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わたしの腕を強く引きながら、決して後ろを振り返ることなく、ただ前を向いて寸分の躊躇いなく突き進んでいく、そんな赤司くんの強く大きく、されど小さく儚げな背中を見つめながら、わたしは泣きたくなった。ああ、赤司くん、赤司くん。泣いてしまいそうだよ。苦しくて、悲しくて、上手に息ができない。涙がこぼれそうで、だけど我慢をする、そんなあなたの小さな背中に泣いてしまいそう。ねぇ、赤司くん、笑ってください。どうか、どうか。


――ありがとう、きみがいてくれて……よかったよ。


どうか、あのときのように、もう一度だけ。


「苗字」


赤司くんがわたしの手を引いていく奇妙な状況ゆえに、廊下にいる人々の幾ばくかの好奇の視線を集めながら、赤司くんは誰もいない中庭へとわたしを導きました。そうして、しばらく沈黙を貫いたかと思えば、数瞬わたしの手首を軋むほど握りしめて、それからゆっくりと振り返りわたしの名をお呼びになった。その表情は恐ろしいくらいに無表情で、怖いくらい淡々としていました。なんの感情すら読み取れはしない。相変わらず、閉じ込め隠すのがうまいお方だ。


「灰崎とは………一体何を話していた」
「いいえ、何も」
「…嘘はないか?」
「はい、名前を名乗りあったくらいですよ」
「………」
「赤司くんが、すぐに助けてくださいましたから」


わたしの手首を掴む赤司くんの手を、逆の手でそっと包み込み、精一杯の笑顔で微笑んでみせました。そんなわたしに赤司くんは、一瞬だけ瞳を揺るがせたけれど、仮面をかぶり直したかのようにすぐにいつもの探るようなの表情に反転させてしまいました。強くて、不確かで、大きな、されどほんとはやさしい手。いつも努力を続けてる、多くのものを掴み守っている手だ。あたたかな、その感触に目を伏せました。


「ありがとう、赤司くん!」
「……苗字」


だから、せめてあなたがほんの少しの欠片すらご自分を責めなさらないよう、ただわたしは笑ってみせましょう。


「うれしかったです、赤司くんが庇ってくださったこと」
「…苗字、俺は、」
「わたし、赤司くんが好きです」


目を見開き驚くあなたに、わたしは笑む。あなたが、あなたが好きよ。あなたはわたしを見つけてくれた、守ってくれた、必要としてくれた。ひと欠片だけでも、愛してくれた。そんなあなたが大好きです。


「俺は、……俺は」
「赤司くん」
「…なんだ?」
「あなたのすべてが、大好きです」


ただ穏やかな静寂の中、赤司くんの困惑がまるで手に取るように伝わってきました。きっと、葛藤なさってるんでしょうね。そのとき、何故か這いずる背中の恐ろしさが甦った。――こいつは、俺と同族だぜ?――ああ、余計なお世話だわ、誰にも誰にも邪魔はさせないんだから。絶対に、絶対に、わたしは。わたしの望みを必ず遂げてみせる、あなたの願いを必ず叶えてみせる。


「あなたは、わたしの一番です」
「…ああ、そうだ。お前は……俺のものだ」
「はい、赤司くん」
「苗字?」
「だから、赤司くんも」


赤司くんの強さも弱さも、ひたむきさもやさしさも、悲しみも孤独もすべて、どうかわたしにくださいませんか。あなたの心の隙間をわたしに埋めさせてくださいませんか。


「どうか、わたしのものになってください」


――あの子の代わりでもいいから、あなたの求める彼女の穴埋めでいいから。


「俺にはお前が……必要だ」


どうかその弱さ、悲しみを。


「愛してるよ、苗字」


こんなふうに、どうかわたしに抱きしめさせて。


「わたしもです、赤司くん」


だからわたしは、切なく見つめる赤司くんの瞳にまた気付かないふりをする。――…ああ、泳ぎ続けるのも楽ではないね。







――ショーゴくんに会ったって本当なの?なまえ


「ねぇ、涼太くん」


灰崎くんと初対面を遂げたその日、部活が終わりいつも通り涼太くんと帰り道を共にしたときのこと。眉を下げて、心配そうに見つめる涼太くんに胸がせっつかれるような感覚に陥いる。ああ、何度目なのかな。こんな顔をさせるのは。


