、私が赤司を好きなのとおなじくらい。それが私のことだったらいいのに、と一瞬過ぎったけれどそれはすぐに取り消した。だって、もし違ってたらきっと私、立ち直れない。
「俺は自分が思っていたよりも鈍感だったようだ」 「…うん?」
赤司が、鈍感?なんだかよく分からない方向に行っている気がするのは気のせいだろうか。赤司が苦笑しているのが声色でわかった。
「苗字」 「…なに、赤司」 「俺はお前がかわいくて仕方ないくらい、お前のことが好きらしい」
……え、なんだって?おれはおまえがかわいくてしかたないくらい、おまえのことがスキらしい…?…かわいくて仕方ない、とそういってくれたのだろうか。そして、あの赤司が、私に、好きだと。
ああ、苦しい。胸が苦しいよ、赤司。私、やっぱりどうしようもないくらい赤司が、好き。
「赤司、もっかい言って」 「…いやだ」
思わず顔を上げて見たくなかったはずの赤司の表情を拝むと、それは見たこともないくらい真っ赤になっていて、私は驚いてしまった。…赤司、顔、真っ赤だ。りんごみたいに真っ赤。それは今日目撃したあの女の子の恋する頬と同じだった。そんな赤司の頬を見て、私の頬もふたりに負けないくらいに色づいた。
「赤司、顔、真っ赤」 「…うるさい」
赤司は眉間にしわを寄せて不機嫌な顔をするので、私は思わず笑った。それを見た赤司がさらに羞恥をあおられたのか、両手で顔を覆って真っ赤に染まっている頬を隠そうとしたけれど全然隠しきれてなくて、そしてそれがあまりにもかわいくて私はさらに笑った。あー、忘れてた、赤司って意外と照れ屋だった。
「ね、赤司」 「…なに」 「私も、赤司のことが好きだよ」
ああ。同じだなって赤司が穏やかに笑う。
ありがとう、それが聞きたかったんだ。
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あ、なんかどっかとかぶってそうなお話ですみません。ほんとにかぶってたらすぐ消しますので報告してくださると幸いです。「俺は自分が思っていたよりも〜らしい」的なセリフを赤司くんに言ってもらいたかったです。
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