アイアイヤー!今日はうれし恥ずかしの花の金曜日(別に恥ずかしくはなかった)!!明日は待ちわびた土日ともなればテンションが上がってしまう。長かった一週間の週番も今日で終わりだ。職員室へラストの仕事である日誌を運び終わり、明日は何しようかなあ、ていうか今日の晩ごはんは何食べようかなあと思考と食欲を巡らせる。暑い暑い夏も峠を越え、もうすぐ秋ということでおいしい秋刀魚の季節がやって参りました!秋刀魚さんには大根おろしと柚子のぽん酢とわたしの相場は決まっている!葱と生姜を少し添えてもよいよい。あとは茸たっぷり炊き込みご飯とかー秋茄子とかー。……いかん、お腹空いてきよったで!!食いしん坊万歳!


「へいへいほーへいへいほー!」


早足でほとんどスキップになってしまっているわたしをうっかり目撃したクラスメイトの吉田くんが「ご機嫌だな、福井が心配すっから気をつけて帰れよ〜」というよく分からんことを言ってきた。何故福井が出てくんのか、何故あの福井がわたしの心配をするのかよく分からない。「サッカー部も引退まだなんだね、部活がんばってね〜」と声かけたら、またしても「それ福井に言ってやれよ〜」と言い捨てて吉田くんはサッカー部の練習場所に向かっていった。今週もわたしが岡村と日誌書いてたり雑用してたりしたら何故か絡んできて勝手に怒ってたし、福井は本当に意味分からんのに吉田くんは一体何か知っているのだろうか。福井、もしや高三にして更年期か。……なわけねーな。うむ、分からん。


「トントントン〜………っていだっ!!」
「ん〜?」


とかスキップして曲がり角を曲がったら顔からおもいっきり障害物にぶつかってしまった。めっちゃ痛い!鼻がいたい!何とぶつかったんだと目を凝らしてみればなんと人であった。か、壁かなんかだと思ってたのに!


「ぶつかってごめんなさい!」
「んー、べつに」
「……あれ、なんかどっかで見たことある」
「はー?なに、誰ー……ってあんた福ちんの子じゃん」
「?わたしはべつに福ちんとやらの人の子どもではありませんが」
「あー、そうじゃなくてさー」


んーんーと唸る紫頭のこの大きい人は一体誰なのだろうか。ていうか、福ちん……もしかして福井のことなのかな。てことはこの人は福井関連の……あ、バスケ部の大きい一年生エースだ!


「思い出した!紫村くん!」
「ちげーし。むらさきむらってむら多すぎ。紫原〜」
「紫原くん!」
「そ〜」


ダルそうにしながら、わたしをいい子いい子する紫原くんはこんなに大きいのに一年生なのか……年下のくせにわたしより頭二つ分以上大きいだなんて一体何事。


「初対面の人に頭撫でられるとか、初・体・験!」
「なにそのワードチョイス。ていうかさー、あんた福ちんに普段頭撫でられありしないのー?」
「えっ、福井とはケンカ友達だもん。頭叩かれることはあっても撫でられたことなんかないよ!」
「……なにそれ。福ちんって意外とダメだな〜」


赤ちんを見習うべき。とよく分からん言葉を口にしながら紫原くんはため息を吐いた。赤ちん?赤ちんって誰だろう。


「あー……そういえば、あんた名前なに?」
「わたしは苗字なまえといいます!どうぞよろしこ!」
「ふーん……あ、俺は紫原敦ね」
「紫原くんは一年生だよね!なんでそんなに大きいのですか?」
「あんたは三年だよね。なんでそんなにちっこいわけ?」
「伸びなかったからです!」
「俺も伸びたからなんだけど」
「納得です!!」
「ならよかった」


と、言いつつ紫原くんはわたしをじろじろと見てきた。んん?なんだろう。それにしても、紫原くんの上からの威圧感半端ない。わたしと福井ですら頭一個分の差があるのに、紫原くんの場合はその二倍なのだからもうなんか比じゃないってかんじである。


「……福ちんの趣味ってわかんね〜」
「へ?福井の趣味?」
「こういうタイプ好きなんだ〜」


まあそんなもんなのかな〜と一人頷く紫原くんはどこからともなくまいう棒を取り出しムシャムシャと食べ始めた。……ここ、渡り廊下のど真ん中なんだけど。自由だなあ。


「アツシてめぇえ!!なにこんなとこで油売ってんだよ!HR終わったらまっすぐ体育館来いつったろ何回遅刻してんだコラァ!!」
「アララ、福ちんじゃん」
「おろろ、福井?」