「うん、なに、なまえ」


昔からやさしい涼太くん。わたしには兄はいないけれど、お兄ちゃんがいたらこんなかんじなのかなあなんて。いつだって、泣き虫なわたしをなぐさめてくれたね、傍にいてくれたね。だからこそわたしは、これ以上涼太くんにわたしのせいで悲しい思いをしてほしくなかった、もう心配なんてさせたくなかった。だから、ある日を境にわたしはきみを遠ざけた。小学校高学年の頃だったかな。もうあれから数年になるんだね。


「心配してくれてるの?」
「当たり前!俺にとって、なまえは大切な妹だってこと分かってるでしょ?」
「従妹だってばー」
「妹みたいなものってこと!」
「…分かってるよ、もちろん」


だからこそ、わたしもきみを大切に思うからこそ、遠ざけるしかなかったんです。もう二度とわたしのせいて泣いてほしくはなかったんです。


「あいつは、……危険だよ」
「うん、でも赤司くんが守ってくれたから」
「…赤司っちが?」
「うん、赤司くんが!」


切なく、苦しげな視線の先にあるもの。知っている、分かっている。だからこそ、気付かないふりを貫かなければ。


「…なまえ」
「うん」
「つらいなら俺を頼ってね、さみしいなら必ず俺を呼んでね」
「…うん、ありがとう」
「泣きたいときは、絶対俺に言うこと。いいね?」


いつか、泣くことになる、と。そんな予感がしているんでしょう。ねぇ、涼太くん。大丈夫、大丈夫ですよ。わたしは、大丈夫。たとえ、この先傷付くことになったとしても、泣かされてしまうのだとしても、わたしは、だいじょうぶですよ。


「わたしは決してきもちを曲げたりはしないよ、信念だって貫き通してみせるよ」
「……なまえ」


――わたしが、消えてしまっても。彼が望んでくれるなら、微笑みかけてくれるなら。わたしは。


「わたしは、涼太くんが思う以上に強いですよ?」


彼が求めるまぼろしにだって、なってみせるわ。赤司くんがほんとうに望んでいる、あの子にだってなりきってみせるわ。明るい声の、橙色の似合う、いつも笑顔の。そんな女の子を演じきってみせるわ。不可能なんてないよ。難しくもないよ。だって、わたしは。


「だって、涼太くんの従妹なんだもの」


――俺が、お前を本当のお前にしてあげよう。


ねえ、赤司くん。あなたはわたしを「ほんとう」のわたしにしてくれると言ってくれましたね。わたしを変えてくれると言ってくれましたね。そのとおりなんです。あなたはわたしに魔法をかけてくれました、すみっこにいたわたしを見つけて、色鮮やかな世界を見せてくれましたね、うつくしい色たちのひとつに迎え入れてくれましたね。あなたの大切な世界に引き入れてくださいましたね。それがどんなに光栄かつ幸せなことか、わたしは分かっているつもりですよ。……だから、だから、わたしはね、恩返しをしようと思うんです、大切なあなたに。


「だから、大丈夫だよ!」


――あなたがほしいのは、明るい声の、橙色の似合う、いつも笑顔のあの子でしょう?だからわたしはあなたが気付かないふりをしたこの才で、今度はわたしがあなたの願いを叶えてみせましょう。あなたが傍にいてほしい、橙色の似合うあの子に。あなたが今も切ない視線の奥に思い描き求め続けている、あなたのいとおしい彼女に、わたしはなってみせましょう。


「もう、わたしは寂しくなんてないから」


あなたがもうさみしくなんてないように、もう一度やわらかく微笑めるように。


――お前が、必要なんだ。


わたしみたいなちっぽけな存在に気付いて見つけてくれたあなたに、必要だとそういってくれたあなたに。ほんとうは、さみしいあなたに。


「泣かないよ、絶対」


彼がもう一度、笑ってくれるまでは。


「だからね、ほら、そんな顔しないでよ、涼太くん」


――だからわたしは、いつしか特技を超えたこの才で、あの子を『模倣』致しましょう。あなたが欲したこの忌まわしくも誇らしい、わたしのこの特別な才で。そうすることで、あなたが救われるのならば。


「……俺はただ心配なんだよ、なまえ」


たとえこの先、いつかわたしが罰を受け、泡になって消えてしまうのだとしてもかまわないのです。




濁音化する声帯と咽び




ねぇ、あかしくん。
「……バカだ、お前は」
あのとき、わたしを抱きしめながら小さく呟いた、あなたのその一言にこめられた嘲笑と哀れみだけで、わたしのちっぽけな存在も幾分かは報われるというものです。さよならは届かなかったけれど、どうか再び巡り会うことができたら、そのときはわたしの願い、叶えてくださいね。あなたもわたしも、忘れているかもしれませんけれど。もしも、いつか叶うのならば。




130222