わたしは好きな人にずっと片想いをしている。


「好きです」


わたしの好きな人、それは二つ年上で、わたしのお兄ちゃんの友達で、はちみつ色のきれいな髪をしていて、バスケ部レギュラーで背が高くて、スポーツ万能なのに頭もよくて、王子さまみたいにかっこよくてめちゃくちゃモテて、でもなんでか彼女はいなくて、口は悪いけど実はとてもやさしい、そんなひと。名前は宮地清志、通称きよちゃん。


「ずっと、だいすきだった」


わたしの、初恋のひと。


「――…俺は、」


わたしの届かない、遠いひと、叶わなかったただひとりの、わたしの大好きなひと。







「ぎゃー!おまえ、高尾!なにすんのっ」


わたしがそう抗議すると、クラスメイトの高尾和成はわたしの表情を見るや否や、あの独特な笑い方で大きく笑い飛ばした。


「ギャハハ!おまっ、超似合ってんじゃん!!」
「うるさい!バカにしてんのかおい!」
「っははは!ひぃっー!」
「うまく呼吸できないくらい笑うんじゃねぇよ!」


刺すぞ!と言いそうになって思わず口をつぐんだ。なんなの、時々きよちゃんの口癖が飛び出しそうになるのは。お兄ちゃんはバスケ部ではなかったので、きよちゃんとは普通の友達で、わたしが小学校に上がる前からの付き合いで、まあもしかしたら幼なじみの域に入るのかもしれない。わたしはかっこいいきよちゃんに昔から夢中で、よく追いかけては一緒に遊んでもらおうとしていた。きよちゃん、きよちゃんとバカみたいに後ろを追いかけて、ひたむきに慕い続けていたんだ。だから、そんなにも長く一緒にいた(わたしが無理やりくっついていた、のほうが正しいけれど)せいか、時々、こんなふうにきよちゃんの口癖が口から飛び出してしまいそうになる。


「まじやべぇ!超かわいいよなまえちゃん!!めっちゃ似合ってんよ!」
「だから絶対バカにしてんだろう!」
「な!真ちゃんもかわいいと思うよなー!なまえちゃんのツインテール!」
「は?……」
「なにか言ってくれよ緑間、余計恥ずかしいよ」
「…いや、悪い。びっくりするくらい似合うな、まるで小学生だ」
「しょ!ギャハハハ!くっそ、もう、やっべ!」
「笑いすぎ!童顔で悪かったな童顔で!」


ひとの髪を勝手にいじったあげく、めちゃくちゃ高い位置でツインテールにしやがったのは自分のくせに!いくらなんでも笑いすぎでしょ!どうせ童顔だよ!どうせ小学生ですよ!


「いやあ!ほんとかわいいねぇ、なまえちゃん」
「こら!頭を撫でるなばか!ばかにしてんのか高尾!」
「うんや?かわいいのはマジよ?」


くしゃくしゃと混ぜるように撫でる高尾の手を振り払うが、またもや頭を撫で続けている高尾にイライラする。なんなの、わたしあんたと同級生なんだけど、なに、近所の小学生を甘やかすみたいなこの感じ。……きよちゃんを思い出すじゃん。もう、ずっと、


「おい、緑間に高尾いるかー?」


ずっと前に、この恋は破れたのに。


「おー、宮地さんじゃないっすか、なんか用っすかあ?」


きよ、ちゃんだ。…ああ、そうだ。クラスメイトの緑間と高尾コンビはそういえばバスケ部だったなあ。今更ながら、時々じゃれ合うこの二人はきよちゃんの後輩なんだと思い出す。高尾がわたしの頭に手を置いたまま、きよちゃんに話しかける。そうして、わたしの存在に気付いたきよちゃんは、眉をひそめてたちまち不機嫌な様子を見せた。ああ、きよちゃん、怒ってる。


