そもそもわたしと黄瀬くんなんて、中学と高校が同じなだけで、ただのクラスメイトの域を出ない。
「黄瀬くん」
黄瀬くんの周りにはいつも女の子がいっぱいで、いつも誰かしらに囲まれていた。その度に黄瀬くんは、雑誌に載っているみたいな素敵な笑顔を振りまいて、みんなはそれにキャーと歓声を上げるのが常であるけれど、わたしはそれってとてもしんどくはないのかなあって思っている。だって、いっつも見られてるなんて監視されてるみたいで息苦しいし、自分のふるまいにいちいち反応が返って来るなんて窮屈で仕方ないんじゃないのかな。黄瀬くんも、大変だよね。
「部活のことで先生が呼んでるみたいだよ」
そういうと黄瀬くんはにっこりと外面用の笑顔を張り付けて、わたしにお礼を言ってから、黄瀬くんに群がっていたファンの女の子たちに「またあとでねー」と愛想笑いで謝って、輪の中から脱出してきたかと思うと、今度はわたしのとなりに立って歩き出した。
「ありがとね、苗字さん」 「なにが?」 「気、遣ってくれたでしょ?」 「ふふ、バレバレだったんだね」 「分かるッスよそりゃー!」
確かに、それはそうなわけで。バスケ部顧問の先生はうちの学年を受け持ってないから、バスケ部でもなんでもないわたしに先生が声をかけるわけもなく。とどのつまり、ただの口実だったのだ。まあ、やっぱり黄瀬くんにはお見通しだったみたいだけど。
「なんか、黄瀬くん、ちょっとうんざりしてたし」 「えっ、うそ、顔に出てたっすか?!」 「うん?顔は完璧だったよ」 「え、じゃあ、なんで?」 「目が笑ってなかった、かなあって」 「えー?」
黄瀬くんは考えるそぶりをしつつ、それから困ったように笑って眉を下げた。あ、その表情好きだなあ。目じりから光の粒がこぼれるみたいで、とてもきれい。
「苗字さんって、すごいっすねえ」 「そうかなあ?赤司くんとかには負けるけど」 「いやいや、あの人はもう別格っていうか、規格外っていうか!」 「それ、赤司くんに聞かれたらコロされちゃうね?」 「中学時代は、本当によくしばかれたッス〜」
わたしは彼みたいになんでも見通せるわけではもちろんなくて、たぶんほんとうに黄瀬くん限定なんじゃないかと思う。わたしが黄瀬くんを好きだから、ついよく見てしまうからじゃないかなあ。いつだって、黄瀬くんは本心を隠してしまうけど、瞳は結構雄弁に語るっていうか、隠しきれない気持ちが時々漏れ出すことがあるよね。ああ、そう、今みたいに。
「あの子のことになると、本当怖いんだから、赤司っちは」
黄瀬くんは本当にあの子が好きなんだね。黄瀬くんと仲良くなればなるほど、ちらつくあの子の陰にわたしは胸が焦がされるような想いがして、とても苦しい。黄瀬くんは大切なひとたちとそれ以外で徹底的に線引きしていて、呼び方やふるまい、声色、見せる表情がまったく異なる。ある種割り切っていて、冷淡なほどに徹底している。わたしは今でも「それ以外」にすぎない。この三年間、黄瀬くんにとってその他大勢のひとりであることに変わりはないままだ。
「苗字さん」 「…え、なに?」 「ぼーっとしてたけど、大丈夫っすか?」 「あ、…うん、ありがとう」 「いえいえ、体調悪いならむりしない方がいいっすよ」 「うん、ありがとね」
張り付けた笑顔とか、社交辞令とか、「モデル黄瀬涼太」の偶像を彼は容易に形作る。一瞬にして演技してみせるその手腕はとてもすごいとは思うけど、時々ひどく不安になる。あなたの大切な人たち、それ以外はあなたにとって通り過ぎてゆくただの虚像ですか。あなたにとってなにも価値のないものですか。
「黄瀬くん」 「んー?」 「がんばりすぎないでね」
大丈夫っすよー!って笑うけれど、せめてそれは心からの笑顔だといいなあって、わたしはそれを願って今日もあなたの瞳を見つめる毎日です。
知らない顔
130116
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