何やら渡り廊下の向こう側から怒鳴り声が……と思ったら聞き慣れた福井の声だった。紫原くんがのんび〜り振り返ったのでその大きな背中で全く見えない向こう側にいるはずの福井の姿を捉えようとわたしを身を乗り出した。そして数瞬の後、いかにも怒り心頭だった福井の表情は何故かわたしと目が合った途端に驚きの表情に変わり口を開けて呆けていたのだが、次第に眉間にしわがぎゅううっ!と寄せられ不機嫌そうなものへと反転していき、そしてズカズカと大きな足音を立てながらわたしたちのほうへとやって来た。なにあれ怖い顔。


「いぇ〜い、福ちんやっほ〜」
「いぇーい、福井やっほー!」
「ハァ!?や、や、やっほーじゃねぇよお前らふざくんな!なんでお前らが一緒にいんだよ!?」


ふざくんなって……福井さん噛み噛みじゃないすか。あれ?それにしても今回はなんで怒ってるんだろう?岡村と週番だった今週散々に絡んできた時も何故かめちゃくちゃイライラしてて八つ当たりされたしなあ。福井っていつも怒ってるよね。カルシウムを食わんかいカルシウム!


「なんでって、んーと……なかよしだから?」
「えっ!なかよし!紫原くん、わたしとお友達になってくれるの!?」
「ん〜……いいよ、おもしろそうだから(福ちんが)」
「わあい!!」
「アアアツシてめぇ……!!」


紫原くんって一年生にしては生意気だけどかわいいとこあるんじゃん!なんだかかわいい後輩ができたみたいでうれしくなったわたしは思わず、よろしくね〜!!と紫原くんに近付こうとしたのだが。


「苗字!!それ以上アツシに近付いたら殴るかんな!!!」
「は、……いだいっ!!」
「……福ちんってバカなの?」
「もうなんでじゃ!もう殴ってるじゃん福井のバカァ!!」
「殴ってねーよ!…………は、叩(はた)いただけだっつーの」
「暴力反対!福井のそういうとこ嫌い!!」
「な!!きら、い……だとぉ……?」


叩かれた額を押さえながら何故か語尾が萎んだ風船のごとく弱まっていく福井を睨み付ける。急に神妙な顔で黙りこくりわたしを見下ろす福井。未だにイライラしている福井に今度はわたしのほうがイライラしてきてしまった。大体、福井はいつもなんでそんなに突っ掛かるというのだ。なんでわたしを怒るのかいつもさっぱり意味が分からない。……わたしはあほだから福井が何を考えているかなんて全然わからないのにむかつく!!


「………わたし、帰る。ばいばい、紫原くん!!福井は部活中に顔面にボール当たって鼻血出してしまえバーカ!」


もしかしたら、わたしは福井に嫌われているのかもしれない。わたしは嫌いじゃないのに。わたしは普通に仲良くなりたいのに。……どうして福井は、そんなふうにわたしを嫌うというのか。もう何も分からない。ただ分かるのは、わたしはそんな福井が嫌いだということだ。







完全に堪忍袋の緒が切れてしまっている苗字が俺の横を通り過ぎる。……ついにバカやらかして、怒らせてしまった。その細い手首を掴んで引き留め何もかも懺悔して弁解をしてしまいたかったが、結局いつものように素直になれずに間違えてしまうバカであほでヘタレでいい年してあまのじゃくな俺に、いつも以上に嫌悪感を抱いた。


「…………ちくしょう、やっちまった……最悪だわ」
「福ちん、ほんとバカなんだね〜」
「は!黙れアツシ、大体てめぇのせいだし」
「はー?責任転嫁すんの?ますますバカじゃん」


分かってんだよクソ!バカとか……一番俺がそう思ってんだよ。全く一体全体どうしてこのバカな口は……!!………なんで素直に好きだと言えないんだよほんとむかつく。


「しかも嫉妬深いとか一番めんどくせーし」
「……うっせーな」
「そんなだから嫌いとか言われるんだし。大体嫉妬で好きな子叩くとか幼稚すぎ」
「お前に幼稚と言われる日が来るとは全く思ってなかったわ」
「――……一番大事なものが、いつまでも自分の手元にあると思ったら大間違いだかんね」


いつものだらけた様子とは全く異なる真摯な表情でため息をつくアツシの視線を浴びながら、ますます俺は自己嫌悪に陥っていた。ただ、好きだとそれだけを伝えたいだけなのに、なんでこうもうまくいかない。五年もずっと片想いしといて、まさか全く伝えられないまま、挙句好きな子から「嫌い」とまで言われてしまうとは。……全く、情けねぇ。


「………んなこと、解ってる」


何故こうもうまくいかないのか。あまのじゃくってどうやったら治んの?誰か教えてくれよまじで。




はやとちりなのにもうおそい


130908
※「赤ちんを見習うべき」の赤ちんは長編「修羅のひと」の赤司くんです。