「って、なにやってんの、なまえちゃん?」


こわい、きよちゃんがこわかった。会いたくて、だけど会いたくなかった。そんな気持ちがない交ぜになったわたしの頭は混乱しきっていて、思わず高尾の背後に隠れてしまった。わたしは身長は低いほうだし、きよちゃんや緑間に比べたら小柄に見えるが、その実男子の平均身長を優に越えている高尾の背後に隠れれば、高尾の正面に立つきよちゃんからわたしの姿はほとんど見えない、はずだ。挙動不審なわたしに驚いた高尾が不審げに尋ねるけれど、なにも、なにも言えなくて、ただうつむいて、高尾の背中部分の制服をぎゅっと握った。それに気付いたのか、わたしの心情を察したのかはわからないけれど、わたしに気づかないふりをして、何事もなかったかのようにきよちゃんに要件を聞き直していた。…高尾、まじハイスペック、イケメンだなおい。緑間も、気にしないでいてくれるらしい。わたしは、ただうつむいて、きよちゃんの要件が終わるのを、高尾の背中でひたすら待った。今さら、逃げることもできず。




だからわたしは知らない。さっきの不機嫌なきよちゃんが、わたしを背中でかばうようしてくれた高尾を、刺すような鋭い視線でずっと睨んでいたこと。







あれは、中学一年の3月のこと。


「卒業おめでとう、きよちゃん」


わたしの二つ年上で、三年生だったきよちゃんが卒業した日、お兄ちゃんと一緒にいたきよちゃんに話しかけた。卒業しちゃったら、きっと今ほど会えない。きよちゃんは高校でもバスケ部に入って、全国目指してがんばるのだろうから。だから高校男子バスケで三大王者と呼ばれる秀徳高校に進学するらしいから。わたしも秀徳に行けたらなあと思ったけれど、秀徳はかなりの進学校で今のわたしの成績ではとても難しいし、それにわたしときよちゃんは二つの年の差があって、わたしが入学した頃にはきよちゃんは三年生で、バスケに勉強にきっととても忙しい。だからもう、きっとほとんど会えない。


「おう、ありがとな、なまえ」


そういって昔から変わらないやさしく少しだけ不器用な手つきで、わたしの頭を撫でつけたきよちゃんに、きゅうんとなった。胸が苦しい、なあ。やっぱり、好き、好き、大好き。わたしは、きよちゃんがだいすきです。――だけどもう、会えない。きよちゃんと?ずっと、ずっとだいすきだったのに?もう会えないの?きよちゃん、いやだよ。……そう思ったらもう止まらなかった。


「きよちゃん」
「なんだよ」
「……あのね」


言いたい、のに胸が詰まってうまくことばにできない。どうして、たったの二文字じゃない。すき、ただそれだけでこの想いはきよちゃんに届くのに伝えられるのに。どうして、こんな、難しい。


「あの、ね」
「はあ?はっきり言えよ」
「……っきよちゃん!」
「なに、なまえ」


きよちゃん、ずっと、ずっとね?わたし、


「……すき、…です」
「………」
「ずっと、わたし……」


きよちゃんが目を見開いて驚いているなんて、もうそんなの気にしていられなかった。ただただ、溢れだしたこのきもちを、伝えるしか、この切ない苦しさを止める方法がわからなかった。視界が滲んで、手が震えて、足元がぐらついたけれど、ただわたしは伝えたかった。だいすきな、きよちゃんに。


「ずっと、きよちゃんがだいすきでした」


だから、わたしこのとき、きよちゃんが沈黙の上で一体どんな表情を浮かべてたかなんて、気付いていなかったんだ。自分のことに精一杯で、このとき、きよちゃんが一体どんなきもちだったかなんて、考えもしなかったんだ。


「――…俺は、」


もしも、うつむいていたわたしに顔を上げる勇気があったなら。


「…お前のこと、そういうふうには見れない」


きよちゃんのきもちを少しでもわかり得たのだろうか。




純情を摘むように育んだ




130221
アンケートコメントより、宮地で甘酸っぱいお話