「なまえ〜!!」


男子バスケ部にマネージャーとして入部して既に二週間が経ちました。涼太くんと再び関わるようになって一週間、数年ぶりにまともに会話したというのに、涼太くんは相変わらずやさしくて、ほっとするくらい昔と変わらずにわたしと接してくれました。昔と変わらない笑顔で、涼太くんがわたしにへにゃりと笑いかけた。


「どうしたの涼太くん、ご機嫌だね…?」
「なまえを探してんだよ!」
「え、なに?」


お昼、一緒に食べよう?、とまるで雑誌の中の涼太くんのようにきりりとかっこつけた笑みへ反転させて、涼太くんはわたしの返事を聞くことなく、わたしの手を引いてどこかへ向かいだしました。了承くらいとってくれてもいいのに。時々、ほんとに強引なんだからー!


「わたし、うんって言ってないよ、ねえ」
「どうせ中庭でひとりで食べるんでしょ?」
「どうせとかひどい…」
「ランチは賑やかに大勢で食べるもんだよ!」
「人それぞれだと思うよ…!?」
「いいから〜」


鼻歌でも歌いだしそうなくらいご機嫌な涼太くんに、ついぞわたしも抵抗するのを諦めました。こうなったら、てこでも動かないんだからもー。ため息がひとつ、無意識のうちにこぼれた。特に親しい友人もおらず、またわたしとしてもひとりで静かに過ごすことが好きな性分のため、普段は基本的にひとりで行動し、ひとりで昼食をとるのがいつもの習慣でありました。別に、それに対し特別なこだわりがあるわけでもないので、涼太くんのお誘いがうれしくないわけでは決してありません。ただ、わたしの意見すら聞かずに決定事項としてしまうところが、どうにも納得できなかっただけです。


「どこに行くの?」
「着いてからのお楽しみー」


もったいぶる必要がどこにあるの。もうひとつ、ため息がこぼれた。わたしと涼太くんという異色な組み合わせに、廊下にいる女の子たちから注目を浴びていること、きみは気付いているのかな。ひそひそと、わずかに漂う悪意のささやきに耳が痛い。ぐるぐる、螺旋を描くように数多の視線がわたしの背中に突き刺さり、それからどろどろと後味の悪さを残して、溶けて消えた。







「え、どうして…?」


困惑しているわたしをよそに、涼太くんは「連れてきたっすよー!」と満足げに笑って空いている席に着いていました。ええ?こういうことだったの?


「苗字」


赤司くんがわたしに小さく微笑みかける。


「赤司、くん」
「さあ、苗字さんも席について。早く一緒に食べましょう」
「…え、あ、はい。ありがとうございます、黒子くん」
「なまえー、ここ空いてるよー!」
「残念だが、黄瀬。苗字は俺の隣り以外は認めない」
「えええー!なんなんすか赤司っちー!!」


相変わらずの他を圧倒する微笑みを浮かべた赤司くんが涼太くんを牽制して、そして赤司くんに抗議する涼太くんに対して、「うっせえぞ黄瀬ェ!!」と青峰くんが怒号を上げていました。緑間くんはそんな様子に眉間にしわを寄せて、ため息をこぼしていて、紫原くんはマイペースに「ね〜、早く食べようよ〜」と駄々をこねていて、そして黒子くんとさつきちゃんはふたりで仲睦まじくお話していました。


「苗字」
「…は、はい!赤司くん」
「いつまでそこに突っ立っている、早くここへ来い」
「はい!!!」


赤司くんの隣の席へ誘導されて、そうして賑やかな七色に加わったわたしを一瞥した赤司くんは満足げに再び笑った。ああ、やっぱり、赤司くんが笑うたびにうれしくなってしまう。心臓の鼓動が早くなる、頬が赤く染まる、口元がゆるんでしまう。好きのきもちが止まらないです、赤司くん。


「どうした、苗字。顔が崩れているぞ?」
「崩れて!?ひ、ひどいです赤司くん!!」
「ああ、悪かった。つい、な」
「ついってなんですか!女の子に向かってー!」


口元に手を当てて笑いを堪えるようにしていた赤司くんの右手は、それからわたしの頬へとたどり着いて、繊細な指先が赤く染まったわたしの頬に少しだけ触れた。赤いな、と小さく呟いた赤司くんに、わたしの頬はさらに赤く染まる。どうして、どうして、こんなにも切ないのでしょう。あなたを想えば想うほど、ひどくもどかしい。


「ね〜!!早く食べようよ赤ちん〜!!!」
「ちょっと、むっくん!邪魔しちゃだめ!!」
「空気読んでくださいよ、紫原くん」
「赤司と苗字って付き合ってんの?」
「なに、そうなのか?」
「ちょ、青峰っちも緑間っちも静かにー!」
「うるさいぞ、お前たち」


にやにや笑う涼太くんにめまいを起こしそうです…。ていうか!皆さんに一連のわたしの間抜け面をずっと見られていたというのでしょうか!なんてはずかしい!!そそそそれに!青峰くん!!!わたしと赤司くんは付き合ってなんていないのですよ!そんな、そんなまさか!!!


「え、あ、え、ふあああああ……!!」
「苗字さんのキャパシティが限界を迎えたようですね」
「沸騰してるみてェだな」
「さ、さあ!みなみなみなさんん!い、いい加減、ごふぁんにしましょう!!」
「お、落ち着いて、なまえー!」


くくく、と赤司くんが笑いながら、「お前、かわいいな」とわたしの頭を撫でました。


「あ、あかかかあかしく…ん……!!!」
「俺はそんな間抜けな名前ではないんだが?」


皆さんがそんなわたしたちのやりとりについに笑い声を上げました。だ、だって、でもだって!!!もうどうしたらいいのか、なんて顔をすればいいのか分からないんです!どうしてあなたはこんなにもやさしいの、どうしてここはこんなにもあたたかいの、どうしてわたしはこんなにもしあわせなの。もうばかみたいに、恥ずかしがるしかないのです。


「もう!!!皆さん、そんなに笑わないでください!」


――こわい。幸せすぎて、こわい。


「苗字」
「…は、はい、赤司くん」
「明日からもここに来い。これからは皆で一緒に食べよう」
「…え?明日も、ですか……?」
「明日も、明後日も、ずっとだ」


「明日は迎えにいかないからねなまえー!同じクラスの赤司っちと一緒においでねー!」と涼太くんが笑う。青峰くんが「ま、いいんじゃねーの」、黒子くんが「待ってますよ苗字さん」、さつきちゃんが「よろしくねー!なまえちゃん!!!」、緑間くんが「赤司が言うのなら仕方がない」、紫原くんが「ね、食べていい?ねえ〜?」とそれぞれ口にした。


「さあ、食べようか」


――受け入れてもらうということは、わたしに身に余るほどの僥倖なのではないでしょうか。みんながわたしに笑いかけるたびに、ちいさく胸が痛みました。幸せのあとにある悲しみがいずれわたしを苛むことを、ついぞわたしは知らないふりをし通しました。そうして、やがて訪れる別れの先の痛みを分かっていながら、忘れることにしたんです。わたしにはそうするしか方法がなかった。


「皆さん、ありがとう!」


あの頃、七色の輝きがわたしを幸せにしてくれていた。束の間の、友情と恋情がどれほどわたしの人生を彩ってくれたことでしょうか。中学二年の冬、わたしは確かにしあわせだった。




まるでコーヒーのような苦味と甘ったるさ




ねぇ、あかしくん。
「あなたが愛したのって、一体誰だったの?」
ただ、手を伸ばして触れたがった。なんにも、知らないのにね。




130208